安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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体力自慢
「うわー・・・・」

そう言ったきり、言葉が途切れた。

どうしよう、と、思う。
この目の前の、見るからに体力自慢筋肉自慢の、脳味噌まで筋肉で出来ていそうな男。
予知は働かなかったから、危険ではない、と、思うけど。
不意に起こる予知は万能ではないから、わからない。
ただ、大体危険が起こる前にはぼくの意思とは関係なしに予知が起こるという、ただそれだけの確率論。

・・・というか、本当に。

「・・・・何か、用・・・かな」

ぼくにどうしろと。

職業はボディービルダーかプロレスラーかと聞きたくなる容貌の男は、そのぼくの声に無造作にぼくを見下ろす。
細い路地に立ち塞がる巨体は、なんて言うかはっきり言って。

「邪魔なんだけど」

服が窮屈そうだと、つい、思う。
だからって脱がれても困るけど。
感想は尽きない。
少しも羨ましくないとは言わない。ぼくももう少し力があれば、とか、筋肉でなくても、何かを変えられるくらいの武力があればとは、いつも思う。
合気道の教室にでも通ってみようかと、目論んではいたりもするし。
けれど現時点で体力勝負及び武力勝負を挑まれたら、ぼくはあっさりと負ける。
もう予測でもなんでもなく、それは確実な結論。
今までの人生で何をしてきたのかと、自嘲するばかりだ。

けれどそう、ぼくは知っている。
知ってしまって、いる。

幾ら分厚い筋肉が体を覆っていても、幾ら格闘に優れていても。
幾ら、体力が底なしでも。

「・・・・何をぼーっと立ってる?死にたいのか、花梨」

ぱしゅ、という、音のなり損ないのような、軽い音で。
指をほんの少し、動かすだけで。

脳を至近距離で撃ち抜かれれば、人は死ぬのだ。

何度「死」を見せられても変わらない、吐き気と悲哀と罪悪感。
血の臭いには慣れないし、血の赤は恐ろしい。
そしてこの男への、恐怖感は増す。

つい今の今まで目の前に立ってぼくの首に手を伸ばしていた筋肉質の男が、ただの筋肉になって地に伏せる。
その姿と赤い色から目を逸らしたら、男の手に握られた黒光りする凶器が視界に映った。
それも見たくなかったので、また目を、逸らす。

「油断するな。お前に死なれると俺が困るんだよ」

日本は平穏な国だと、誰が言ったのだろう。
平穏な国など、この世のどこにあるのだろう。
どこの国にも濃い闇は存在し、この男が身の置き場に困ることはない。
どこの国も。
一歩踏み入れば、渦巻くのは狂気と策略。

「お前の使い道はまだ色々ある」

サイレンサーでは消しきれない硝煙の臭いが、鼻についた。

夕暮れ時の閑静な住宅街の、小さな細い路地で。
瞬きする間に行われた殺人は、誰にも知らずに処理される。
目撃者はいないし、もし居たら死んだ男と同じ道を辿る。

涙は出ない。

ぼくはきっと、もう普通の人とは違うんだろう。

思うのは、ただ二つ。

――――――ごめんなさい。そして、さようなら。










//21歳
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