マスコット |
2008年5月1日 19時04分
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小さな幼い女の子が、キラキラした瞳で、それを見ていた。
今子供たちの間で人気の、マスコット人形。
の、プレミアムバージョンと銘打たれた、女の子には巨大と言っても可笑しくない、それを。
「――――――・・・花梨?」
滅多に我儘も言わない子供が熱心に覗き込む様を見つけたのは、彼女の父親。
女の子はびくりと驚いて、慌てて振り返った。
なんでもないと、言う。
父親は笑って、女の子と目線を合わせた。
「かわいいね。欲しいのかな?花梨」
にこりと優しい笑みを向けられて、子供なりに必死で誤魔化そうとしていた女の子にも迷いが生じる。
恐る恐る、まるで怒られているように、申し訳なさそうに頷いた。
「そっか」
「・・・・・・うん」
こくりと頷いてしまえは現金なもので反応が気になるらしく、女の子はちらりと上目遣いに父親を見上げる。
口に出さないだけこの年頃の子供にしては偉かったが、全身で「買って」と訴えているようだった。
だが。
父親は優しく笑って、けれど「それだけ」だった。
「本当、かわいいね。じゃあ行こうか、花梨」
女の子は、一度だけ人形を振り返り、そして。
「うん」
精一杯、何事もなかったかのように、にこりと笑った。
それはとある日の、昼下がり。
//6歳
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初々しい |
2008年4月9日 19時02分
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「あら、初々しいこと」
真新しいランドセルを背負って走る。
近所の顔見知りのおばさんが、そう言って頭を撫でてくれた。
走るぼくを見守りながら、両親が優しい顔で後ろを歩いていた。
「花梨、走ると危ないわよ?」
「転ばないようにな、花梨」
掛かる言葉も優しく、暖かい。
「だいじょうぶ!」
ぼくは根拠もなく、そう返した。
淡い記憶。
「小学校」が嬉しくて楽しくて、希望に満ち溢れていた幼い日。
もうほとんど葉桜の桜がひらひら散って、地面はまるで疎らに絨毯を引いたような有様だった。
春らしい日だった。
パステル色の、柔らかい、日だった。
ぼくはだから、春が好きだったのに。
それから少し後に放り込まれた闇色の世界で、桜は血溜りの上に不安定な波紋を描くことを知った。
花びらは皆、真っ赤に染まることを、知った。
春を嫌いにはならなかったけど。
ただもう、あの頃のように無条件に浮かれることはできない。
//6歳
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食べ物を粗末にしちゃ駄目 |
2008年2月3日 20時36分
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「鬼は、そと。福は、うち」
神社の豆まきを見て、少女はとても感動していた。
彼女には、豆が撒かれるごとに空気が変わっていくことがわかった。
宮司が文言を口にするたびに、「何か」がなくなっていくことがわかった。
凄いと思った。
帰りに大豆の入った小さな袋を貰って、少女は家路を急ぐ。
家では自分が、宮司の代わりをしようと、幼い義務感を抱いて。
「おにはーそと、ふくはうち!」
貰ってきた豆を撒く。
あまり外には飛ばなかったけど、それでも少しは効果があったように少女には思えた。
神社のように、明確にはわからなかった、けど。
それでも少女は満足だった。
帰宅した少女の母親は、散らばった大豆を見て、首を傾げる。
「・・・花梨?」
少女は手の掛からない子供だった。
悪戯も滅多にしないし、聞き分けのいい、楽な子供。
「お母さん!」
「花梨がやったの?」
「うん!」
「駄目じゃない。食べ物を粗末にしちゃ」
ぱちんと。
少女の中の小さな正義感と満足感が、弾けて消えた。
「・・・、・・・ごめんなさい」
少女は悲しげに、そう、言った。
//7歳
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カレンダー |
2008年1月12日 22時45分
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カレンダーに一つ、丸を付ける。
約二週間先の、水曜日。
歪な赤い丸だが、少女は満足そうだった。
まだ幼い。4、5歳だろうか。紺色掛かった髪を可愛らしいおかっぱにした、少女。
「花梨?」
満足気にカレンダーを見上げる少女に気付いて、誰かがその後ろ姿に声を掛ける。
声のあとに姿を表したのは、少女と同じ髪色の、大人の男性。
男性を振り返った少女の様子から察するに、恐らく彼女の父親だろう。
少女はぱっと顔を輝かせ、振り向きざま男性の足にぽふりと抱きついた。
男性は微笑んで少女を撫でて、たった今少女が書いた赤丸を目にして首を傾げる。
何の丸だろうか。
その日は別に記念日でもなんでもないし、用事も行事も約束も覚えはない。
疑問に思いながら少女を見れば、少女はいかにも得意げに、「誉めて」というようなきらきらした瞳で彼を見上げていた。
子供のすることだ。特に意味はないのかもしれない――――――・・・そう思いつつも、彼は娘にそれを訊ねる。
「何の日かな?」
そして少女は、弾んだ声でこれに答えた。
「ままがよろこぶひっ!」
ぱちくりと、目を瞬く。
やはり子供の言うことかと、微笑ましくも苦笑した。さっぱりよくわからない。
「そうか、楽しみだね」
「うん、たのしみっ」
普通なら。
子供の悪戯。意味のない、当てずっぽうの。
それで終わってしまう話。
けれど。
二週間後の、水曜日。
応募した懸賞が偶然当たって歓声を挙げた男性の妻が、記念にカレンダーに丸をつけようと言いだして。
「あら?今日何かあったかしら?もう丸がついてるわ」
男性の顔から微笑みが、消えた。
ママが、喜ぶ、日。
偶然?
反射的に自分で答えた。
いいや、多分、違う。
気付けば今まで他にもあったと思い至る。
あれも。これも、それも!
彼は娘の眠る部屋を見やり、そして。
また、微笑みを顔に浮かべた。
「花梨が書いたんだよ」
「あら、そうなの」
「うん、どうやらあの子は匠と同じみたいだ」
「あら・・・そうなの」
「うん」
それが少女の未来が確定した日の、会話だった。
//4歳
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カーテンの向こう側 |
2007年9月5日 23時42分
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あのカーテンの向こう側に、「何か」、居る。
それはぼくを害する「何か」。
ぼくの望まない、「何か」。
何だろう。
何だろう。
恐くなって母さんの服を掴むと、母さんは訝しげにぼくを見下ろした。
「どうしたの?花梨」
「カーテンの・・・・」
「カーテン?ああ、気付いたの。大丈夫よ、花梨」
「何が居るの?」
見上げれば、母さんは笑う。
安心できるはずの笑みは、何故か恐怖を煽った。
ああまさか。
ああ、まさか。
「アレ」は今日なのか。
「母さん」
「どうしたの?花梨。今日はやけに落ち着かないのね」
「何が、居るの」
「父さんよ」
「父さんと、何」
母さんはさらりとぼくの髪を撫でる。
部屋の奥を仕切るカーテンが、窓からの風に煽られて微かに翻った。
母さんは、なんでもないことのように、言う。
「あなたの所有者になる人」
カーテンの向こう側に行ってしまえば。
もう、戻れない。
//9歳
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弱音を吐くな! |
2007年8月30日 13時00分
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「・・・母さん」
「元気でね、花梨」
「・・・・・・うん」
慈愛に満ちた表情で、ハハは言った。
何も、罪悪感のカケラもない顔で、ぼくの手を離す。
チチは、そんなハハの肩を抱いた。
黒服に腕を強く引かれて、つい、ぼくは、振り向いた。
一縷の期待があった。
もしかしたら、追って。
手を伸ばして、くれるのでは、ないか。
もしかしたら。
――――・・・ぼくは、振り返っては、いけなかった。
見えたのは、伸ばされた手でも追い縋る両親でもなく。
ぼくよりも大事そうにお金が入ったカバンを抱いて微笑みあう、二人。
ぼくにはもう、目も向けず。
それはとても、幸せそうな。
「―――――・・・っ・・・!」
知っていたはずだ。
ぼくはこの光景を、一年前に視てていた。
変わらなかった。
変わらなかった、それだけだっ!
手放したくないと思って欲しかった。我儘は言わなかった手伝いもした勉強も。
それでも。
やっぱり、変わらなかった。
ただ、それだけ。
泣くな。
嘆くな。
弱音を、吐くな!
覚悟はきっと、できていた。
「・・・・・さよなら」
ぼくを生んで、けれど愛してはくれなかった人たち。
//9歳(もうすぐ10歳
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