安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で
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大きな南瓜
2007年10月31日 23時37分
かぼちゃと蝙蝠が、住宅街に溢れていた。
見知らぬ人の家の玄関先の大きなかぼちゃと目が合ったような気がして、ちょっと笑う。
日本でも見たことがある、コミカルな顔のかぼちゃ。蝙蝠も、実物より簡単なシルエット。
駆けていく子供たちは、見事に仮装中。
これは日本では見られなかった光景。初めて見るそれに、ぼくは目を瞬いた。
ハロウィン。
言葉だけが、頭に浮かんだ。
風のって聞こえて来たのは、子供たちの楽しそうな声。
こんな長閑な、普通の住宅街に、何の用があるのだろう――――・・・。
そんなことを思って、隣をちらりと見上げた。
ぼくが外に出る用事なんて、「仕事」しか有り得ない。わかっているけど、どうしてこんな所に連れて来られたのかが謎だった。
ぼくの視線に気付いても、男はぼくを見もしない。
ぼくも出来ればこの人と話はしたくないので、口は開かなかった。
どうせ。
嫌でも、いずれ、わかる。
近くの家から出てきた、ぼくと同じくらいの年恰好の子供たちが、ぼくたちの隣を通り過ぎていく。
大半は見知らぬ「オトナ」とぼくをちょっと見るくらいで無視して通りすぎたけど、一人。
一人だけ、ぼくより年下の、小さな女の子が、男を見上げて無邪気に笑った。
舌っ足らずに、覚えたてなのだろう、少し得意げに、言葉を紡ぐ。
「とりっく、おあ、とりーと!」
その瞬間視えた光景に、いけないと、身体が動いた。
「っ・・・・だめっ・・・!」
女の子を突き飛ばして、今まで女の子が居た位置に滑り込む。
一瞬後に襲うのは、衝撃と――――そして、鈍く重い、痛み。
軽く身体が浮いて、どさりと石畳の地面に落ちた。
「視ていた」から、蹴られたのだと、わかる。
そうでなければ、一体何が襲ったのか、きっとわからなかった。
女の子が泣き出す声と、男の舌打ちが、同時に耳に届く。
男が、ぼくに近寄って。
ぐいと、無造作に横たわったぼくの髪を掴んで顔を上げさせた。
見えた顔は、明らかに、不機嫌。
痛い。
そして。
「何をしてる?」
――――――――――怖い。
「俺が許可したこと以外するな。命令だけを実行しろ――――何度教えればわかる?」
びくりと、無意識に、身体が揺れた。
視界が二分され、男の顔を見ているのと同時に、未来を視る。
意識してのことではない。勝手に視える、予知。
少し先に起こる、ぼくの、危機。
本能のように、勝手に、予知が教えてくれる。
ぼくの意思とは、無関係に。
ぎゅっと目を瞑っても、予知の画は消えない。
要らない。
視たくない。
知りたく、ない。
――――――――どうやっても避けることができない、危険、なんて。
「―――――・・・立て」
髪が手放されて、男が立ち上がる。
震える身体を叱咤して、何とか言われた通りに立ち上がった。
泣いていた女の子は、何時の間にか誰かに連れられて行ったようで、視界の端に映るだけ。
よかったと、思う。
―――――よかったと、思えて、よかった。
「仕事が先だ」
怒って、居るのだろう。
わざわざそんなことを言うのは、ぼくに対してではなく、自分に対しての。
「教育」よりも、「仕事」が、先。
先なだけで、後のものがなくなるわけではない。
未来は、変わらない。
「仕事」の未来(さき)の、「危険」。
あの建物に戻ったら、ぼくは。
強制的に、「危険」と、出会う。
ぼくは道具。
壊してはいけないけれど。
壊れなければ、それで、いい。
男はもう何も言わずに、元の速度で歩き出す。
痛む身体や怯える心を押さえつけて、ぼくも後に続いた。
あんなに聞こえていた楽しそうな声は、もう聞こえない。
遠い、日常。
最初から最後まで、逃げもせず全てを見ていたのは。
ただ一つ、玄関先の大きなかぼちゃ、だけ。
//11歳
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