安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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多けりゃ良いってものじゃない
「ひぃー。ひーぃー?」

呼びながら、毛の長い上質な絨毯が引かれた廊下を歩く。
まるで犬か猫かを呼ぶような呼び方だが、実際呼んでいたのは人だった。

それもこの大きな洋館の、有能な跡取り息子。

「ひー?まさかまだ寝て・・・」

若干楽しげに言いつつ豪奢で大きな扉を開ければ、内装も品の良い家具がずらりと並ぶ。
どれもこれも一目で高級と知れるインテリアは、気の弱い人間なら触れただけで卒倒しそうだった。
そしてその美しい部屋の中に、一人。
一枚の絵のように誂えた、青年が立っていた。
しゅる、と、青年の締めているネクタイが衣擦れの音を立てる。
細いが引き締まった肢体に、ぴったり合った仕立て服。
黒髪に透けるような白い肌、紅い目の、青年だった。

だがその眼福な光景を見て、扉を開けた男はつまらなそうに息を吐く。

「なんだよヒズルー、起きてるじゃん」
「・・・当然だ。何を期待していた」
「え、そりゃー初寝顔に決まってんじゃん」
「生憎それは安くない」
「ちぇー。つーかさ、返事くらいしろよ、ひぃ」
「どうせ入ってくるんだろう。面倒だ」

話しながらも身仕度を終えた青年は、男と目も合わせずに歩きだす。
男も慣れた様子で、わざとらしく肩を竦めてから後を追った。

男が歩いてきた廊下を逆に辿るように歩けば、階下へと続く広い階段。
吹き抜けで作られたホールに、きらきらと光を弾く大きなシャンデリア。
そして階段を降りた位置からずらりと並ぶ、メイドと執事を始めとする使用人たち。

彼らは階段の踊り場に現れた青年を見て、一斉に腰を折った。


「「お早よう御座います、歪留(ひずる)様」」


男と話しているときはにこりともしなかった青年が、爽やかな笑みを浮かべる。


「ああ。お早よう、皆。今日も一日宜しく頼む」


こっそりと男が呟いたのは、「よくやるよ」という言葉。
その台詞にこちらも影で一睨みを返し、青年は再び歩きだす。
男はもちろんまたこれを追い、執事服に身を包んだ初老の男性が、新たに青年の後に続いた。


「歪留様。本日の御予定は如何致しましょう」
「任せる。特別急ぎの用はない。いつもは付き合えない用に付き合おう」
「お心遣い有難う御座います。では予定が空いたらとお断わり続けていた社交の席に出席頂いても宜しいでしょうか」
「ああ。詳しい予定が決まったら教えてくれ」
「畏まりました」

有能な執事との息の合った会話。
話をしながらも足は止まらず、会話が途切れた辺りでちょうど良く食事の用意された部屋へと辿り着いた。

いつもならそこで踵を返す執事だったが、しかし今日は何故かその場に留まった。
何とも言えない表情で、男を見やる。

「・・・・・・あの」
「・・・?なんだ?まだ何かあったか」

これは非常に珍しいことだったから、青年は軽く驚いて執事を振り返る。
しかし執事はまだ何とも言えない表情で、こちらも困惑気味に口を開いた。

「・・・楢様の、お持ちになっているそれは・・・?」

此処で男が心底嬉しそうに、歓声を上げる。

「お、やっと突っ込んでくれたか!いやー、よかったー」

何だそんなことかと、青年が男に冷ややかな目を向ける。
青年の部屋に男が入ってきた時から、ずっと。
男は何本もの薔薇の花束を、その両腕に抱えていた。

「気にするな、筧。ただの馬鹿だ」
「酷いなぁ、ひぃは。突っ込んでくれたっていいじゃん!いっぱいだよ?俺からの愛の証〜」
「多けりゃ良いってものじゃない」
「いえ、あの歪留様・・・問題はそこでしょうか・・・?」
「そもそも問題ではない。・・・筧。それだけなら仕事に戻れ」
「あ、は。申し訳ありません。失礼します」

執事が慌てて部屋を去れば、部屋には二人だけになる。
真っ赤な薔薇を抱えた男は楽しげに執事を見送って、気配が消えたタイミングで口を開いた。

「ひぃ。ヒズル。気付いてんだろ?いいのかよ?」

笑いながら言って、薔薇を一輪握り潰す。

青年は浮かべていた苦笑や感情を全て消した無表情に戻って、男を見やった。

「・・・ああ、わかっている。楢宗一郎」

ただ静かに、言葉だけを紡ぐ。


「とうとう俺を殺しに来たな」


男はそんな青年に「あーやっぱり」と笑って、花束に隠した黒光りする拳銃を取り出した。


「喜べひぃ。俺がお前をカミサマにしてやるよ」


だから、さようなら。

最期はとても、呆気ない、音だった。

倒れた青年の上に、血にも負けない紅い花を撒く。
男は些か詰まらなそうに、肩を竦めた。

「ふふん、初寝顔ゲット。・・・最初で最後になっちゃったケド」

青年は。
苦しみも未練も見えない、静かな顔で、眠るように目を閉じていた。








//人間だった頃のカミサマ
・・・長けりゃ良いってものじゃない。
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