安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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風が運ぶもの
鳥に憧れたことがあった。
風に憧れたことがあった。
世界に憧れたことがあった。

――――全ては昔のこと。






銃口を額に突きつけられて、鉄の冷たさに軽く眉を寄せる。
死にたいとは思っていなかったから、逃げていたけど。
どうやら、行き止まりらしい。

銃を持った目の前の男とは、思えば長い付き合いだ。
ぼくは最初からずっと変わらず、この男の道具だった。
この男は最初から変わらずすっと、ぼくを使役した。
もう16年は越えた、主従―――否、それでも少し弱い。ぼくたちの関係は常に「所有者」と「被所有物」だったのだから。

「・・・・最後のチャンスをやる」

男は口を開く。
額に触れる拳銃は、1ミリたりとも動かさずに。

「10秒後俺が懐から何を取り出すか予知してみろ。できたら、まだ使ってやる」

ぼくは。
今までずっと仕事の時にそうしていたように、一度目を閉じる。
数秒で開いて、そして。
くすりと、笑った。

「無理だよ。予知はもう、ぼくの中にない」

男は何も言わない。
そして男が10秒後に取り出したのは、オイルライターだった。
慣れた手つきで、片手で煙草に火をつける。
片手の人差し指が、あっさりと引き金に掛かる。
躊躇いもなく、引き金を引く。
煙草に火をつけるのも、ぼくを殺すのも、この男にとっては何も変わらない。

「役立たずは要らない」

ぼくにこの言葉が聞こえていたかは、よくわからない。
痛いとも熱いとも思わなかった。
ただ急に、総てが消えて。
それだけだった。






ああ、ぼくは鳥に憧れたことがあった。
風に憧れたことがあった。
世界に、憧れたことがあった。

死んだら世界に溶けるのだろうか。
空気に溶けて、風になれるだろうか。
それでなければ生まれ変わって、今度は鳥に?
そんなことが有り得るのか、誰も知らない。
難しいのではないかと、思う。

けれどじゃあ、せめて。

このまま意識を風に運ばせて、空に―――――・・・・









「ぼく」は、そこまでで、本当に綺麗になくなった。









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