ゾロ目[2 |
2010年11月11日 12時51分
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何故己は、生きているのだろうか。
「呼吸・脈拍・血圧、脳波も全て正常範囲内。肉体疲労による多少の乱れは確認できますが、能力使用による人体への影響はどこにも見られません」
「脳波もだと?今までのデータは」
「能力起動直後に異常値と正常値間でゆらぎがあります」
「先週は断続的にゆらぎが発生していたはずだ」
「脳が変化に対応しているのか」
「いや、対応はもとからしていたはずだ。でなければ能力発動の理屈が合わない」
体から山ほど伸びた針と管。
規則的に無人の部屋に響く、計測機の機械音。
分厚い硝子の「向こう側」で、計測結果に目を向ける白衣の集団。
目に痛い程全てを拒絶する、冷たく白い壁。
目に入る全てを情報として噛み砕き、もう一度思う。
何故己は、生きているのだろうか。
狂った高笑いを浮かべながら自らの能力を使い頭と胴を切断した者が居た。
死にたくない、そう叫びながら暴走した自らの能力で破裂した者が居た。
無言でナイフを心臓に突き刺した者が居た。
首を吊った者も、窓から飛び降りた者も、手首の頸動脈を切った者も居た。
死ぬことも出来ず、外界を一切遮断し思考を止めた者も居た。
始めから居た者も途中から居た者も、例外なく全てが狂って死んでいった。
何故。
己は、生きているのだろうか。
「能力継続の限界に達すれば変化があるのでは?」
「被研体の今までの限界期間は?」
「人体の活動限界時間とほぼ同じです。能力に因る疲労というよりは、睡眠時間不足と飢餓に因る意識の喪失が原因かと」
「興味深い」
「では能力発動の限界期間は不明ということか」
「腑甲斐ない」
「肉体疲労など、薬で無視させればいいだけではないか」
「しかしそれでは純然たる結果とは言えん。薬は脳に影響を与える」
「電気信号で体を動かすのはどうだ」
「やりました。こちらが結果です」
「これだけか・・・やはり幼児の体は耐久性が悪いな」
一つは、簡単だ。
己は死ぬことを許されていない。
「死ぬな」と命令は受けていないが、「死んでいい」とも言われていない。
だから生きている。それ以外に選択肢はない。
死にたいと思うとか。死にたくないと思うとか。そんな思考は特にない。
何故狂わないのか。
実験の一環で問われたことがある。
精神状態の分析。そう言われた。
わからない。己の答えはそれだった。
だが、今。
少し経って、思う。
恐らく、もうとうの昔に、自分は狂ってしまっているのだ。
「能力発動時間が44時間44分44秒を超過」
「記録更新か」
「はい」
ただ、狂い方が他人とは違った。
それだけだ。
俺は何のためかわからないが、生きている。
俺は何のためでもないのに、生きている。
俺は明確に他人の意思で、生かされている。
生きてはいるが。
――――果たしてそれは「生きている」と、言えるのか?
去来した疑問に答えはない。
代わりのように、計器をモニタリングしていた白衣が口を開いた。
「心拍数と脳波に微弱な乱れを捉えました」
「能力の影響か?」
「不明です。可能性はあるかと」
「記録後、実験は続行」
無為なことだ。
疑問など、投げる権利も聞く者もない。
だというのに、暫らくこの問いは脳裏に居座り続けた。
―――――それでも時期にまた、そんなものは消えていく。
何故なら逃げる場所も思考も意思すらも、底を尽く前にそもそも持ち合わせてはいないのだから。
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多けりゃ良いってものじゃない |
2008年4月30日 18時51分
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「ひぃー。ひーぃー?」
呼びながら、毛の長い上質な絨毯が引かれた廊下を歩く。
まるで犬か猫かを呼ぶような呼び方だが、実際呼んでいたのは人だった。
それもこの大きな洋館の、有能な跡取り息子。
「ひー?まさかまだ寝て・・・」
若干楽しげに言いつつ豪奢で大きな扉を開ければ、内装も品の良い家具がずらりと並ぶ。
どれもこれも一目で高級と知れるインテリアは、気の弱い人間なら触れただけで卒倒しそうだった。
そしてその美しい部屋の中に、一人。
一枚の絵のように誂えた、青年が立っていた。
しゅる、と、青年の締めているネクタイが衣擦れの音を立てる。
細いが引き締まった肢体に、ぴったり合った仕立て服。
黒髪に透けるような白い肌、紅い目の、青年だった。
だがその眼福な光景を見て、扉を開けた男はつまらなそうに息を吐く。
「なんだよヒズルー、起きてるじゃん」
「・・・当然だ。何を期待していた」
「え、そりゃー初寝顔に決まってんじゃん」
「生憎それは安くない」
「ちぇー。つーかさ、返事くらいしろよ、ひぃ」
「どうせ入ってくるんだろう。面倒だ」
話しながらも身仕度を終えた青年は、男と目も合わせずに歩きだす。
男も慣れた様子で、わざとらしく肩を竦めてから後を追った。
男が歩いてきた廊下を逆に辿るように歩けば、階下へと続く広い階段。
吹き抜けで作られたホールに、きらきらと光を弾く大きなシャンデリア。
そして階段を降りた位置からずらりと並ぶ、メイドと執事を始めとする使用人たち。
彼らは階段の踊り場に現れた青年を見て、一斉に腰を折った。
「「お早よう御座います、歪留(ひずる)様」」
男と話しているときはにこりともしなかった青年が、爽やかな笑みを浮かべる。
「ああ。お早よう、皆。今日も一日宜しく頼む」
こっそりと男が呟いたのは、「よくやるよ」という言葉。
その台詞にこちらも影で一睨みを返し、青年は再び歩きだす。
男はもちろんまたこれを追い、執事服に身を包んだ初老の男性が、新たに青年の後に続いた。
「歪留様。本日の御予定は如何致しましょう」
「任せる。特別急ぎの用はない。いつもは付き合えない用に付き合おう」
「お心遣い有難う御座います。では予定が空いたらとお断わり続けていた社交の席に出席頂いても宜しいでしょうか」
「ああ。詳しい予定が決まったら教えてくれ」
「畏まりました」
有能な執事との息の合った会話。
話をしながらも足は止まらず、会話が途切れた辺りでちょうど良く食事の用意された部屋へと辿り着いた。
いつもならそこで踵を返す執事だったが、しかし今日は何故かその場に留まった。
何とも言えない表情で、男を見やる。
「・・・・・・あの」
「・・・?なんだ?まだ何かあったか」
これは非常に珍しいことだったから、青年は軽く驚いて執事を振り返る。
しかし執事はまだ何とも言えない表情で、こちらも困惑気味に口を開いた。
「・・・楢様の、お持ちになっているそれは・・・?」
此処で男が心底嬉しそうに、歓声を上げる。
「お、やっと突っ込んでくれたか!いやー、よかったー」
何だそんなことかと、青年が男に冷ややかな目を向ける。
青年の部屋に男が入ってきた時から、ずっと。
男は何本もの薔薇の花束を、その両腕に抱えていた。
「気にするな、筧。ただの馬鹿だ」
「酷いなぁ、ひぃは。突っ込んでくれたっていいじゃん!いっぱいだよ?俺からの愛の証〜」
「多けりゃ良いってものじゃない」
「いえ、あの歪留様・・・問題はそこでしょうか・・・?」
「そもそも問題ではない。・・・筧。それだけなら仕事に戻れ」
「あ、は。申し訳ありません。失礼します」
執事が慌てて部屋を去れば、部屋には二人だけになる。
真っ赤な薔薇を抱えた男は楽しげに執事を見送って、気配が消えたタイミングで口を開いた。
「ひぃ。ヒズル。気付いてんだろ?いいのかよ?」
笑いながら言って、薔薇を一輪握り潰す。
青年は浮かべていた苦笑や感情を全て消した無表情に戻って、男を見やった。
「・・・ああ、わかっている。楢宗一郎」
ただ静かに、言葉だけを紡ぐ。
「とうとう俺を殺しに来たな」
男はそんな青年に「あーやっぱり」と笑って、花束に隠した黒光りする拳銃を取り出した。
「喜べひぃ。俺がお前をカミサマにしてやるよ」
だから、さようなら。
最期はとても、呆気ない、音だった。
倒れた青年の上に、血にも負けない紅い花を撒く。
男は些か詰まらなそうに、肩を竦めた。
「ふふん、初寝顔ゲット。・・・最初で最後になっちゃったケド」
青年は。
苦しみも未練も見えない、静かな顔で、眠るように目を閉じていた。
//人間だった頃のカミサマ
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世界を見下ろす丘 |
2008年4月23日 18時54分
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此処は世界を見下ろす丘。
ひーちゃんが好きな「あの子」を見下ろす丘。
俺が過去を見下ろす丘。
「瞳」をひーちゃんに返して、「宝」を壊されて、力尽きた「人」が見えた。
ただの人。
世界に存在している生物。
けれど、ひーちゃんの「あの子」。
ひーちゃんにはいつも呆れたような不可解そうな無言の圧力を貰うけど、俺はあの神が好きだった。
特に、眼が。
なのにひーちゃんは瞳をあげて、だから目隠しで、俺はあの眼が見れなくて。
うん。
そう、ひーちゃんによく言われる通り俺はまだ「若い」から、だからかもしれないけど。
嫌いなんだよね、お前。
俺の好きなひーちゃんの好きな「あの子」。
「・・・・・・不動、花梨?だっけ?」
打ち拉がれた人間。
壊れかけた、矮小で脆弱な、醜いイキモノ。
でもまだ甘いんだよ。
「ひーちゃんからの“ギフト”は受け取って、俺のは貰わないなんて、言わないよな?」
俺の好きなひーちゃんの眼を高々十数年とはいえ持っていた、俺の嫌いな人間さん。
俺から素敵な贈り物を、あげよう。
「短い『普通』は楽しかった?」
一生「異端」と呼ばれるがいい。
//カミサマ?
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歪な愛 |
2008年4月14日 19時56分
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これは愛なのだろうか。
多分違うのだろう。
愛ならば、もっと狂おしく、そして、もっと暖かいはずだから。
「・・・・・・ディス」
呼んでも起きないのはいつものこと。
もとより期待していない。
起きなくていい。
起きなくて、いいのだ。
一度呼んだだけでは安心できず、もう一度、呼ぶ。
「ディス」
彼にも私にも、最初は名はなかった。
これは私たちを買う彼らが、適当に付けた名前。
でも別にいい。
それについては、何の感慨もない。
名前など、どうでもいい。
肝心なのは、そう。
手に慣れた銃を取り出すと、心が高鳴った。
つい、微笑みそうに、なる。
身体がぞくぞくして、えもいわれぬ快感に瞳が潤んだ。
肝心なのは、大切なのは、名前なんかではなくて。
この手であれを殺すこと。
「・・・・・・あー・・・。・・・朝?」
「・・・・・・違う」
ああ残念だ。
とても、残念だ。
今日もまた、殺せなかった。
これは、愛なのだろうか。
否、多分違うのだろう。
愛ならば、もっと狂おしく、そして、もっと暖かいはずだから。
//ディスとフィア
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目覚まし時計を叩いて止める |
2008年4月5日 02時03分
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べしっ、と。
そんな音と同時に、耳障りな音が停止した。
それに伴って膨らんだベッドからむくりと起き上がるはずの身体は、しかし残念ながらそのまま腕を布団の中に戻してごろりと寝返りを打つ。
実はこの男。
見た目や印象通り、低血圧且つ適当である。
「・・・・・ディス」
ぼそりと、室内に新たな音が降る。
何時の間に部屋を訪れ中に入っていたのか、ついさっきまでは布団の中身以外誰も居なかったはずの部屋に、黒尽くめで長身の女が一人立っていた。
名前を呼ばれても、布団の中身はぴくりとも反応しない。
完全に、二度寝の体勢である。
女はそれに憤慨することも呆れることもなく、当然のように懐に手を伸ばした。
一応もう一度、名前を呼ぶ。
「ディス」
目覚ましを叩いて止めた男がこの落ち着いた抑揚のない声で起きるはずもなく、やはり変化は起きない。
予想通りだったそれを認識して、女は懐から黒光りする鉄の塊を取り出した。
何の抵抗も躊躇も無く、すいっと自然に照準を合わせ、引き金を引く。
正確に男の頭部を狙った弾丸が、女の手に握られたトカレフから殆ど音も無く放たれた。
次の瞬間。
普通ならば予測される血の花が咲くことは無く、ガキッ、と、硬質な何かと何かがぶつかった音が部屋に響く。
女はナイフを手にした銃で受け止めながら、男の名を呼んだときと同様の抑揚のないぼそりとした声で、一言言った。
「・・・・・・おはよう」
人間離れした動きで銃撃を避けナイフでの反撃を繰り出した男は、答えない。
女もそれ以上何も言わないまま、数秒静かに時が過ぎた。
そして銃とナイフの拮抗は唐突に終わりを告げる。
「・・・・・・?ん?ああ、朝か?」
「・・・・・・・・違う」
「目覚ましなったんだろ?じゃあ朝だろ」
「・・・・・・・・現在時刻はグリニッジ標準時間でPM11時過ぎ」
「朝ジャン」
「・・・・・・・・違う」
男はナイフをしまい軽く伸びをして、女はそれを確認し銃を懐に戻す。
時刻を考えると当然のことながら、外は暗い。
夜が始まりの声を挙げて、少し。
宵闇の時間がこれから広がる。
「不動花梨の抹殺命令出ないカナー」
「・・・・・・・・多分出ない」
「お前の抹殺命令でもいいなァ、フィア」
「返り討ち」
「タノシソウだ」
これは毎日の起床の儀式。
叩かれて沈黙した役立たずの目覚ましは、また次の夜に音を立てる。
そして同じような展開で、男が起きる。
毎夜仕事があるこの二人の職業は、マフィアに属する殺し屋だった。
「いやー、いつも悪いな?起こしてもらって」
「・・・・・・・・死ねばいいのに」
「ヒハハ、助かるわホント」
「次はヤる」
今日も殺戮の夜が始まる。
//ディスとフィア
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何か恵んでください |
2008年2月19日 14時12分
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「ひーちゃんひーちゃん」
かつて人であった時の名を連呼する声に、ゆっくりと振り向く。
否。正確に言えば、かつて人であった時の名を勝手に愛称化して連呼しているわけだが。
「・・・・・・」
「何か恵んで」
「・・・・・・・・・」
・・・唐突すぎて何が何だかさっぱりわからない。
そもそも相手にする気が失せてくるのは私の所為だろうか。いや、恐らく違う。
「・・・・・・」
数秒だけ、正面から声の主を一瞥して。
両手を器にしてにこにこ笑っている顔にため息を吐き、次の瞬間。
無視することに、決めた。
ふいと顔を逸らし、姿を消す。
どうせいつもと同様、することは何もない。
ただこの世のどこかに、在ればいい。
「あー!ひーちゃん酷い!何かくれたっていいじゃん!!」
消える寸前聞こえた声に、眉を寄せた。
まぁどうせ、目隠しで見えはしない。
何故私がお前に何か恵まねばならん。
お前に何かやるくらいなら、それこそあの子に何か渡す。
//カミサマ
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すっごい殺し文句 |
2008年2月7日 03時15分
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「なぁそれって、すっごい殺し文句。自覚ある?」
「・・・・・殺し文句?」
「あ、自覚ない。日本人って謙虚じゃなかったっけ?うわ意外」
一を言うのに百を費やす男が居た。
煩いが、それなりに使い道のある男。
だから今生きていると言えなくもないが。
「もう一度言ってみ?」
にやにやと楽しげに笑って、俺を促す。
付き合う意味があるとは思わなかったが、此処で無視するのはまだ得策ではない。
「これ」の使い方は知っていた。
「―――――・・・・俺の物になれ」
言われた通り繰り返せば、身体をくの字に折り曲げて笑い出す。
一応「同僚」という位置に居るこの男は、言動に無駄が多い。
「お前のその顔でそんなこと言われたら、どんな女もイチコロだな」
笑い終えてから、そんなことを言い。
笑いを収めて、初めてすっと目を細めた。
どうやら満足したらしい。
この男は、こういう「他愛もない会話」が好きで、ついやりたくなるらしい。
無視するより、適度に付き合ったほうが終るのが早い。
これを経ればそれなりに使えるのだから、面倒なことだ。
「じゃ、行くな、樹。あと宜しく」
「ああ」と、適当に答えた。
それから、ふと思って笑う。
ああ。任せておけ。
ちゃんと跡形もなく、お前諸共吹っ飛ばしてやるから。
――――それがその男との、最後の会話だった。
ちなみに「殺し文句」は。
実際は別に殺し文句でもなんでもなく、ただ、そのままの意味だ。
//樹閃月
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やり残した事 |
2007年12月28日 01時13分
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生前、俺は所謂「超能力者」だった。
残念ながら紛い物ではない、本物の。
能力は念動力(サイコキネシス)、精神感応(テレパシー)、そして断片的且つ突発的な、予知能力(プロコグニション)。
望んで持っていたものではなかったが、死ぬまで捨てることも叶わなかった。
その「所為」で何か起こったことは多々あっても、「おかげ」となると数少ない。
生きているうちに、捨てられたなら。きっと俺の人生はまた違っていたのだろう。
そう。
俺は死者だ。自覚はある。
俺は死んだ。突然ではあったが予想外ではない、交通事故で。
望んで動いた結果だったから、それについては何も後悔はない。
しかし、死んだはずの俺は、何故かまだ「此処」に居た。
「能力」の所為か、もしくはおかげかもしれない。しかし実際の理由はわからない。
ただ、俺の死を自分の所為だと責める親友が放って置けなくて、俺は自然の摂理に逆らい続けることを選んだ。
選んだ理由はそれだったが、今は選んでよかったといえる理由が他にたくさんある。
俺は生前より死後の方が、幸せだったように思う。
幽霊である俺を知覚できる人間は少なかったが、その代わり、見える者は幸い皆優しかった。
最初の理由だった親友も、もう心配ない。
次にできた理由も、やはりもう解決した。
もうやり残した事は、ない。
これから、どうしようか。
流石にもう、長居しすぎたかもしれないと。
そんな風に、思っていた、その、矢先だった。
「妹」の。
存在を、知ったのは。
聞かされて、驚いた。
見て更に、驚いた。
血を分けた、兄妹。
肉親?
「何だソレは?」というのが、一番近い。
俺はそんなものは知らない。
俺が知っているのは、俺を研究所から救い上げてくれた、暖かい「母」だけ。
知っているのは、実の両親は俺を研究所へ売り払ったという、事実だけ。
そして衝撃的なことに、その「妹」も、また。
――――――――「超能力者」、だった。
愕然とした。
最初に哀れみが湧いた。
次に親しみが湧いた。
霊視の能力はないらしい彼女が己の墓の前で涙を流すのを見て、愛しさが、込み上げた。
20も年が離れている、娘のような妹。
俺が死んだ時には、まだ生まれても居なかった、彼女。
もう、やり残した事など、未練など、ないと、思ったのに。
俺に何が出来るだろう。
現世にほとんど干渉できない、この身で。
それでも俺は、彼女を放っておけないと、思ってしまった。
太陽の暖かさも感じない姿で、空を見上げる。
ああ。
まだ俺は、この先には、行けない。
//桐原藍螺
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どんな卑怯な手を使っても |
2007年12月22日 18時02分
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「このっ・・・卑怯者が・・・!!」
それが、俺が撃った男の最後の言葉だった。
つまらない台詞だと思う。
卑怯の何が悪い?
正攻法で行かなければならない意味はどこだ。
察せなかった己を呪え。
色々言い返せる言葉はあったが、あえて何も言わない。
言う意味はない。
どうせもう、冷たくなっている。
死体をそのままにドアへ向かえば、入り口に立っていた男が跪く。
感慨もなく見下ろして、視線だけで発言を促した。
男は淡々と、頭を垂れる。
この男は、それなりに使える道具だった。
「もとより私の『持ち主』は貴方ですが、今日からは『ボス』になられたので、一応改めさせて頂こうかと」
どうでもいい。
そういえば、そうですかと返事を返し、男は立ち上がる。
これでこのファミリーは俺の物だ。
だが、今のままでは使えない道具が多すぎる。
「無駄なことをしている暇があるなら、動け」
「はい。まずは誰を」
此処で「何を」と問わないところが、コレの使える所なんだが。
他はほとんどが、そうはいかない。
無能で無意味な烏合の衆。
考えようによっては、鳥よりもたちが悪い。食えるわけでもない。
塵か埃。
ゴミを捨てていかなくては、鬱陶しくて仕方がない。
「まずはキースとグレイン。その部下数名」
「末端は私の判断で構いませんか?」
「末端はいい。どうせ邪魔にすらならない」
「わかりました」
「上」へ上ると俺は決めた。
俺の考える「上」は、こんなところではない。
まぁ頂点に上ったからと言って、何があるわけでもないが。
こうでもしていなければ、この世はあまりにも暇すぎる。
これから更に、俺は高みを踏む。
そう、それこそ。
どんな卑怯な手を、使っても。
//樹 閃月
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誰もいない、私だけの世界 |
2007年12月18日 23時34分
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暗闇に、あの子だけが見える。
その視界は、私だけの世界。
「ひーちゃんってばー」
そんな声が聞こえて、視界を変える。
あの子が消えて、周囲の風景がガラスを一枚隔てて見るように広がった。
目隠しをしていても、不自由はない。
「ひーちゃんー」
「・・・・・何だ?」
答えれば、隣に来ていた一人の神が何やら驚いた顔をする。
神々の中で喜怒哀楽を作るのに一番長けているのは、この男だろうと漠然と思った。
「あ、聞こえてた?」
聞こえてないつもりなら、何故呼ぶのか。
この男は、謎だ。
「何か用か」
「んー、何してるのかなって?」
「あの子を見てた」
「また?」
「また」
私が何をしているか、そんなことを聞きに来たのだろうか、この男は。
「・・それで、用は」
「ない」
暇なことだ、と、思う。
思ってから、己も同じかと内心で嘲笑した。
神など皆、暇なものだ。
何もできることなどないのだから。
用がないならもういいかと、あっさり思考から隣の存在を掻き消す。
視界もまた「普通」に戻せば、暗闇にぼんやりとあの子が見えた。
あの子は幸せとは言いがたい人生を送っていた。
哀れなことだと、思う。
視界に移るあの子は、大抵泣いている。
望まないことをさせられて、苦しんで。
自分を卑下し、存在を憎むことすらして。
けれど、あの子は人を嫌わない。
賞賛に値する。
あの子は自分を責める。自分を笑う。自分を、嫌う。
だが人を嫌わない。世界を、嫌わない。
あの子にとって世界はいつも美しい。
人は皆、愛しい。
驚嘆に値する。
だがそれが、あの子を苦しめているのだけど。
「ねー、ひーちゃんー?」
あの子が泣いている。
私はただ、私だけの世界で、それを見ている。
見ている、だけ。
私以外誰も居ない、暗闇の世界で。
「楽しい?」
よく、わからない。
反射的に、心中で答えた。
//カミサマ
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飲み込みの早い人 |
2007年12月11日 17時38分
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私が裏街道に堕ちたのは、必然だった。
昔から不良と呼ばれる存在で、「普通」とは少し違う道を歩いていた。
勉強が出来ないわけではなかった。
家庭に恵まれていないわけでもない、と、思う。
少なくとも両親共に健在だったし、家もあった。
たが、普通に学校に行って授業を受ける―――――そんな当たり前のことを、どうしても甘受できなかった。
盗み、恐喝、薬、詐欺に暴行。
それは犯罪であるとの分別を持って、自ら進んでそれをやった。
しかし、心が満たされることはなかった。
いつでも乾いて・・・飢えて、いた。
何かが足りない。
早い時期から、私はそれを悟っていた。
進んでスラムを根城にしていたジャンクキッズがマフィアに関わりを持ち、その末端を担うようになるのは自然な流れだった。
しかしそれでもやはり、私は渇えていた。
足りないのだ。
スリルも、弱者を蹂躙する満足感も、何もかも。
私は更に深みに墜ちた。
罪状は殺人に死体遺棄。
私は国外に逃亡し、そして国外でも当然のように裏の社会に身をおいた。
そしてそこで、「彼」に会ったのだ。
「・・・・・それで?」
私の隣に居た男が、そう聞かれる。
私には「彼」が何を問うているかすぐにわかったが、隣の男はわからなかったらしい。
「彼」が眉根を寄せた。
別に男を庇う気はカケラたりともなかったが、口を開く。
「彼」の望む答えを口にした私に、「彼」が初めて私という個人を認識したような目で私を見た。
否。
今ならわかる。
それは私という「個人」を認識したわけではなく、塵芥の中に「道具」が埋もれていたことに気付いたときの、視線だったと。
「彼」は笑った。
「ふうん。飲み込みが早いな?お前、名前は?」
「彼」はそう、私と言う道具の名称を聞いた。
その時から、私は「彼」の道具となった。
二番目に役立つ、一番使い易い道具に。
私は、私の求めていたものを知った。
「・・・・・イツキ。ボスからお電話です」
「繋げ。それから・・・」
「『時計』のことでしたら、既にロバートを迎えにやらせました」
「ならいい」
「彼」は、イツキは素晴らしかった。
私には思いつかない領域まで、貪欲に突き進んでいる。
私では、思いつかない方法で。
イツキの指示に従えば、私だけでは決して見えない風景が見れた。
私が求めていたものは、私に必要だったのは、私より優れた、私を超越した指導者、だった。
イツキは私に爪の先程の信頼も置いてはいない。
私とて、片腕などと慢るつもりはない。
私が使えなくなれば、イツキは何の躊躇もなく私を捨てるだろう。
それでいい。
それこそが、イツキ――――私の辿り着けない位置に立つ、存在。
「ディオ。急用が入った。花梨はお前が使え」
「はい」
私は自らの意志で、イツキの指示に従う。
イツキのため、などとは言わない。
全ては、自分自身のために。
私は私のしたいことをする。
//ディオ・カーレル
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いわゆる川の字ってヤツ |
2007年11月9日 05時24分
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仕上げに火を放つ。
日本は基本的に木造住宅だから、少し灯油を撒けばマッチの火はあっという間に広がった。
もう止めようがないほど急速に燃え上がった炎を確認してから、その火に背を向ける。
そのまま歩き出そうとしたら、一緒に来た同僚(ばか)の一人が間抜けなことを聞いてきた。
「終わったのか?」
唇に、薄い笑みを刻む。
馬鹿な問い。
考えてからものを言うことを、覚えればいいのに。
仕事も終わらせずに、目的を果たさずに、帰ってどうする?
思ったことは口に出さずに、軽く肩を竦めて。
「ああ」と一言で、頷いた。
始末する標的は一人。
家族はジジイを入れて5人。
女と、ガキ二匹と。
これはファミリーのけじめ。
全ては同罪に。一家の主の罪は、家の罪。
見せしめの意味もある、日本(ここ)で言う一族郎党皆殺し。
欧米(むこう)で言うなら、多分。
家名を経つ、と、言うこと。
どこに逃げたって、無駄だってことだ。
同行の馬鹿は正真正銘に馬鹿らしく馬鹿っぽい口笛を軽薄に奏でて、皮肉のつもりかちょっと笑う。
「日本人は温厚で決断しないなんて聞いてたが、ありゃ嘘か」
くくっ、と。
今度は薄い笑みではなく、はっきりとわかる嘲笑を、相手に贈った。
やはりというか漸く気付いて、馬鹿が気色ばむ。
軽く流して、携帯を開いて耳に当てた。
馬鹿に付き合っているほど、俺は暇じゃない。
ツーコールですぐに、今の上司は電話に出た。
報告は簡潔に、躊躇なく。
「終わりました」
『そうか。ちゃんと全員殺したんだろうな?』
――――ああ。
コイツもまた、馬鹿か。
あんまり連続すると、笑う気さえ失せる。
馬鹿なんてのは、たまに居るからピエロになれるのに。
陳腐すぎて、道化にすらなれはしない。
この世は使えないモノが多すぎる。
「――――ええ。いわゆる川の字ってヤツで仲良く炎の中に寝てますよ」
俺が上まで上り詰めたら、使えないモノなんて一掃するのに。
//樹 閃月
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邪険にされても |
2007年11月6日 03時24分
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「樹っ!」
最初の呼びかけには、振り返りもしない。
走って前を歩く姿に追いついて、もう一度呼んで。
ようやく、何の感情も篭っていない冷ややかな目線がちらりとこちらに向けられる。
しかし、それだけだ。
応えはない。
視線も長くは持たない。ほんの、一瞬。
「樹、今日の取引には行くの?俺・・・アタシも、親父に出ろって言われてて」
会話という会話も成り立たないまま、歩く樹の後を追う。
自分だけが一人話を続け、ただただ関心を引けるようにと工夫を凝らす。
「あ、そうだ、あの、銃!トカレフを一丁新調したんだけど、まだ試し撃ちしてなくてさ、樹は何使ってたっけ?銃は使わないんだっけ?」
一度として、それが功を奏したことはない。
いつも俺が追って、追って、追って。
樹は逃げるわけでもなく、毛の先ほどの興味も俺に抱かない。
無視されてるわけではない。
視界に、思考に、入らないだけ。
流石にそれは、わかってきた。
この男の視界に含まれるのは、この男の役に立つ人間だけなのだ。
そして俺は、この男に、「役に立たない」と認識されている。
樹にとって、「役に立たない人間」など、人間ではない。
そもそも「役に立つ人間」だって道具であって、「人間」とは認識されないのだから、「役に立たない人間」なんて居ないと同義で当然だ。
それでも、それでも。
幾ら邪険にされても、俺はこの男を追う。
「樹っ!」
俺は。アタシは、あんたが―――――・・・・
ぱちぱちと、炎で木材が爆ぜる。
赤く染まった日本家屋に、呆然と目をやった。
何故か、証拠もないのに確信する。
ああ、これは。
樹が―――――閃月が、やったことだ。
屋敷に居た人間で、生き残りはゼロ。
闘争だとも仲間割れだとも言われて、結局放火で片が付いて。
警察は一人行方不明になった閃月を探したが、見つかるわけもなく。
アタシは、独り立ち尽くす。
届かないことは知っていた。
どれだけ呼びかけても、振り返らないことは知っていた。
でも、でも、それでも。
それでも、きっと。
アタシのためでは決してないけれど、此処に。
此処に、居ると、根拠もなく、思っていた。
「――――――――いつきっ・・・!!」
ああ。
世界が、音を立てて壊れていく。
//?
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隠し事はしないで |
2007年11月2日 00時49分
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拷問は面倒だから嫌いだ。
こんな要らないモノとっとと殺したいと、いつも思う。
暴力にも、未来を読まれる気持ち悪さにも屈しなかった男が、俺の前に座っている。
聞きたいことがある。
こいつが、隠していること。
花梨に少し先まで未来を視させても、わからないと首を振った。
これを聞き出せれば、また俺の地位は上がる。
逆に聞き出せなければ、折角築いた地位にも傷が付く。
面倒だが、聞き出さずに殺すことは論外だった。
「ある事」を調べさせていた部下が戻ってきて、成果を俺に耳打ちする。
満足できる成果に口の端を吊り上げて、花梨を持ってって確実に「それ」を連れて来いと更に指示する。
男はそれを見て、軽く訝しげな表情をした。
・・・とは言っても、散々痛みつけたため、青痣等で表情は見辛かったが。
「・・・もう一度聞くが」
口を開き、ついでに腹部に蹴りを入れる。
これ以上顔を傷つけて、口が利けなくなるのはお断りだった。
「話す気はないか?」
男はごほごほと咳き込んで、それからやはり無言を通す。
ああ面倒なと、舌打ちを零した。
花梨を連れて出ていったはずの部下が、指示を成功させ戻ってくる。
扉を潜ったのは、部下だけではなく。
目隠しと猿轡をされた、女と餓鬼。
その二人に男が目を見張り、身動きして両隣の部下に押さえつけられた。
さて、少しは効果があるらしい。
「それ」は、この男の妻と息子だった。
俺が片手を挙げれば、すぐに部下二人の銃口が女と餓鬼の頭に固定される。
押さえつけられた男が、「止めろ」と叫んだ。
俺も銃を取り出して、男の額に付ける。
「隠し事はしないで、素直に吐け。そうすれば――――」
かちりと、シリンダーが回った音がした。
「とりあえず、楽に死なせてやる」
お前も、女も餓鬼もな。
//樹閃月
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友達甲斐のない |
2007年10月30日 17時22分
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「ひーちゃん?」
目の前に居るものは、私をいつもそう呼ぶ。
とは言っても実際に「目の前に居る」と見えるわけではなく、ただ「居る」とわかるだけだが。
この男が、私にはよく解らない。
「・・・・いつも思うが、何故私を「ひーちゃん」と呼ぶ?」
「え、だって聖でしょ?「名前」」
「人間だった時の、な」
「だって今の名前長いんだもん。短くていいじゃん、「ひーちゃん」」
「お前は変な神だな」
「ほら俺若いから」
「そうか」
目隠しに覆われて見えない目。
私は少し、異端だ。
あまり好んで関わろうとするものはいない。
大方「何を考えているのかわからない」とでも思われているのだろう。
その私に好んで近寄ってくるこの男。
私よりよほど、「何を考えているのかわからない」。
私はただ、あの子が気に入ったから、気紛れに少し贈り物をしただけだ。
目隠しの中で目を閉じれば、あの子が見える。
私の目を持った、人間の子供。
心を傷つけながら、今日も言われるまま未来を告げる。
瞳をあげたのは別に繰り人形にしたかったからではないのだが、人間とは予想外の生を歩む。
可哀想に、と、思う。
しかし思うだけだ。
どうせ我らは見ているだけ。世界をあるがまま管理するだけ。
崩壊させるのも、守っていくのも、人間がすることだ。
「・・・・ひーちゃんってさ・・・友達甲斐ないよね」
ふいにそんなことを言われ、目隠しの中の目を開ける。
閉じても開けても、色彩は変わらず黒い。
「まだ居たのか」
「うわ酷いよそれ」
可笑しな単語を聞いた気がして、首を傾げた。
「・・・・・・・友達?」
なんだ、それは。
問いは言葉に出さなかったが、ちゃんと伝わったらしい。
また「酷いって」という声が返ってきて、軽く眉を寄せる。
目隠しの裏での仕草だから、相手には見えないが。
「いいじゃん、俺とひーちゃん、友達」
「馬鹿なことを」
「えー?駄目?」
駄目とか、いいとか、そいうい次元の問題ではない。
「神という存在に成り果てた私には、友も親も存在しない」
そもそも「情」というものがほとんど欠落している。
それはそちらだって同じだろう?
そう、問えば。
「まぁねぇ。でもほら、人間ってよく友達がどうとか言うじゃん。ひーちゃん人間好きだし、真似してみようかなぁって」
なんて、茶化した答えが返ってきた。
やはり私は、「これ」がよくわからない。
//カミサマ
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逸話 |
2007年10月24日 01時39分
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神無月。
神々は皆、出雲に出向く。
出雲大社を見下ろす高い神木の枝に立つ人影が一つ。
神主のような袴に打掛を羽織り、吹く風に髪を靡かせもせず下界を見下ろしている。
こんな所に風の影響を受けずに立っている者が、ただの人間であるはずがなく。
実はこの男、出雲に滞在中の八百万いる神の一人だった。
長い髪は腰まで流れ、整った輪郭はすっきりと細い。
整った顔をしていると思われるが、断定は出来ない。
何故ならその神の、瞳のある場所には白い布で目隠しがされ、容貌の全ては晒されていなかったからである。
目隠しの神は盲目であることを感じさせもせず細い枝を歩き、先端で足を止める。
体重がないかのように枝は軋みもせず、神もその場から暫し動かない。
そんな折、同じ枝にまた一つ影が現れる。
つい今の今までは確かに誰も居なかったのである。これもやはり同じく、人間であるはずがなかった。
「何してるの?」
「会議には飽いた」
「ふーん。まぁ、もう皆飽きて来てる気がするけど」
「そうかもな。・・・流石に此処は空気がいい。そうでなければ来ないが」
「人間たち、面白い?」
「そうだな。―――ああまたあの子が哀しい目にあっている」
「あの子?・・・ああ、ひーちゃんの目を持ってる人間」
「私があの子にあげたんだ」
見えない目で何を見ているのか、目隠しの神はまっすぐ前に顔を向ける。
後から現れたもう一人は、若干つまらなそうに肩を竦めた。
「物好きだよね、ひーちゃん。人間に目をやるなんて」
これまで大半の者に言われた言葉。
目隠しの神は、ひっそりと笑う。
誰も彼も、言うことは同じなのだ。思うことも、同じ。
神とはあまり面白みがないイキモノだ。
私はまだまだ考え方が若いのだろうかと、そんなことを思う。
「私はあの子が好きなんだよ」
「人間だよ?」
「人間、好きだとも。色んな逸話があって飽きない」
「いつわー?ひーちゃん、ちょっと毒されすぎ」
「そうか」
「そうだよ」
二人の神は誰にも聞こえない声でそんな会話を交わして、取りとめもなく話をする。
彼らは両方とも見た目には年若く見え、格好と纏う雰囲気さえ抜けば普通の人間と同じように見えた。
それでも、彼らは人間ではない。
「でもちょっと知りたいかも。どんな逸話?」
完全に傍観者の構えで、人の営みを覗き見る。
「お前も私とあまり変わらないじゃないか」
「だって俺一番若いし?」
「そう言う問題か?・・・・まぁ、いいよ。では何から話そうか――――・・・」
出雲の宮は神在月。
各地の神が集まり、会議を開く。
会議とは情報交換、役割分担。問題修正に、世間話。
何千年と続く、恒例の。
目隠しの神は今年で何百回目か。
数えるのも馬鹿らしく、覚える気もない。
しかしこの神が目隠しをするようになったのは、たった20年程。
そうあれも、この季節。
『おやお前、私が見えるのか』
口も利けない赤子が、親に連れられて参拝に来ていた。
その、数秒間の、会話とも言えない会話。
赤子はただ、その神をまっすぐ見つめただけだった。
『いい目だね。私が見える人は久しぶりだよ』
一方的な、譲渡。
『――――気に入った。お前に私の目をあげよう』
時の神の気紛れ。
それが赤子の人生を変える。
以って生まれた運命を残忍なまでに粉々に壊しつくし、暴虐なまでに作り変えた。
しかしその人生を悲惨なものにしたのは神ではなく、紛れもなく、「人」。
彼女は今も何も知らない。
物心付いた時から未来が見えた少女は、自分が何時から「そう」だったのかなんて、知っているはずがないのだ。
付けられたばかりの赤子の名は、花梨と言った。
//0歳
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叶うなら |
2007年9月21日 23時58分
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叶うなら。
彼女に幸せなって欲しいと、思う。
叶うなら。
彼女には俺とは違う、道を歩いて欲しいと思う。
この身はもう、随分前に朽ち果てた。
俺の身体は死を迎え、魂だけが未だに此処にある。
妹が自分の墓の前に現れる日が来るとは、予想もしていなかった。
そもそも妹が居たことを知らなかった。当然と言えば当然で、妹が生まれた時もう既に俺は死んでいた。
親子ほどに年の離れた、互いのことなどろくに知らない兄妹。
それでも彼女は、俺に会いたかったと、泣いてくれた。
俺と同じ髪の色の、少女。
血を分けた、家族。
自然の摂理に逆らったこの身でも、願いを抱くことが許されるなら。
神に祈る資格が、少しでもあるのならば。
どうか、と、願う。
どうか、彼女を、不動花梨を。
これ以上傷つけることなく、幸せにしてやってください。
//桐原藍螺
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炎 |
2007年9月17日 23時13分
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家が、燃えていた。
塀に囲まれた、日本家屋。
古い家。俺が15年間、住み続けていた、家。
平屋の木造家屋はいとも簡単に火を受け入れ、周囲が赤く染まる。
パチパチと爆ぜる音の中で、俺は自分の影が火に照らされて躍るのを、じっと見ていた。
口の端が、ゆっくりと持ち上がる。
「・・・・・、・・・・・・・」
床も壁も家具も畳も。
幾多の人も、全て炎が飲み込んだ。
「・・・くっ・・・は、は・・・くくっ、はははっ!!はははははっ!」
笑いが、止まらなかった。
「ざまあみろ」と、つい思う。
高らかに笑いを零しながら、手にしていたナイフを投げ捨てた。
畳が吸った赤も、ナイフにこびり付いた赤も、炎の赤に照らされて判別つかない。
目の前の骸が最期に言った言葉が、嘲笑を引き起こした原因だった。
骸は、一応血の繋がった、男。
父親という、生き物。
「何故」と。
そんなことを、言った。
何故?
「それが解らないから、お前は精々三流なんだよ、「組長」」
俺は家族(てき)の首を手土産に、此処から上へと這い上がる。
信頼できる家族も、苦労を分かち合う友人も、そんなものは無用だ。
欲しいとも思わないし、そもそも居たからどうなるものでもない。
俺が、欲しいのは。
役に立つ道具と、踏み台になる、屍。
俺の前には誰も居ないその高みまで、俺は上る。
――――使い勝手のいい、未来がわかる便利な道具を手に入れるのは、それから3年後。
小賢しいガキの形をしたその道具は、不動花梨と名乗った。
//樹閃月(いつき せんげつ)
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