大きな南瓜 |
2007年10月31日 23時37分
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かぼちゃと蝙蝠が、住宅街に溢れていた。
見知らぬ人の家の玄関先の大きなかぼちゃと目が合ったような気がして、ちょっと笑う。
日本でも見たことがある、コミカルな顔のかぼちゃ。蝙蝠も、実物より簡単なシルエット。
駆けていく子供たちは、見事に仮装中。
これは日本では見られなかった光景。初めて見るそれに、ぼくは目を瞬いた。
ハロウィン。
言葉だけが、頭に浮かんだ。
風のって聞こえて来たのは、子供たちの楽しそうな声。
こんな長閑な、普通の住宅街に、何の用があるのだろう――――・・・。
そんなことを思って、隣をちらりと見上げた。
ぼくが外に出る用事なんて、「仕事」しか有り得ない。わかっているけど、どうしてこんな所に連れて来られたのかが謎だった。
ぼくの視線に気付いても、男はぼくを見もしない。
ぼくも出来ればこの人と話はしたくないので、口は開かなかった。
どうせ。
嫌でも、いずれ、わかる。
近くの家から出てきた、ぼくと同じくらいの年恰好の子供たちが、ぼくたちの隣を通り過ぎていく。
大半は見知らぬ「オトナ」とぼくをちょっと見るくらいで無視して通りすぎたけど、一人。
一人だけ、ぼくより年下の、小さな女の子が、男を見上げて無邪気に笑った。
舌っ足らずに、覚えたてなのだろう、少し得意げに、言葉を紡ぐ。
「とりっく、おあ、とりーと!」
その瞬間視えた光景に、いけないと、身体が動いた。
「っ・・・・だめっ・・・!」
女の子を突き飛ばして、今まで女の子が居た位置に滑り込む。
一瞬後に襲うのは、衝撃と――――そして、鈍く重い、痛み。
軽く身体が浮いて、どさりと石畳の地面に落ちた。
「視ていた」から、蹴られたのだと、わかる。
そうでなければ、一体何が襲ったのか、きっとわからなかった。
女の子が泣き出す声と、男の舌打ちが、同時に耳に届く。
男が、ぼくに近寄って。
ぐいと、無造作に横たわったぼくの髪を掴んで顔を上げさせた。
見えた顔は、明らかに、不機嫌。
痛い。
そして。
「何をしてる?」
――――――――――怖い。
「俺が許可したこと以外するな。命令だけを実行しろ――――何度教えればわかる?」
びくりと、無意識に、身体が揺れた。
視界が二分され、男の顔を見ているのと同時に、未来を視る。
意識してのことではない。勝手に視える、予知。
少し先に起こる、ぼくの、危機。
本能のように、勝手に、予知が教えてくれる。
ぼくの意思とは、無関係に。
ぎゅっと目を瞑っても、予知の画は消えない。
要らない。
視たくない。
知りたく、ない。
――――――――どうやっても避けることができない、危険、なんて。
「―――――・・・立て」
髪が手放されて、男が立ち上がる。
震える身体を叱咤して、何とか言われた通りに立ち上がった。
泣いていた女の子は、何時の間にか誰かに連れられて行ったようで、視界の端に映るだけ。
よかったと、思う。
―――――よかったと、思えて、よかった。
「仕事が先だ」
怒って、居るのだろう。
わざわざそんなことを言うのは、ぼくに対してではなく、自分に対しての。
「教育」よりも、「仕事」が、先。
先なだけで、後のものがなくなるわけではない。
未来は、変わらない。
「仕事」の未来(さき)の、「危険」。
あの建物に戻ったら、ぼくは。
強制的に、「危険」と、出会う。
ぼくは道具。
壊してはいけないけれど。
壊れなければ、それで、いい。
男はもう何も言わずに、元の速度で歩き出す。
痛む身体や怯える心を押さえつけて、ぼくも後に続いた。
あんなに聞こえていた楽しそうな声は、もう聞こえない。
遠い、日常。
最初から最後まで、逃げもせず全てを見ていたのは。
ただ一つ、玄関先の大きなかぼちゃ、だけ。
//11歳
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友達甲斐のない |
2007年10月30日 17時22分
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「ひーちゃん?」
目の前に居るものは、私をいつもそう呼ぶ。
とは言っても実際に「目の前に居る」と見えるわけではなく、ただ「居る」とわかるだけだが。
この男が、私にはよく解らない。
「・・・・いつも思うが、何故私を「ひーちゃん」と呼ぶ?」
「え、だって聖でしょ?「名前」」
「人間だった時の、な」
「だって今の名前長いんだもん。短くていいじゃん、「ひーちゃん」」
「お前は変な神だな」
「ほら俺若いから」
「そうか」
目隠しに覆われて見えない目。
私は少し、異端だ。
あまり好んで関わろうとするものはいない。
大方「何を考えているのかわからない」とでも思われているのだろう。
その私に好んで近寄ってくるこの男。
私よりよほど、「何を考えているのかわからない」。
私はただ、あの子が気に入ったから、気紛れに少し贈り物をしただけだ。
目隠しの中で目を閉じれば、あの子が見える。
私の目を持った、人間の子供。
心を傷つけながら、今日も言われるまま未来を告げる。
瞳をあげたのは別に繰り人形にしたかったからではないのだが、人間とは予想外の生を歩む。
可哀想に、と、思う。
しかし思うだけだ。
どうせ我らは見ているだけ。世界をあるがまま管理するだけ。
崩壊させるのも、守っていくのも、人間がすることだ。
「・・・・ひーちゃんってさ・・・友達甲斐ないよね」
ふいにそんなことを言われ、目隠しの中の目を開ける。
閉じても開けても、色彩は変わらず黒い。
「まだ居たのか」
「うわ酷いよそれ」
可笑しな単語を聞いた気がして、首を傾げた。
「・・・・・・・友達?」
なんだ、それは。
問いは言葉に出さなかったが、ちゃんと伝わったらしい。
また「酷いって」という声が返ってきて、軽く眉を寄せる。
目隠しの裏での仕草だから、相手には見えないが。
「いいじゃん、俺とひーちゃん、友達」
「馬鹿なことを」
「えー?駄目?」
駄目とか、いいとか、そいうい次元の問題ではない。
「神という存在に成り果てた私には、友も親も存在しない」
そもそも「情」というものがほとんど欠落している。
それはそちらだって同じだろう?
そう、問えば。
「まぁねぇ。でもほら、人間ってよく友達がどうとか言うじゃん。ひーちゃん人間好きだし、真似してみようかなぁって」
なんて、茶化した答えが返ってきた。
やはり私は、「これ」がよくわからない。
//カミサマ
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電話越しに聞いた声 |
2007年10月29日 03時08分
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「遊ぶ約束」をした。
日にちだけ決めて、詳しいことは電話で、と。
「友達」の家に、電話。
「・・・・、・・・・どうしよう」
情けないことに、さっきから番号を押しては電源ボタンを押す、その繰り返し。
緊張、してる。
ボスではない誰かに電話を掛けるということ事態、とても、久しぶりで。
最初は何ていうんだっけと間抜けにも本気で考えて、「もしもし」という四字を思い出すまで数十分掛かってしまった。
決めた日付は明日。
今日のうちに電話しなくては、約束が流れてしまう。
そして連絡するのにあまり遅い時間では失礼で。
では何時が丁度いい?
わからない。
今は忙しくない時間だろうか。何かの邪魔はしないだろうか。
ああ駄目だ、本当に、わけがわからないほど緊張してる。
思考が、変。
この連絡を取るためだけに、新しく契約してきた携帯電話。
仕事用のとは違う、ぼく用の。
逆探知の心配も、盗聴の心配もない。
部屋は完全に安心できないから、場所も変えた。
大きく深く、深呼吸。
もう何度目か、ようやく、番号の後に通話ボタンを押した。
誰が出るだろうと、思う。
お家の人だったら、どうしよう。
ぼくはちゃんと喋れるだろうか。
何か失礼なこと、うっかり言ったりしないだろうか。
『――――はい、・・・・です』
思考が脳を上滑りして、よく聞こえなかった。
何度も番号は確認したので、焦りつつも間違っていないはずだとそんなことを思う。
大丈夫、大丈夫と、もう一度こっそり深呼吸をし直した。
「えっと、ぼ・・・わたくし、不動と申しますが、あのっ・・・」
落ち着け、ぼく。
なんとか友達の名前を告げ、取り次いでもらう。
ああやっぱり間違っていなかったと、ほっとした。
保留音の中、苦笑する。
ぼくは。
こんな当たり前のことすら、できなくなっている。
10年は、やはり長かったのだと、思う。
『不動さん?換わりました』
保留音がぷつりと途切れて、聞きなれた声が聞こえて。
電話越しの声に、思わず微笑む。
ああ。
よかった、ちゃんと。
繋がった。
「・・・・うん、ぼく。電話、今の時間で大丈夫だった?明日のことだけど――――」
君の声は電話越しでも優しいねと。
つい言ってから、自分で言った言葉に少し照れた。
//21歳
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瘡蓋 |
2007年10月28日 23時33分
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心の傷も、身体の傷も。
いい意味でも悪い意味でも、何も変わらない。
身体の傷は自分で癒す。
病院に行くことがあっても、結局のところ自己治癒力がものを言う。
瘡蓋が治りかけの合図で、やがて治る。
心の傷は他人が癒してくれる。
傷つけるのも他人なら、癒してくれるのも、他人。
瘡蓋のように目に見える合図はないけれど、ちゃんと、治る。
暖かい言葉や。
優しい笑顔。
柔らかい空気に、治してもらう。
どちらも、時間の経過とともに、やがて治る。
これは、いい意味での、「同じ」。
では、悪い意味での「同じ」はと言うと。
「――――『わたしはなにもしらない』」
「・・・・っ・私は、何も知らなっ・・・!?」
「『なんだ、このおんなは』」
「なんっ!?何故、俺の」
「『おれのいおうとしていることを』」
「・・・・・・・・・・・『ばけもの』」
「・・・・、・・・っ・・・・バケモノっ・・・!!」
未来を見ることは、使おうと思えば、色々な使い道がある。
例えば彼の一秒先を見て、唇を読むなんて、簡単なこと。
恐怖に満ちた顔も、ぼくから逃げようと押さえつけられている両腕を動かそうとする様も。
ぼくの目には、一秒早く視えている。
ある人は言ってくれた。
『凄いですね』と。
ぼくが予知をできると言ったら、微笑んで、そう。
生々しく血を滴らせていた心の傷は、それで少し、癒えて。
そして此処で、再び蹂躙される。
瘡蓋を無理やり剥がせば、傷は悪化する。
治りかけを、化膿させる。
それと、「同じ」。
癒されて治りかけた心の傷は、治る前よりも深く強く、抉られる。
優しい言葉を知ってしまえば。
ナイフのような言葉は、鋭さを増す。
「こ・・・このバケモノをどこかへやってくれ!」
「俺が知りたいことを聞いてからだ」
「話すっ!話すから、コレを!」
「話してからだ」
これが、悪い意味での、「同じ」。
身体の傷も、心の傷も。
治りかけは、脆い。
瘡蓋を剥がせば、覗くのは生々しい、赤い肉。
//21歳
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地図にも載っていない |
2007年10月27日 23時33分
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日本には、「住宅地図」というものがある。
載せてもいいと許可をしたわけでもないのに、個人住宅の所在地が載っている地図。
年に一度は更新され、新しい住宅地図が発行される。
建物を建てる際に国へ届け出るそこから、情報は流れている。
だから事実上、住宅地図に載っていない建物は存在しない。
しかしそれは、「表向き」の、言い分。
法律なんて、やろうと思えば穴だらけだ。
「此処が日本での“本部”だ」
現に此処は、地図に載っていない。
どうやったかは知らない。
知りたいとも思わない。
しかし地図を見ても、この建物は存在しない。
住所もない。
手紙を出すときはさぞかし困ることだろう。
もちろん肉眼では見えるから、見掛けは普通のビジネスビル。
一歩足を踏み入れればそこは、マフィアの巣窟。
ぼくの目の前に居るこの男が「ボス」になってからファミリーには日本人が増えた。
だからか何なのか、一見して東洋系の人間が多い気がする。
構成員は大体黒いスーツ。
幹部に近い人間は、ダーク調の色合いの、個人仕立ての立派なスーツ。
どちらにせよスーツの男ばかりの、閉鎖的な社会。
此処では、何が起きても不思議じゃない。
そう。
密売も競りも殺人も、なんでもありだ。
此処は、一種の異世界。
「表」とは違う法のある、「裏」の世界。
「仕事の時は指定がなければ此処に来い。お前の指紋は入り口の指紋認証に登録してある」
ぼくは知っている。
それは、幹部と同じ扱い。
一般構成員は、中から開けてもらわなくては入れない。
刺さる視線は「特別扱い」への嫉妬からか、それとも野心からか。
つい、自嘲した。
ぼくはもう。
「この世界」から、抜けられることはない。
こんな「特権」、一度も欲しいなどと言ったことはないのに。
「―――喜べ。お前は全室フリーパスだ」
意訳すれば、定期的に、全ての部屋の未来を見ろと、そういうこと。
裏切りも工作も狙撃も、許す気はないと。
そういう、こと。
「・・・・・・・行けなくても、いいのに」
日本に作られた、地図にも載っていない「この世界」。
頭まで沈みきったぼくの身体はきっと真っ黒なのだろうと、そんなことを思った。
//21歳
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風が運ぶもの |
2007年10月26日 04時30分
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鳥に憧れたことがあった。
風に憧れたことがあった。
世界に憧れたことがあった。
――――全ては昔のこと。
銃口を額に突きつけられて、鉄の冷たさに軽く眉を寄せる。
死にたいとは思っていなかったから、逃げていたけど。
どうやら、行き止まりらしい。
銃を持った目の前の男とは、思えば長い付き合いだ。
ぼくは最初からずっと変わらず、この男の道具だった。
この男は最初から変わらずすっと、ぼくを使役した。
もう16年は越えた、主従―――否、それでも少し弱い。ぼくたちの関係は常に「所有者」と「被所有物」だったのだから。
「・・・・最後のチャンスをやる」
男は口を開く。
額に触れる拳銃は、1ミリたりとも動かさずに。
「10秒後俺が懐から何を取り出すか予知してみろ。できたら、まだ使ってやる」
ぼくは。
今までずっと仕事の時にそうしていたように、一度目を閉じる。
数秒で開いて、そして。
くすりと、笑った。
「無理だよ。予知はもう、ぼくの中にない」
男は何も言わない。
そして男が10秒後に取り出したのは、オイルライターだった。
慣れた手つきで、片手で煙草に火をつける。
片手の人差し指が、あっさりと引き金に掛かる。
躊躇いもなく、引き金を引く。
煙草に火をつけるのも、ぼくを殺すのも、この男にとっては何も変わらない。
「役立たずは要らない」
ぼくにこの言葉が聞こえていたかは、よくわからない。
痛いとも熱いとも思わなかった。
ただ急に、総てが消えて。
それだけだった。
ああ、ぼくは鳥に憧れたことがあった。
風に憧れたことがあった。
世界に、憧れたことがあった。
死んだら世界に溶けるのだろうか。
空気に溶けて、風になれるだろうか。
それでなければ生まれ変わって、今度は鳥に?
そんなことが有り得るのか、誰も知らない。
難しいのではないかと、思う。
けれどじゃあ、せめて。
このまま意識を風に運ばせて、空に―――――・・・・
「ぼく」は、そこまでで、本当に綺麗になくなった。
//27歳?(26歳以降)
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偽りの私 |
2007年10月25日 00時10分
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――――意識を、切り替えろ。
素っ気無い機械音。
耳障りな甲高い、一定の。
思わずびくりと身体が揺れた。
「不動さん?」
初期設定のまま変えていない着信音。
持たされている携帯は、通話中ぼくの居場所を「本部」のモニターに表示させる。
此処で、出るわけにはいかない。
出来る限り、可能な限り、此処から。
離れなければ。
「・・・、・・ごめん、帰らないと。・・・勝手に来て勝手に帰るなんて失礼だよね・・・本当、御免」
ああ、いけない。
切れてしまえば、それもまた危険だ。
「電話には必ず出る」――――それが自由である、条件の一つ。
手短に謝罪と退出の言葉を告げて、足早にそこを出る。
段々と余裕がなくなって、仕舞いには駆け足になって一歩でも多くあの場所から離れた。
巻き込むわけには、いかない。
絶対に。
巻き込みたく、ない。
「―――――――・・・・・はい」
さぁ、切り替えろ。
感情は要らない。
余計な情報は渡せない。
これは偽りの私(ぼく)。
けれどこんなもので巻き込まなくて済むのなら、幾らでも。
「・・・・・はい。今すぐに」
幾らでも、偽ってみせる。
//21歳
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逸話 |
2007年10月24日 01時39分
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神無月。
神々は皆、出雲に出向く。
出雲大社を見下ろす高い神木の枝に立つ人影が一つ。
神主のような袴に打掛を羽織り、吹く風に髪を靡かせもせず下界を見下ろしている。
こんな所に風の影響を受けずに立っている者が、ただの人間であるはずがなく。
実はこの男、出雲に滞在中の八百万いる神の一人だった。
長い髪は腰まで流れ、整った輪郭はすっきりと細い。
整った顔をしていると思われるが、断定は出来ない。
何故ならその神の、瞳のある場所には白い布で目隠しがされ、容貌の全ては晒されていなかったからである。
目隠しの神は盲目であることを感じさせもせず細い枝を歩き、先端で足を止める。
体重がないかのように枝は軋みもせず、神もその場から暫し動かない。
そんな折、同じ枝にまた一つ影が現れる。
つい今の今までは確かに誰も居なかったのである。これもやはり同じく、人間であるはずがなかった。
「何してるの?」
「会議には飽いた」
「ふーん。まぁ、もう皆飽きて来てる気がするけど」
「そうかもな。・・・流石に此処は空気がいい。そうでなければ来ないが」
「人間たち、面白い?」
「そうだな。―――ああまたあの子が哀しい目にあっている」
「あの子?・・・ああ、ひーちゃんの目を持ってる人間」
「私があの子にあげたんだ」
見えない目で何を見ているのか、目隠しの神はまっすぐ前に顔を向ける。
後から現れたもう一人は、若干つまらなそうに肩を竦めた。
「物好きだよね、ひーちゃん。人間に目をやるなんて」
これまで大半の者に言われた言葉。
目隠しの神は、ひっそりと笑う。
誰も彼も、言うことは同じなのだ。思うことも、同じ。
神とはあまり面白みがないイキモノだ。
私はまだまだ考え方が若いのだろうかと、そんなことを思う。
「私はあの子が好きなんだよ」
「人間だよ?」
「人間、好きだとも。色んな逸話があって飽きない」
「いつわー?ひーちゃん、ちょっと毒されすぎ」
「そうか」
「そうだよ」
二人の神は誰にも聞こえない声でそんな会話を交わして、取りとめもなく話をする。
彼らは両方とも見た目には年若く見え、格好と纏う雰囲気さえ抜けば普通の人間と同じように見えた。
それでも、彼らは人間ではない。
「でもちょっと知りたいかも。どんな逸話?」
完全に傍観者の構えで、人の営みを覗き見る。
「お前も私とあまり変わらないじゃないか」
「だって俺一番若いし?」
「そう言う問題か?・・・・まぁ、いいよ。では何から話そうか――――・・・」
出雲の宮は神在月。
各地の神が集まり、会議を開く。
会議とは情報交換、役割分担。問題修正に、世間話。
何千年と続く、恒例の。
目隠しの神は今年で何百回目か。
数えるのも馬鹿らしく、覚える気もない。
しかしこの神が目隠しをするようになったのは、たった20年程。
そうあれも、この季節。
『おやお前、私が見えるのか』
口も利けない赤子が、親に連れられて参拝に来ていた。
その、数秒間の、会話とも言えない会話。
赤子はただ、その神をまっすぐ見つめただけだった。
『いい目だね。私が見える人は久しぶりだよ』
一方的な、譲渡。
『――――気に入った。お前に私の目をあげよう』
時の神の気紛れ。
それが赤子の人生を変える。
以って生まれた運命を残忍なまでに粉々に壊しつくし、暴虐なまでに作り変えた。
しかしその人生を悲惨なものにしたのは神ではなく、紛れもなく、「人」。
彼女は今も何も知らない。
物心付いた時から未来が見えた少女は、自分が何時から「そう」だったのかなんて、知っているはずがないのだ。
付けられたばかりの赤子の名は、花梨と言った。
//0歳
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私の夢・あなたの夢 |
2007年10月23日 01時40分
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くすくすと、柔らかく、君は笑う。
可愛らしい笑み。
ぼくと同じような簡素な白いワンピース。でも、彼女の方が似合っている。
「花梨ちゃん、あなたの夢はなぁに?」
自由になりたい。
ぼくは答える。
君は純粋に無垢に、ふうんと、頷いた。
一つ年下の、可憐な女の子。
お人形のような、ふわふわとした雰囲気の、彼女。
名前は、「こよみ」。
彼女のことは、この名前くらいしか知らなかった。
けれどぼくは、彼女が好きだった。
暗い淵にいたぼくに、笑いかけた彼女。
動けなくなりそうだったぼくの、話し相手。
「こんにちは」
「・・・・・だれ?」
「私はこよみ。あなたは?」
「・・・・・・・、・・・・・とけい」
「お名前を聞いたのに。とけいちゃん?」
「・・・・・、・・ん・・・」
「聞こえないわ。もう一度、言って?」
「・・・・・かりん」
「かりんちゃん。花に梨でかりんちゃん?素敵ね。私、花梨の蜂蜜漬け、好きよ」
ぼくの話し相手にするためだけに、連れて来られたと聞いて。
申し訳なくて辛くて問い詰めたら、笑って。
首を振った。
「花梨ちゃんとお話するのは楽しいわ」
優しい子。
ぼくに笑ってくれる、人。
ぼくと話してくれる、人。
――――そう。これは、こよみちゃんとの、最期の会話だ。
夢を聞かれて。
ぼくは答えて、「こよみちゃんは?」と、聞き返した。
そして君は笑う。
可愛らしく、はにかむように、優しく。
「褒められること」
誰に?
そう問いかけては、いけなかった。
けれどぼくは首を傾げて、そう問う。
尋ねて、しまう。
「大好きな、ジュダ様」
嬉しそうに。
照れたようにはにかんで、その人の、名を。
紡ぐ。
どうすれば褒めてくれるの?と。
聞く前に、当然のようにぼくと彼女の話を盗聴していた黒服の男たちが部屋に踏み込んで来て、そして――――・・・・。
赤い花が、咲いた。
ぼくには、どうして彼女が撃たれたのか、わからなかった。
答えが知れたのは、彼女の大好きな「ジュダ様」が、ぼくを殺そうとぼくの前に現れた、その時。
彼は言う。
「日本には有名な台詞があったね?歴史上の偉人が言ったらしいじゃないか。鳴かぬなら――――殺してしまえ、ってね。暦は上手く入り込めたんだけど、残念だったな」
ああ、と。
思う。
やっぱりあの子が死んだのは、ぼくの所為だった。
こよみちゃんは、この男が、好きだった。
大好きだと、心酔したような、大切なものを見つめるような目をして、語った。
ごめんね。
夢を奪ってしまって、御免ね。こよみちゃん。
//22歳?(21歳以降)
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自由の象徴 |
2007年10月22日 23時18分
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ぼくは別に、閉じ込められていたわけではない。
部屋には鍵があって自由に出入りは出来なかったけど、理由があれば部屋から出れた。
とは言え「理由」なんて仕事以外の何があるわけもなかったから、どちらかと言えば出たくもないという思いはあったけど。
ぼくの予知は予知の対象者を直接視認しなければ出来ないから、外にも連れ出された。
それも自由には行けなかったけれど、常に誰かが居ただけで、鎖に繋がれていたわけではない。
だから空が見たいとか、自分の足で歩きたいとか、そういうことを思ったことはない。
なら自由の象徴がなかったか、と言われれば、決してそうではなくて。
「あ・・・・」
すれ違う人の、楽しそうな顔。
広場の隅には、移動式の屋台。
クレープの甘い匂いが、辺りに広がっていた。
思わず、立ち止まる。
あれが。
あの頃のぼくの、自由の形だった。
友達と、家族と、恋人と。
他愛のない話をしながら、気軽に屋台の食べ物を買う人たち。
イタリアはジェラートが多かった。
大道芸のピエロの隣には、いつも何かの屋台があって。
楽しそう、だった。
ぼくを連れた「使用者」は例えぼくが立ち止まっても怒るか命令するかするだけで、ぼくもそのまま通り過ぎるのが当たり前だったけど。
「・・・あの。一つ、下さい」
今ぼくは、自由で。
甘い香りのクレープを受け取って、思わず微笑む。
歩きながら、買ったそれを口にした。
嬉しい。
ああぼくはちゃんと、自由だ。
//20歳
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自己制約 |
2007年10月21日 01時16分
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ぼくは出来るだけ、自分の未来は視ないようにしている。
少なくとも、自分の意思では視ないように。
未来はわかっていてはいけないものだと思うから。
本来なら知らないものだと、思うから。
それはただの自己制約で。
破っても誰も怒らないし、必要を感じれば破ってしまうこともある。
ただそれでも、必要であっても、本当はやはり視たくはない。
知りたくない。
自分のこの先。
未来の道。
ぼくが、どう、なるか。
この制約は、ただ。
知ることが恐いから、逃げるための、言い訳。
恐いのだ。
恐い。
明日は、明後日は、明々後日は。
一年後は、二年後は、五年後は?
ぼくは、自由に、なれるのだろうか。
もしかしたら、一生。
ずっと、このまま、この建物の中で――――・・・。
それはとても有り得ること。
この裏の世界では、命の価値はとても軽い。
生と死は、紙一枚を隔てたくらいにしか、違わない。
絶望を知るのは、嫌だ。
それはとても、怖い、こと。
もし自由になれても、きっと違う恐怖が生まれる。
常に消えることのない、不安。
視たくない。
だからきっと、自己制約はずっと続く。
//14歳
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淋しさを覚え |
2007年10月20日 23時25分
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言われなれてる言葉。
もう傷つくこともなくなったくらい、慣れてる言葉。
それでも、何故か淋しさを覚えて、神社に足を向けた。
神社には人影がなかった。
それでも何故か気分が和らいで、ほっとする。
淋しさが消えはしなかったけど、代わりに何かが満たされた。
「気持ち悪ぃ」
「へー。本当、バケモノって感じでいいね」
少しの間、共闘するという、別の組織の「ボス」。
世襲制というわけではないのに、まだ幼さの残る青年。
けれど。
あの男、ぼくの「持ち主」と、同じ目の、男。
さぞかし気が合うことだろうと、思う。
「気持ち悪い」も、「バケモノ」も。
どちらも数えるのが馬鹿らしいくらい、聞いた。
何度も何人にも、言われた。
慣れている。
それでも哀しくないわけではないらしいと、自嘲した。
脆いことだ。
「淋しい」なんて。
「弱い」を認めることと、同じ。
ぼくは弱い。
「君なら・・・」
「彼」は。
ぼくの異能や汚さを知ったなら、何て言うのだろう。
//21歳
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この気持ち、隠し切れない |
2007年10月19日 23時27分
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隠すことが難しい感情が三つある。
一つは嘲り。
この世は誰も彼も何て愚かしく、笑ってはいけない場面でもつい嘲笑が浮かぶ。
一つは愉悦。
要らないモノを壊すのはとても心地よく、血も悲鳴も愉快で仕方がない。それを隠すのは、とても難しい。
そして、もう一つは。
「よお花梨。まだ予知能力は顕在か?」
「・・・・・・・お蔭様で」
「まだ役に立ってるのか?ツマラナイな。実にツマラナイ」
心の奥底から湧き上がる、暗く昏い、欲望。
ガキの頃から細い首に手を伸ばす。
指で喉に触れて、輪郭に沿うようにつうと撫でて。
「・・・・触らないでくれる?」
「早く・・・早く、壊れればいいのに。ああお前、そろそろ予知が出来なくなればいい」
「その手を、退けて」
「ツレナイなぁ。同じ道具同士、ナカヨクしようとしてるのに」
ああ。
ああ、ああ、ああ。
嗚呼。
つい無意識に、舌なめずり。
顔に浮かぶのは、淫靡な笑み。
昏い欲望。
隠し切れない、衝動。
ああ、ツマラナイ。
あとほんの少し、数ミリ、ちょっとだけ。
――――力を篭めれば、殺せるのに。
「お前の血が見たいなァ・・・・断末魔が聞きたいなァ・・・なぁ、マダマダ顕在か?」
俺は初めてお前と向かい合ったその瞬間から、お前が殺したくて仕方がない。
一分一秒でも早く、お払い箱になればイイのに。
そうしたら。
完膚なきまでに完全無欠に、骨の髄まで苦しめて、心行くまで殺してやるのに。
「・・・・残念ながら、そんな予定はないよ」
この気持ち、隠し切れない。
そしてまた。
「それはそれは、ホントに、残念だ」
隠すつもりも隠す意味も、何処にもない。
//18歳
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どんな病も治せる薬 |
2007年10月18日 23時09分
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ヒトとは利用するものだ。
「―――――死ぬ人を、探せ?」
「ああ。耳は付いてるんだろう?二度は言わせるな」
「何をするつもり?」
「ちょっとした慈善事業だよ。聞いてどうする?どうせお前がやることは変わらない」
コレは今現在で、尤も使い勝手のいい道具。
連れて来られた病院で不審そうに俺を見て、けれど「仕事だ」の一言で動くモノ。
嘲笑は、いつも尽きない。
ただ最近は、少しイラつく。
いつも通りの気色悪い的中率。それはいい。
「仕事」と言わなければ動かない効率の悪さが、イラつきの原因だった。
もういい加減、悟れよと、思う。
躊躇いも拒否も逡巡も、どうせ意味はないのだ。
手間掛けさせずに、さっさとやればいい。
逃げ場はない、反抗は出来ないと、知っているのに無為に足掻く。鬱陶しい。
少しずつ調教してはいるが、いい加減それも面倒になってきた。
暫く焦点の合わない目で未来を見ていた道具が、視線を俺に固定して口を開く。
「・・・、・・・あの人とあの人と、こっちの人。それから、あの子」
示された4人の病人。
ああご愁傷様と、そんな感想を抱きながら口の端を持ち上げた。
――――まずは、ガキからか。
交渉相手はもちろん親。
少し周りを見れば母親が見つかったので、使い終えた道具をその場に置いて近寄っていく。
逃げるなとは、言わない。
それこそアレを買ってから今までに掛けて、「逃げられない」と調教してある。
「・・・あの、済みません。失礼ですが、あの子のお母さんですか?」
表情は「哀れみ」。
知らない人間に警戒する母親に、数秒「逡巡」を見せ次に「真摯」な目を向ける。
この程度の偽装で少しは警戒が薄れるのだから、本当に笑いが止まらない。
「あの子、あまり長くありませんね?実は私も昔重い病で、それを思い出して」
「っ・・・。そう、ですか。あの、ご用件は」
「あの子を助けたいと、思いました」
「・・・・・・冷やかしなら、帰ってください」
「いいえ、違います。私も重い病だったと言いましたよね。一度は死に掛けたくらいだったんです。でも、今は健康です」
「・・・・・・・・・・・おめでとう御座います」
「どうしてだと思います?」
「・・・・あの」
「実は私、“どんな病も治せる薬”、持ってるんです」
「!」
藁にも縋るとはこのことだろう。
愚かしいことだ。
そんなにガキを大切にしても、何の得もないのに。
「信じられないかもしれませんが・・・騙されたと思って、使ってあげてください」
「・・・下さるんですか?」
「ええ。ああただ、一応秘密なもので、その旨をサインして欲しいんですが」
「・・・・・・・・・・・それだけで、いいんですか」
「私があの子を助けたいだけですから」
俺が欲しいのはそのサイン。
なくてもどうとでもなるが、あれば格段に便利な証書。
「真摯」と「哀れみ」と下手の態度に、「それくらい」と安易に手を出す。
本当に、どいつもこいつも面白いくらい、いい反応だ。
「―――――有難う御座います。助かりました」
さぁコレで、あの死体は俺の物。
ああ、まだ生きてたか。
「早く治してあげてくださいね」なんて言い残してその場を去る。
もちろん、置いておいた道具はちゃんと回収した。
俺と母親のやりとりを聞いていたらしい道具が、訝しげに呟く。
「・・・・・・・どんな病も治せる薬・・・・?」
薄く、笑う。
嘘ではない。
少なくとも、俺にとっては。
「死ねばどんな病気も進行しないだろう?」
薬を使っても使わなくても、どうせすぐ死ぬ。
欲しかったのは、その後その死体をどう扱っても構わないと偽装するための、直筆サイン入りの紙。
ただ焼くんじゃ勿体無いから、俺が金に換えてやる。
「・・・・どこが慈善事業」
「リサイクルってのは、立派な慈善事業だろう?」
唾棄するように吐き出す台詞に、肩をすくめた。
どうせ死ぬやつを使ってるだけ、優しいと思うがな。
//15歳
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静寂の中の音 |
2007年10月17日 03時35分
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ぴちゃん。
それは規則的な音。
それは継続的な音。
暗闇の中で、静寂の中で、その音だけが耳に響く。
視界が利かないのはキツく縛られた目隠しの所為。
それしか音がないのは、此処がぼくともう一人以外誰も居ない密室な所為。
ぴちゃん、ぴちゃん、と。
それは水が立てる音。
それは、液体が液体の中に落ちて、起こる音。
視界が真っ暗でも。
ぼくには、その部屋の映像が視えた。
1秒先のその場所の未来の画が、視えていた。
ぴちゃん、ぴちゃん、と。
ぼくではないもう一人の人の手首から、赤い液体が雫となって落ちる様が、視えていた。
そしてそれが。
途切れる、瞬間も。
動脈を切った手首から流れる血が、途切れるという意味は、流石にわかる。
つまり、この人は。
ぼくと同じ密室に閉じ込められて、数刻前に手首を切ったその人は。
もうすぐ、死ぬのだ。
ぼくは道具に堕ちても、「生きる」ことを選び。
彼は「生きる」ことを捨てても、気高き死を選んだ。
ああ誰か、教えてください。
ねぇ。
――――――いったいどちらが、正しかったの?
//10歳
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LDK |
2007年10月16日 21時56分
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約10年ぶりに一人で外に出た日。
真っ先に、ぼくは空港に向かった。
独学の聞き取り英語は完璧とは言い難く、四苦八苦しながら、それでも目指したのは空港だった。
―――――日本、だった。
結局パスポートはないわお金はないわで、すぐには飛行機には乗れなかったのだけど。
ぼくは、帰りたかった。
ぼくの、生まれた国へ。
ぼくの、生まれた場所へ。
すぐには帰れないと知って、ぼくは方針を変えた。
頼み込んで料金を後払いにして貰い、ホテルを借りて。
銀行に口座を作って、「仕事」に報酬を貰うことに決めた。
自由になっても、どうせ仕事からは逃れられない。
それから逃げようとしたら、永遠に囚われるだけだ。
なら、少しでも、損害を与えてやろうと思った。
金額は、昔決めた額と同じ。
今度は借金の返済ではなく、預金になる。
たった一ヵ月で、預金はアメリカドルで0が4つ並んだ。
その頃にはパスポートも再発行の手続きが済んだ。
もともとぼくは前科もない、普通の日本人で。
行方不明にも死亡にもなっていなかったから、発行は簡単だった。
そして。
ぼくは、日本に帰ってきた。
約10年ぶりに訪れた日本はほとんど記憶と違っていた。
昔住んでいた家はなくなっていて、周囲も開発で変わっていて。
記憶と変わらなかったのは出雲大社くらいだった。
少し調べたら、ぼくの住んでいた家が火事になったことはすぐにわかった。
放火だったと、言う。
住民は行方不明。
問い詰めるまでもない。
誰がやったかは、すぐに思い当たった。
兄さんのときは研究所だったからよかった。でも、ぼくのときは、マフィア。
相手が悪かったと、そういうことなのだろう。
焼け跡のあとにはもう新しい家が建っていた。
その年月が切なくて、でも、ぼくは泣けなかった。
幼いぼくは両親が好きだった。
今のぼくは、どうなのか。
よくわからなかった。
だから、泣けないのだろうと思った。
実際は、実感が湧かなかった、というのが正直なところかもしれない。
出雲はあまりにも切なかったので、ぼくは東京に住むことにした。
理由は二つ。
一つは仕事で呼ばれても、交通が便利だから。
もう一つは、沢山の人が居るから。
東京に着いたぼくは、最初はぶらぶらと無意味に歩き回った。
次にお金だけはあったから、適当な部屋を借りた。
2LDKの、シンプルなアパート。
ぼくの、家。
居なければいけない場所ではなく。
与えられた場所でもなく。
ぼくが選んだ、ぼくが居てもいい、場所。
これがぼくの、第一歩。
「自由」が、漸く始まる。
//20歳
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紅葉 |
2007年10月15日 02時12分
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秋の彩りが山を染める。
出雲の山は神の住む山。秋の紅葉は神の祭り。
友達が多いとは言えなかったぼくにとって、出雲大社は居心地のいい遊び場だった。
静謐な空気が好きだった。
浮ついた観光客でさえも神妙な面持ちになる、その存在が好きだった。
囲む山々が、季節によって移り変わるのも好きだった。
境内の隅に立派な紅葉の樹があって、赤く染まった葉が落ちてくるのをよく追いかけた。
地に着く前に手に挟めたら、ぼくの勝ち。
それはぼくと紅葉の勝負。
ぼくと、秋の子供たちの、遊び。
懐かしい。
売られる前の、話。
「・・・・・此処はよく似てる」
ぼくが気が付くとこの神社に来てしまうのは、それもあるのかもしれない。
それだけが理由ではないけど。
理由の、一つ。
やはり境内の一角にあった紅葉の樹を見上げて、ふと顔を綻ばせた。
「すっかり、秋だね」
こんにちは、秋の申し子たち。
良かったら今度、久しぶりに、ぼくと遊ぼう?
返事は当然なかったけれど、ぼくは紅葉に心の中でそう語りかけた。
赤くひらひらと舞う紅葉が、見られるのはもうすぐのこと。
//21歳
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呼び声 |
2007年10月14日 01時22分
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ぼくを呼ぶ声が聞こえる。
それは聞き覚えのある声。
知っている人の声。
「花梨ちゃん」
可愛らしく笑う、女の子の、声。
「花梨ちゃん」
ぼくも名前を呼び返すけど、その声はぼくの耳には入ってこなかった。
彼女はぼくの声を聞いて、屈託なく、笑う。
そしてぼくに近寄って、笑顔のまま、一言言った。
「ねぇどうして、助けてくれなかったの?」
ぼくは。
何も、答えられない。
「花梨ちゃん――――・・・」
彼女の手がぼくの首に伸びる。
絡みつく指が、酷く鮮烈で。
ぼくは、彼女になら、殺されてもいいと、確かに思ったのだ。
例え彼女の全てが演技だったとしても。
ぼくは彼女に癒されたから、それで。
もうそれだけで、いいと、思ったのだ。
「――――――――・・・こよみ、ちゃん」
ぼくの呟いた声は、幻の少女には届かず空気に溶けた。
//18歳
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照れたように笑う顔 |
2007年10月13日 02時17分
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ぼくがちょっと君を褒めると、君は笑った。
照れたようにはにかんで笑う君が、ぼくは好きだった。
唯一の「友達」だった。
心を許せる、たった一人の。
「使用者」と一緒でなければ一歩も建物の外に出られないぼくの、話し相手に連れてこられた君。
ぼくさえ居なければこんな場所には来なくて済んだ、被害者だった。
此処に買われたぼくが、あまりに気の置けない環境に塞ぎこんで。
「仕事」に支障が出始めたための、打開策。
ぼくは彼女が好きだった。
そして彼女は。
ぼくの目の前で、撃たれて死んだ。
笑顔が好きだった。
ぼくが褒めると照れたように笑う顔が、好きだった。
けれどもう、その笑顔は永遠に見れることはない。
動かない過去に、時折振り返るのみでしか、あの笑顔には会えない。
やがて埋もれて小さくなっていく、けれど絶対に忘れられない大切な記憶。
//17歳
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殺して欲しいと願われて |
2007年10月12日 02時01分
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「―――嫌です」
と。
彼はそう、答えた。
切実な願いだった。
心の底からの、願いだった。
考えて考えて、そうして漸く決意した、願いだった。
けれど、彼にはどうしても頷くことは出来なかった。
20歳を過ぎた女性は、何もできない子供のように頼りなく、微笑った。
震える手で、彼の手を取る。
そしてもう一度、同じ言葉を繰り返した。
先ほど彼が拒否した、その願いを。
首を振る。
いやだと我侭をいう子供のように、無意味に、首を振る。
その頬を、涙が一筋零れ落ちた。
「おねがい。おねがいだから―――――」
「お願いだから、ぼくを、殺してください」
彼に、頷けるはずがなかった。
//22歳?(22歳以降)
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Dear |
2007年10月11日 23時47分
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気分転換と暇つぶしで買い物に出かけて、文具屋さんで綺麗な便箋と封筒を見つけた。
手触りのいい紙の、邪魔ではない程度に精緻な柄が入った揃いのレターセット。
少し探すと蝋で封をする道具も近くにあって、つい、一式買ってしまった。
此処まで揃えたのだから、と、書くものもボールペンでは味気ないので万年筆を用意して。
便箋の最初の行に「Dear」と書き込んで、そのまま手が止まった。
親愛なる――――・・・。
その先に続く名詞が、幾ら考えても思い浮かばなかった。
苦笑する。
綺麗な便箋と、封筒。
封をするための蝋に、蝋判。
手紙を書く、万年筆。
手紙を出すための準備は綺麗に整ったのに、出すことが出来ない。
出す相手が、ぼくにはいない。
何で気付かなかったのだろう。
買うときに、気付いても良さそうだ。
自由に一人で買い物ができるだけで嬉しくて、はしゃいで居ただろうか。
少しは慣れたと、思っていたのに。
「・・・勿体無いなぁ・・・」
小さく息を吐いて、万年筆を仕舞おうとして。
そこで、気分を変えてもう一度便箋に向き直った。
「Dear」の次に、字を書き足す。
――――親愛なる、誰かへ。
手紙はそう、書き始めた。
結局出すことはできなかったけど。
その手紙は今でも、机の引き出しに大事に仕舞ってある。
//20歳
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体力自慢 |
2007年10月10日 16時28分
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「うわー・・・・」
そう言ったきり、言葉が途切れた。
どうしよう、と、思う。
この目の前の、見るからに体力自慢筋肉自慢の、脳味噌まで筋肉で出来ていそうな男。
予知は働かなかったから、危険ではない、と、思うけど。
不意に起こる予知は万能ではないから、わからない。
ただ、大体危険が起こる前にはぼくの意思とは関係なしに予知が起こるという、ただそれだけの確率論。
・・・というか、本当に。
「・・・・何か、用・・・かな」
ぼくにどうしろと。
職業はボディービルダーかプロレスラーかと聞きたくなる容貌の男は、そのぼくの声に無造作にぼくを見下ろす。
細い路地に立ち塞がる巨体は、なんて言うかはっきり言って。
「邪魔なんだけど」
服が窮屈そうだと、つい、思う。
だからって脱がれても困るけど。
感想は尽きない。
少しも羨ましくないとは言わない。ぼくももう少し力があれば、とか、筋肉でなくても、何かを変えられるくらいの武力があればとは、いつも思う。
合気道の教室にでも通ってみようかと、目論んではいたりもするし。
けれど現時点で体力勝負及び武力勝負を挑まれたら、ぼくはあっさりと負ける。
もう予測でもなんでもなく、それは確実な結論。
今までの人生で何をしてきたのかと、自嘲するばかりだ。
けれどそう、ぼくは知っている。
知ってしまって、いる。
幾ら分厚い筋肉が体を覆っていても、幾ら格闘に優れていても。
幾ら、体力が底なしでも。
「・・・・何をぼーっと立ってる?死にたいのか、花梨」
ぱしゅ、という、音のなり損ないのような、軽い音で。
指をほんの少し、動かすだけで。
脳を至近距離で撃ち抜かれれば、人は死ぬのだ。
何度「死」を見せられても変わらない、吐き気と悲哀と罪悪感。
血の臭いには慣れないし、血の赤は恐ろしい。
そしてこの男への、恐怖感は増す。
つい今の今まで目の前に立ってぼくの首に手を伸ばしていた筋肉質の男が、ただの筋肉になって地に伏せる。
その姿と赤い色から目を逸らしたら、男の手に握られた黒光りする凶器が視界に映った。
それも見たくなかったので、また目を、逸らす。
「油断するな。お前に死なれると俺が困るんだよ」
日本は平穏な国だと、誰が言ったのだろう。
平穏な国など、この世のどこにあるのだろう。
どこの国にも濃い闇は存在し、この男が身の置き場に困ることはない。
どこの国も。
一歩踏み入れば、渦巻くのは狂気と策略。
「お前の使い道はまだ色々ある」
サイレンサーでは消しきれない硝煙の臭いが、鼻についた。
夕暮れ時の閑静な住宅街の、小さな細い路地で。
瞬きする間に行われた殺人は、誰にも知らずに処理される。
目撃者はいないし、もし居たら死んだ男と同じ道を辿る。
涙は出ない。
ぼくはきっと、もう普通の人とは違うんだろう。
思うのは、ただ二つ。
――――――ごめんなさい。そして、さようなら。
//21歳
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解けたリボン |
2007年10月9日 23時22分
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肌寒さを感じる朝の時間に、神社に足を向けた。
最近、よく来る神社。
清廉な空気は何時でも変わらないけど、寒さのためか朝は特に清い気がする。
誰にも会わなくていい。
ただ、仕事の前に此処に来ると、頑張れる気がした。
本当は。
誰かに、会いたいのかもしれないけど。
会ったら助けを求めてしまいそうだし、やはり会わないほうがいい。
お賽銭を入れて、拍手を打って、礼をして。
朝だから、鈴は鳴らさずに終らせる。
そしてくるりと振り返った境内の、石畳の上で。
何処かから解けた、綺麗なリボンが眼に入った。
来た時は気付かなかった。
可愛い、暖かい秋色のリボン。
拾ってみて、誰のだろうと首を傾げた。
一瞬脳内に長い髪の少女が浮かんで、その想像はそのまま無意識にその少女の予知に繋がる。
境内から少し離れた御神木付近を、大きな犬と一緒に何かを探している、女の子。
何分後の未来かはわからない。
何時間後、何秒後かもしれない。
探しているものがこのリボンとも限らない。
けど。
ぼくの足は、自然と御神木の方へと向いた。
注連縄の掛かった、立派な御神木。
まだ人影は一つもなく、木の葉が風に擦られる音がさらさらと響いていて。
素敵な樹だと、なんとなくそう思った。
手にしたリボンに目をやる。
何処にあれば見つかり易いかと少し考えて、女の子の目線に合いそうな高さの枝の先に、緩く結んだ。
「これで、大丈夫かな・・・」
逆に見つかり難くなっていたらどうしようと、少し考える。
でもこれくらいしか、ぼくにはできそうもなかった。
ふと思いつきで、御神木に手を添える。
「――――・・・無事見つかりますように」
お願いしますと、小さく祈った。
解けたリボン。
無事もとの場所に、戻れればいい。
あのリボンには、還れる場所が、あるのだから。
//21歳
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通じない思い |
2007年10月8日 01時25分
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―――――届かない。
「・・・、・・・だから、ぼくね。お母さんと、お父さんが大好き。ずっと一緒に居たいな」
何度言葉を重ねても、何度態度に示しても。
この思いは、彼にも彼女にも通じない。
「どうした?いきなり」
「私もあなたが好きよ、花梨」
どうしてだろう。
どうしてなのだろう。
何度声を大にして「行きたくない」と叫んでも、笑ってするりとかわされる。
大好きだと言っても、頷くばかり。
ねぇ、どうして?
「さようなら、花梨」
――――――お母さん。お父さん。
かりんは、いらないの?
・・・・目が、覚めて。
頬に零れる涙が、冷たくて淋しくて哀しかった。
実感する。
確認、する。
ああ、ぼくは。
誰にも必要のない、モノ。
//21歳
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無茶 |
2007年10月7日 23時23分
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「無茶だ!」
耳にそんな声が入る。
けれどぼくは、振り返りも足を止めもしなかった。
何が無茶なのか。
確かにぼくは弱いし運動神経も人並みだし、何もできない。
けれどだからと言って、何もしないで震えていていいはずがない。
だってぼくは、知っているのだ。
知らないなら何もしなくていいと言う訳ではない。けど、知っていて何もしないのは、やはり罪だ。
ぼくは、知っている。
だから、逃げてはいけない。
感覚を研ぎ澄ませ。
さぁ―――――ぼくには、わかるはずだ。
立ち上がって、真っ直ぐ進む。
一歩左に。
次は右。
次は更に右で、そこから前にちょっと跳ぶ。
ぼくの動作に合わせるように、ぱんぱんぱん、と、続けて乾いた音が鳴った。
否、違う。
ぼくがその音に合わせて、銃撃の来る場所を予知し、その場所を避けて移動した。
銃を持つ男が、ぼくの動きの意味に気付いて、青褪めて一歩後ずさった。
無意識下の行動。
表情から見えるのは、明確な恐怖。
予知の精度は良好。
現実の光景と予知の光景が被さるように混ざり合って、それは不思議な光景だった。
自分の眼が、青く光っているのが、わかる。
「・・・あなたの攻撃は、ぼくには当たらない」
往生際が悪く、というよりも恐怖に駆られて無差別に、また銃声が響いた。
軌跡はわかっていたけど避け損ねて、軽く髪が切れる。
軽く自嘲する。ああやはり、ぼくは弱い。
それでもやはり、男の恐怖は変わらなかった。
人外のものを目の当たりにした時の、得体の知れない恐怖。
ぼくはあまり快くないそれを、利用する。
「――――――その子を離して」
そうでもなければ、ぼくは勝てない。
男と同じ恐怖を感じている、男の隣で手錠で戒められた少女が助けられるなら、もう何でもよかった。
//21歳
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お祭り騒ぎ |
2007年10月6日 23時29分
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「だから、別に話しててもいいから、此処じゃないところでっ!」
「おねーさんが遊んでくれるなら移動してもいいぜー?」
「きゃははっ、それいいねー。でもちょっと一人じゃ大変じゃね?」
「いいんだよ、な?おねーさん」
特に何があるわけでもないのに、お祭り騒ぎをしている若者たち。
日本の繁華街では、割とよく見られる光景である。
人の迷惑も考えないお祭り騒ぎの中心に、一人の女性が立っていた。
真剣なその女性に対して、若者たちはどこまでも軽く笑う。
揶揄するように掛けられるのは品性の薄い実のない言葉。
女性の肩に手を伸ばして、にやにやと締まりのない表情を作った。
肩に乗せられた手を払いのけて、女性はまた声を荒げた。
「だからっ・・・!!」
先ほどからのやり取りは、平行線を辿っている。
女性は彼らにこの場所から動くようにいい、若者たちは相手にせずにそれをからかう。
何度女性が移動するように訴えても、それが続いていた。
「だから、此処は危ないんだってっ!」
お祭り騒ぎは止まらない。
先ほど手を退けられた一人が、今度は強引に女性の腰を抱く。
「っ、きゃ!?ちょっ、離して!いい加減話を聞いてってば!」
「此処は危ないんだよねー?わかったわかった」
「笑い事じゃ・・・・!」
彼女が真剣になればなるほど、喧騒は大きくなる。
お祭り騒ぎは加速し、彼女の意思に反した方向へ突き進む。
そしてそのお祭り騒ぎは、突然悲鳴と狂騒に取って代わる。
係わり合いになりたくない、とばかりに遠巻きに通り過ぎていた通行人の中から、声が、響いた。
「危ないっ!」
その声が発された時には、もう、遅い。
女性を取り囲んでいた若者たちの半分が、アクセルとブレーキを踏み間違えたトラックに、組み敷かれ地に伏せる。
女性も無傷では居られずに、建物に突っ込んだトラックが作り出したガラスの破片で無数の傷を作った。
けれど若者たちに囲まれていたために、それはさほど大きな傷ではなく。
仲間を置いて走り去る残り半数には目もくれず、女性は地に伏せた若者たちに駆け寄る。
唇を噛み締めて、呆然としている群集に呼びかけた。
「救急車をっ!」
間に合わなかった――――・・・。
彼女はまた、後悔を一つ募らせる。
//21歳
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本当は、違うんだけど |
2007年10月5日 02時27分
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――――――悔いはない。
大丈夫、そう言える。
緊張も動揺も全て心に押し込めて、顔を上げて歩き出す。
死刑台に上るような気分で、目的地に足を進めた。
これからぼくがしようとしていることは、完全な自殺行為。
自棄になったわけでも自殺願望があるわけでもないけど、ぼくはその行為を止めはしない。
ぼくはもう、決めたから。
多分ぼくは消されるだろう。
殺されるのか消されるのかは、わからないけど。
明日まで「ぼく」が生きている確率は、限りなく低い。
「花梨」
促されて、口を、開く。
「・・・・・・この後、人払いをして何かの仕事に取り掛かる。接触するなら今」
本当は、違うんだけど。
故意に嘘を、吐く。
――――さぁ。
もう、後には戻れない。
//22歳?(22歳以降)
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曖昧な記憶 |
2007年10月4日 22時25分
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記憶力はいい方だ。
特に予知の記憶は強い。忘れ辛いと言ったほうが正確かもしれない。
けれど、幾つか妙に曖昧な記憶がある。
何故曖昧なのか。その理由はわかっている。
けれど打開策は、ない。
「聞こえるか、花梨」
こくりと、首だけで頷く。
意識しての動きではない。反射のような、頷き。
思考は混濁している。
自分が何を言っているのか、何をしているのか、何も把握していない。
男が白衣のスタッフに合図して、スタッフは無言でぼくの腕から注射針を抜いた。
注射器の中身は、ぼくの血液に混ざってもうない。
頭がぼおっとして、現実と夢の区別が曖昧な状態。
故意にその状態を作り出した、薬。
これは実験だった。
「俺の側近を知ってるな?」
ぼくはまた頷く。
白衣のスタッフは、やはり黙って部屋を出て行った。
「アイツの5分後の未来を言え」
「・・・・たばこ・・・買う」
「銘柄は?」
「・・・マルボロ。・・・・と・・・青い・・・マイルドセブン」
そして五分後、またスタッフが現れて、男に何かを耳打ちする。
実験結果を聞いて、男はぼくに目を向けて笑った。
くつくつと、楽しそうに、満足げに。
ぼくの頭を、軽く撫でる。
普段そんなことをされたらぼくは絶対に拒否反応を起こすけど、今は何も感じない。
「お前は本当に使える『いい子』だよ、花梨」
焦点の合わない目は、何も映さず。
首振り人形のように、ただ言われた言葉にだけ反応する。
それは道具として、理想の姿。
この実験は嫌いだった。
これはぼくの保障も未来も夢も覆す、恐ろしい実験。
ぼくの意識を薬で奪っても、予知を引き出せるかどうかの、実験。
失敗が続いていた実験は、今回成功した。
どの程度の自我レベルなら予知が成功するか、そのラインが、わかってしまった。
もちろんぼくは、何度目かの実験結果はすべて、よく知らない。
自分の言った言葉も、行った予知も、覚えていないから。
合っていたかいないかも、わからない。
ただ、わかるのは。
目が覚めた後曖昧な記憶の空白の時間があることと、それ以降実験が少なくなったということだけ。
ずきりと、頭が痛む。
腕にある注射の痕が、忌まわしかった。
ぼくは役に立つ。
だから、役に立っているうちは命の補償をされている。けれど。
役に立つのは「ぼく」ではなく、ぼくの持つ「予知」。
このままでは、いつか。
ぼくは、あの男に消されるだろう。
「起きたか、花梨」
「・・・・何したの」
「知りたいか?」
「・・・・・・・・・いい」
「安心しろ、コレは教えない」
「・・・・・・・・・・・・」
――――それでも、打開策は、ない。
//18歳
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トラブル |
2007年10月3日 02時52分
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俺は秩序とかルールとかいう面倒なものが嫌で、不良からヤクザになった。
ヤクザはヤクザで色々と掟があって、結局は日本人かと嫌気がさし、次はマフィアに。
流石にマフィアはやることがデカイと思ったが、結局ルールはルールとして存在していた。
集団とはそんなものらしい。
まぁいい。
裏の世界に居れば、少なくとも秩序は壊せる。
そして今回俺が命じられたのは、この会社で「トラブル」を起こすこと。
まぁ要は、ビジネステロだ。
手広くやってるよな、ウチの組・・・っと、組じゃねぇんだ。まぁいいや。
そしてそのために、俺に貸し与えられたモノがある。
失敗は許されないと、ボスに近いと噂される日本人の「兄貴」から言われた。
つまりは結構大事なミッションってこと。
で、だからコレを貸してくれた。
難しいことはよくわからないが、ビジネスビルなんて秩序の塊みたいなとこ、壊せるのは結構楽しみ。
・・・・でもどうやって使えばいいのコレ。
未来を読むってホントかよおい。
隣に居るのは小さな子供。
俺がちらりと目を向けると、どこかを見上げていた子供は不意に口を開いた。
「・・・・10秒後、あの角をターゲットが通過」
ホントかよ。
信じられるわけがない。
未来だって未来。どこのマンガだよ。
兄貴ー。コレを使えって本気?
とかって考えて、10秒はすぐで。
「・・・・・・・・うわマジ来た」
酷い冗談だ。
俺はあのターゲットにぶつかって鞄を落とさせ、同じ種類の鞄とすり替える。
その鞄の中には、トラブルの種。
本物の機密と若干だけ違う、契約書。
「1秒後、同僚と挨拶を交わす」
俺は歩き出す。
今度の声は、耳にした小型のスピーカーから聞こえた。
「2秒後声を掛けられて、振り返る。そこがチャンス」
思わず、思った。
―――――気持ち悪ぃ。
何だよコレ。
何だよ、コレ。
どんと肩に衝撃があって、鞄が落ちて。
ちゃんとすり替えて、それでも声は続く。
「10秒後搬入のトラックが通るから、それに隠れてターゲットの視界から消えて。後は合流場所へ」
思わずカウント。
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・・0。
大きなトラックが、直ぐ傍を、通った。
次に身体を襲ったのは、得体の知れない恐怖だった。
アレは、なんだ。
ありえねぇ。こんなの、有り得ない。
合流予定地で待っていた小さな姿が、俺を見上げる。
俺の顔に何を見たのか、首を傾げた。
「どうしたの?」
ああ、うん。
わかった。
コレは、モノだ。
道具だ。
使える、便利なモノ。
こんな気持ち悪いバケモノ、人間なわけがない。
「別に、どうも?」
俺は今日、ひとつ利口になった。
//12歳
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秋、と言えば |
2007年10月2日 03時11分
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散る紅葉を追いかける子供たちを見た。
民家の軒先にある年代モノの柿の樹に、たわわに実が生っているのを見た。
新米の収穫に精を出す、農家の夫婦を見た。
差し出した指先に止まる、赤とんぼを見た。
秋には、たくさんのものが実を結び、色を変え、鮮やかに命が充満する。
それは春とは逆の光景。
春は起床。
秋は支度。
自身を未来へと繋ぐ、実りのとき。
秋は好きだ。
果実も種も紅葉も、夕日もとんぼも秋桜も。
春からそれぞれ蓄えた命を何らかの形で表して、静かに眠る直前の。
秋は世界の祭りの季節。
競い合う。
自慢しあう。
こっちを見てこっちを見てと、自然の誰もが力を振り絞り、絢爛に舞う。
秋は、好きだ。
赤い色。
黄色い色。
茶色、ベージュ、オフホワイト。
暖色で彩られた世界は何処を見ても安心できて、惜しみなく主張される命はどれも眩しくて。
愛しくて、切ない。
同じように絢爛でも、春ではない。
同じように命で溢れていても、春ではない。
これは支度。
これは、最後の灯火。
白い冬に向かう前の、豪華な祝祭。
//21歳
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女心のように |
2007年10月1日 23時56分
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日差しが大分柔らかくなって、暖かさの勢いが変わってきた。
朝と夕は涼しくなり、天候は移ろい易い。
俗に言う、女心のような、空模様。
考えてみれば失礼な話だと思う。
女心のように、ころころ変わる秋の空。
女性にも空にも、失礼だ。
言わせて貰えば女性よりも男性の方が心変わりし易いし、そもそも女性が心変わりする理由の大半は男性にある。
つまり、何が言いたいかと言うと。
「・・・・最低」
「今更」
「・・・・・。・・・そうだね」
利用した男。
哀れな女性。
そんな人たちは、望んでいなくても、たくさん見てきた。
見せられてきた。
逆がなかったとは言わない。マフィアで生きる女性は皆それぞれに強かで、計算高い。
それでも絶対数において、犠牲者は圧倒的に女性だった。
何処かへ売られていく女性たちを視たことがある。
正確には、彼女たちがいた部屋を。
どういう手段を使ったのか、そのうちの一人は敵組織のスパイだった。
けれどスパイはたった一人だけ。
他の女性たちは、被害者で。
涙の後が痛々しくて、どうにかできないのかと胸が締め付けられて。
けれどそんなぼくを見て、男は笑った。
「買われたモノが売られるモノを哀れむか?滑稽なことだ」
ぼくは無力なのだと、そのたった一言で思い知らされる。
「余計なことはするな。行くぞ」
女心のように、とまでは言わないけれど。
この男の心は、何かで変わることはあるのだろうかと、たまに、疑問に思う。
//16歳
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