安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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育ちが知れる
「ほらあの子、・・・、だから・・・ねぇ」

こそこそと交わされるやりとり。
ぼくはいい。
別に、本当のことだから。

でも、この子は。

「こんにちは」

噂話の主役だと知ってか知らずか、ぼくの手をぎゅっと握って、幼い息子がにこりと笑う。
二人の主婦は虚を突かれたような顔になり、それからちらりとぼくを見て罰が悪そうに立ち去った。

この子は、こんなにいい子なのに。
ぼくの所為で。
つい、顔が曇る。

周囲を見ながら楽しそうに歩いていた息子が、ぼくを見上げて足を止めた。

「大丈夫だよ、お母さん」

にこっと、花が咲いたように、笑う。

「普通にちゃんとしてれば、みんなわかってくれるから。全然、大丈夫だよ?」

『親があれだから、どうせ子供も・・・・・』
『育ちが知れるって・・・』
『匠くんとは仲良くしちゃダメよ』

聞こえる言葉。
聞かされる、言葉。

「占い師」なんていう職業と、父親の不在が、噂話に拍車を掛ける。
尾鰭が生え背鰭が生え、生きもののようにびちびちと跳ね回る。

それはまるで、見えない蜘蛛の糸のようにぼくを縛った。



君は強いね。



称賛の気持ちが沸いて、微笑んだ。
丁度手の置きやすい位置にある頭を、優しく撫でる。

「うん。そうだね。ごめん、匠。帰ろうか」

繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら、また歩き始める。
ぼくが笑ったことに安心して、息子はまたきょろきょろと周囲に関心を移した。

ふと。
視えてしまった、未来を思う。

ああぼくは。



後どれくらい、君と一緒に居れるんだろう。










//25歳・・・くらい?
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真打ち登場!
初めて会った時、ぼくは少し嬉しかった。
買われてからずっと、同じくらいの子供には、殆ど会ってなかったから。
だから実は、ほんの少し、期待したのだ。

友達に。
なってくれるかも、知れないと。

・・・期待なんて、無駄だと教えられていたのに。

男の子を連れてきた黒服の幹部が言う。

「ディス。これが噂の“時計”だ」

男の子は、最小限の動作でぼくを一瞥して。
そして、笑う。

それはそれは、楽しそうに。

嗤う。

「ヘェ・・・へーぇ、コレが。コレがねぇ!」

反射的に、理解した。
ああ、この人は。

「ハジメマシテ、時計ちゃん。俺はディス。ファミリーネームはないからオトナシクそう呼んで?ああうん、いいねぇ、いいジャン」

あの人とは違うけど、怖い、人。

何も言えないぼくに顔を近付けて、猫のような眼を細める。

「俺はアンタが要らなくなったら棄てる役。完膚なきまでに殺し尽くしてヤるから、安心してな」

出来るだけ早く逃げたり使えなくなってくれると、とっても嬉しい。

――――――――それが、初対面。

もう10年くらいは、経つのだろうか。
その時から。
わかっていた。覚悟はしていた。

ぼくは彼に殺されるのだろう、と。

「フッフッフー。真打ち登場!って感じか?」

大人になったあの時の「男の子」は、笑う。
とてもとても、楽しそうに。

あの時と同じように猫のような眼を細めて、言った。

「待ちに待ったなぁ、フドウカリン」

さぁお楽しみの、オカタヅケだ。

――――――・・・彼は、ディス。

マフィアの世界でも名高い、腕のいい、殺し屋。










//24歳?
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デビュー
新生活を始める場として最初に選んだのは、昔住んでいた出雲の国。
出雲大社に程近い、古い小さなビルの一階。
「占いします」と、それだけ書いた。

出来るだけ明るく見えるようにドアは開けて、白を基調にした店の中にはテーブルセットが一つあるだけ。

そして奥に作ったスペースに、ぼくの部屋がある。

そう簡単にお客さんは来ないかもしれないけど。
それでも良かった。

店の外に座り心地のいい椅子を1脚置いて、店先に座って人を眺める。
お客さんがいない時は、ずっとそうしていた。

毎日寝る前に、翌日の未来を視るのを日課にした。
いつまで此処に居られると、すぐにわかるように。

一つに長くは居られない。
ぼくは逃げなくてはいけないから。

もう誰も。
傷つけない、ために。
この力を、誰かのために使うために。
偽善でも。
自己満足でも。
過去の過ちを謝罪するために。

そして視た。
今日が、ぼくの占い師デビューの日。

「あの・・・・・。占い、って、此処・・・ですか?」

稿にも縋る思いなのだろう。
必死で心細げな面持ちの、線の細い女の人。

ぼくは椅子から立ち上がって、微笑んだ。

「いらっしゃいませ。お待ちしてました、早菜瑞樹さん」

お客さん第一号の早菜さんは、名前を呼んだぼくに目を見張って、それから覚悟を決めたように恐る恐る、店の中へと足を踏み入れた。









//24歳?
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ここから一歩踏み出せば
永遠に逃れることはできないのだと。
泣きたくなるくらいに無情に、知った。

ここから一歩踏み出せば、もう、戻れない。

儚い夢を抱いた、ぼくが間違っていたのだろう。

光の側に。
こんなぼくでも戻ってこれると、浅はかな、夢を見た、ぼくが。

ああどうして。

ああ。



どうして、こんなことになるんだろう。



もうぼくに、予知の力はないに。
この子には、なんの、罪も、ないのに。
ただ。
ただただ、健やかに、普通に。
普通、に・・・・・・!



どうして。



「いやぁ・・・!匠っ・・・・・・!たくみぃっ!!」



狂ったように、名前だけを繰り返す。
呼んで、呼んで、答えはなくて、でもやっぱり呼んで。
捕まれた腕は動かなくて、行きたい場所には届かなくて、抱き上げることもできなくて、呼ぶことしかできなくて!

愛らしい頬に流れていた涙はいつの間にか枯れて乾いて、目からも光が消えていく。



「・・・・・・っこんなのっ・・・・・・!」



嫌だ。
いやだ。
イヤダイヤダイヤダイヤダイヤタ・・・!



「こんなの、いやぁああ!っ!」



ねぇお願い。

ねェ、お願い、だよ。お願いだからっ!






お願いだから、誰か、嘘だと、悪い夢だと、言ってください。











//29歳くらい?

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君が描いた僕の顔
「何を描いているの?」

聞けば、きみはぱっと顔を上げて、太陽のように笑う。
そして少し得意げに、言った。

「おかあさん!」

軽く目を瞠る。
それから瞬いて、言葉が脳に浸透した辺りで微笑んだ。

きみは知らないだろう。
ぼくがどんなに嬉しいか。
ぼくがどんなに幸せか。
ぼくがどんなに。

きみの一挙一動に、心を踊らせているか。

細いストレートの髪は、撫でるとさらさらと揺れる。
また紙に目を移したきみは、小さくて、でも、とても、大きい。
きみが今、此処にいる。
それがこんなにも、泣きたいくらい、嬉しい。

「かけたらあげるね!」
「・・・・・・うん。ありがとう」

きみが描いたぼくの顔。
ぼくは笑っているだろう。
だってきみがいるだけで、ぼくの世界から悲しみは消えるから。

「ねえ、匠」

ぼくはね。

本当に、申し訳ないくらい、幸せ、なんだよ。

「宝物に、するね」

ぼくがこんなに幸せになってしまっていいのかと、考えてしまう、くらい。





生まれてきてくれて、ありがとう。











//29くらい?(本当に実現するかは微妙・・・生きてれば多分
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どうあがいても相容れない
ゆるゆると。
もしくは、ゆらゆらと。

思考が揺れて薄れて歪んで、何もわからなくなっていく。

何も感じなくなっていく。

心が冷えて、固まって、砕けて消えてしまったように。

夢を見た。
ぼくの好きな人が、ぼくと話している夢。
彼がぼくを。
恐がる、夢。
誰のものかわからない声が言う。

所詮。
所詮、お前はどうあがいても―――――・・・

「ばけもの」と。
彼の口が、動く。

また声は、言う。

―――――人間とは、相容れない。


お前はバケモノだ。


夢。
ゆるゆると。
或いは、ゆらゆらと。

思考が揺れて、薄れて、歪んで。

夢と現実の境界が消えていく。

あれは、ほんとうに、ゆめ?
あれは、ほんとうの、きおく?

ほんとう、って。



なに?



ぼくはそこで、考えるのを、止めた。

ぼくは。
とてもとてもとても、弱い。

こえ、が、いう。

「・・・・・いい子だ、花梨。・・・いや」

ぼくは、みみを、ふさいだ。

「違う名をやろう。『花梨』など捨ててしまえ」

ぼくは。

言われるままに、「ぼく」を、切り離した。

だってそれが、いちばんらくだったから。








//22歳?(多分)
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半信半疑
ボスが死んだ。

そう聞いても、一瞬理解出来なかった。

あの人が。
あの、恐い、人が。
悪魔のように狡猾で、人ではないように冷徹だった、ボスが。




本当に?




信じていいのか。
喜んでいいのか。
ぼくは。
ぼくは――――・・・?

じゆう、に?


「・・・・・本当に?」


ぬか喜びではないのだろうか。
本当は生きていて、此処から出た瞬間、あの目がぼくを見るのではないだろうか。
本当はそこに居て、ぼくを嘲笑(わら)っているのではないだろうか。
本当は。
今もぼくを処分しようと、目を光らせているのでは、ないの、だろうか。

信じたい。
信じたいのに・・・・っ!!



信じて裏切られるのが恐いのも、また、紛れもない事実。









//22歳くらい?
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経験を糧にして
こんなことくらいじゃ、ぼくは泣かない。
ぼくは弱いから、哀しくないとは言わないけど。くじけはしない。

だってぼくは本当にどうしようもない哀しみを、他に知っているから。

完膚なきまでに無視される意思。
使い捨てられていく命。
自分の所為で死んでいく人々。
どこまでも冷たい場所を。

だからぼくは、泣きも嘆きもしない。

大丈夫。

10年の月日を思えば、大抵のことには耐えられる。

経験を糧にして、ぼくは生きる。

少しは強く、なれたのだろうか。









//27歳?(とりあえず22歳以降)
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その言葉を心に刻んで
「いいだろう。俺に利のある仕事のみ、金を積み立ててやる」

ぼくの決死の交渉を聞いて、「彼」は笑った。
そして頷く。

「その金額がお前の値段になって、尚且つ俺がボスになったら――――お前は自由だ」

賢しいガキ。
そう言っていた目が、違う言葉を写していた。

愚かで浅はかな、道具。

けれど、ぼくにはそれしか。
これだけしか、方法が見つからなかった。
どうすればいいかなんて。
わかるわけが、ない。

ぼくは「彼」が言った、その言葉を心に刻んで、生きた。

嫌でも、辛くても、悲しくても。
ぼくが未来を視て、「彼」が、ボスになれば―――――・・・。



そうしたら、ぼくは自由に。



「オメデタイな、お前は」

「彼」は。
今は「ボス」であるかつての「彼」は、あの時と同じように、笑う。

愚かで浅はかな道具だと、その目はやはり言っていた。



「お前に自由なんて、あるわけがない」



それはあえて目を逸らしてきたこと。
それは気付かないようにしてた、事実。

ぼくは。

「嫌がるお前を使う方法なんて、幾らでもあるんだよ」

ぼくは、嘘でもそれを、信じたかった。



そうじゃなければ、生きられなかったから。









//21歳?
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鬼は逃げた?
「鬼は、逃げるのかな」

ふと思いついて、そう、聞いた。
豆を撒かれて、外へと追いやられて。
言われるがままに、逃げるのだろうか。

節分で追い払われる「魔」の象徴。
古くから病気や災厄の元とされる、見えないモノ。
けれど。
逃げなくてはいけない何かを、彼らはしたのだろうか。
病気の原因はウイルスで。
災厄は鬼だけの所為じゃない。
全ての罪を被せて、追い払い、安堵して。

「・・・・何処に逃げるんだろう」

迎えてくれる場所はあるのだろうか。
逃げ帰る場所は、あるのだろうか。

そんなことを、思う。

「こんなこと考えるなんて、変かな?」

苦笑したら、「そんなことはない」と、言ってくれた。
ぼくはそれが嬉しくて、ほっとする。

ぼくの予知の所為で犠牲になった人は沢山居る。
ぼくが予知をしたから、死んでしまった人が、沢山居る。
そして全てをぼくの予知の所為にして逃げた人も、沢山、居る。
ぼくは異端の「バケモノ」だから、多くに蔑まれ、疎まれながら、利用された。
「お前があんなことを、言わなければ」――――・・・それはとても、よく言われた言葉。
ぼくは否定しなかった。
否定しても無駄だと知っていたし、それに。
それでその人が楽になれるなら、それでいいと思った。
それと半数以上は、その言葉が事実でもあった。

「鬼は外」と、言われて。
鬼は無事、逃げたのだろうか。
逃げ帰るべき場所に、帰れたのだろうか。

逃げ切れずに囚われていないといい、と、思う。









//21歳
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今年の抱負、いってみましょう!
小学校の、2年生のとき。
初めて「書初め」の、宿題が出た。

それは一年の抱負を、書に認めること。

ぼくは墨汁で服も手も、顔まで汚しながら、せっせと筆を繰った。
教室で墨を使うことはあまりなかったから、楽しかった。
室内も当然のように汚してしまったので、それだけは失敗した思い出として残っている。

3年生のとき。
二度目の「書初め」は昨年よりも上手く書けて、拙い字ではあったけど、展覧会で賞を取った。
とは言っても金から始まる賞ではなく、佳作、だったけど。
嬉しくて、ぼくは書道が好きになった。

4年生の、とき。
ぼくはぼくが普通とは「違う」ことを理解していて、だから予知はあまり使わないようにしていて。
何か視えても、言わないように、心がけていた時期。
自分を。
殺した時期。
「書初め」は勢いをなくして、少し歪に見えた。

5年生。
最後の、お正月。
ぼくはもう、「売られる」未来を見ていた。
必死で「いい子」になろうとしていた。
ぼくを捨てないで欲しかった。
ぼくはそこに居たかった。
ぼくが必要だと言って欲しかったから、言われたことはなんでも頑張った。
両親に予知を請われれば。
ちゃんと視て、告げた。
――――・・・その後それを録画した数本のビデオが、ぼくを売る際にぼくの能力の「証明」として使われたのだと、知るのだけど。
その時はとにかく、必死で。
自分で自分の首を絞めていたことには、気付いていなかった。
書いたのは。

「継続」

そのまま。
このまま、時が続けば、いいと。
そんな、願い。
抱負でも何でもないと、今は思う。

そしてそれ以来、ぼくは「書初め」とは無縁になった。

「今年の抱負?」

きょとん、と。
聞き返す。
聞かれた言葉の意味は知っていても、理解が追いつかなかった。

「ええ。折角だもの、考えてみたら?」

差し出される筆。
大きな長い半紙には、もう既に幾つか言葉が書かれていた。
まるで寄せ書きのようだ。

「抱負・・・・」

ぼくが。
達成したいと、望むこと。

筆を受け取って、半ば反射的に、手が動いた。

書いたのは最後の書初めと同じく、たった二文字。

「離脱」

そして意図的には正反対の、言葉だった。









//21歳
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お疲れ様でした!
初めてだらけだった。

初めての履歴書、初めて会う人。
初めての制服。
「いらっしゃいませ」と言うのも、「有難う御座いました」と言うのも。
商品を並べるのもレジを打つのも、どれもこれも、「初めて」。

ぼくの知る「仕事」とは、全然違う、普通の「仕事」。

一日だけの派遣のアルバイト。
申し込んだのは、あの組織からのものではない、お金がほしかったから。
けれど申し込んでよかったと、思った。

知らない人と会話する。
それはマニュアル通りの会話だけど、けれどちゃんと会話で。
触れあいで。
同じアルバイトの人とも、他愛のない話を、して。

楽しかった。
仕事は多少疲れたしかなり緊張もしたけれど、それでも。
とても、楽しかった。

契約の時間は午後6時まで。
制服から着替えて、制服は畳んで所定の場所へ。
簡易の名札も制服に添えて、更衣室を出る。
その、直前に。

「お疲れ」

何度か同じ場所で作業した、ぼくと同じくらいの年格好の、女の人。
名札で知った、苗字は「畑中さん」。
何気ない言葉だったのだろう。特にぼくを気にした様子もなく、ただ口をついた。
言葉は伝染し、他のアルバイトも口々に同じ言葉をぼくに投げかける。
誠意があるとか。
真剣な、言葉じゃない。
ただ自然な、言葉。

それがとても、嬉しかった。

「――――――・・・お疲れ様でした!」

ぼくは今日のことを、忘れないと、思う。









//21歳
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冬といえば鍋
「冬と言えば?」

言われて、首を傾げた。
素直に浮かんだのは、白い雪とか。
特に深く考えず、そのまま答えた。

「・・・・雪?」
「ぶー」

擬音語が返ってくる。
どうやらハズレ、らしい。
しかしどの答えを求められていたかがさっぱりわからなくて、ぼくはやはり首を傾げた。
そもそも店に足を踏み入れて開口一番聞かれたものだから、唐突すぎだと思う。
古書喫茶の店主はにこりと笑って、いつも通りに口を開いた。


「冬といえば、鍋です」


・・・・・・・は?

ぼくは数秒、意味を掴み損ねて固まった。

鍋?

「あれ、ご存じないですか?鍋」
「いや・・・えっと、多分、知ってるけど」
「冬といえば鍋だと思うんです。ということで、用意してみました」
「・・・・此処に?」
「ええ、此処に」

此処は何時の間に鍋料理を出すようになったのだろう。
現実逃避気味に、そんな風に考える。
しかしそんなぼくに構わず、奥からは本当に鍋をしているような声がしてきた。

「・・・・これ、何かしら」
「ふむ・・・・食べてみればわかるのではないか?」
「嫌よ」
「それは私に食べろと言う意味か、お主」
「さぁ?・・・・コレってもしかして闇鍋?」
「闇鍋とは暗くしてやるものではなかったか」

・・・・しかもちょっと行きたくない会話内容だ。
どんな鍋があるのだろう。
取り出して何かわからない具って一体。

目の前の会話相手はあくまでもにこにこと、人の良い笑みを浮かべている。

「さ、不動さんも、折角ですからどうぞ」

要らないとは、言えない「何か」が、あった。









//21歳
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全ての恋人たちに贈る
町は赤と緑のクリスマスカラーが彩って、ネオンではない光が至る所に溢れる。
可愛らしい形のモニュメントが並んで、赤と白の服を着た人もちらほら見える。
そんな日。
今日は、クリスマスイヴ。

仲睦まじく寄り添って歩く恋人たち。
ケーキ屋さんの前で笑顔を零す母子。
片手に包みを持って、急ぐ人。

街が「幸せ」に溢れている。

街角で風景に埋没しながら、ゆっくりと目を閉じる。
人通りの多い通りは、ぼくには幾つもの風景が重なって見える。
その風景は、目を閉じても消えない。
見えるのは、通り過ぎる誰かの断片的な未来。
近いもの遠いもの、暖かいもの綺麗なもの。
判断できるほどちゃんとは見えない。
ただなんとなく、そんなイメージを感じる画たち。

暫く経ってから目を開けて、上を見上げた。

漠然と、雪が降ればいいと思う。
意識を凝らせばこの場所の未来は見える。
暗い空からちらほらと降る、白い、花。

ああ。

自然、微笑んだ。

それは全ての恋人たちに贈る、空からのプレゼント。

「・・・・メリー、クリスマス」

するりと口から言葉が零れる。
雪はぼくが降らせたわけではないけれど。

なんとなく、嬉しい気分になった。









//21歳
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雪の結晶
ぼくは普段、暇さえあれば外に居る。
特に目的もなく、ふらふらと。
朝でも昼でも夜でも、関係なく。
寒くても、暑くても。

「外」は。
ぼくにとって、「自由」の象徴だから。

自分で借りているアパートの一室も、嫌いではない。
あまり個性のない部屋だけど、少しずつ、ぼくの「色」が見える部屋には、なってきたから。
本当はもっとインテリアがあればいいのだけど、買っていないのだから仕方がない。
「自由」であるのにあまり物を買えないのは、ぼくが弱いから。
物を買えば、執着が出来て。
愛着が、沸く。
それが恐い。
大切なものが、増えることが、恐い。
だって、破壊は一瞬だ。
あの人が少し気分を損ねれば、あっというまに、消えてしまう。
物でも。
人でも。
どちらにしろ、関係ない。
あの人は・・・・ボスは、恐い、人だから。

それはぼくに刻み込まれた真実。
何度も何度も「教えられた」、コト。

だから部屋の中が淋しいのは仕方がない。
誰の所為でもない、ぼくの、所為。

それでもインテリアを見るのは好きで、服やアクセサリーだって、見ているのはとても楽しくて。
例え窓越しであっても、何処か心躍るものだ。
ぼくも、一応、女の子、なのだし。
可笑しくはないと、思う。
否。
思ってから、苦笑した。
もう。
「女の子」という、年ではない。
その年代は、何処かへ行ってしまった。

「あ・・・・・・・」

ショウウインドウの中央に、小さな銀のアクセサリ。
雪の結晶を象った、プラチナ。
小さな水色の宝石も一緒に鎖に通されている、ネックレス。
目が留まって、そしてその場に立ち止まる。
ついガラス窓に手を付いて、じっと覗き込んだ。

「・・・・・・可愛いな」

実はぼくはまだ、本物の雪を見た事がない。
10歳までに居た場所にはあまり雪が降らなかったし、それ以降、「仕事」で外に「持っていかれた」ときも、雪は降っていなかったから。
映像では見たことあるし、イメージは、わかるけど。
本当にこんな形をしているのだろうかと、つい思う。
これを見たことのある人は、あまり居ないのだろうけど。

どうしてもそれが気に入ってしまって、買おうかどうか、踏ん切りがつかないながらも店の扉に手を伸ばして。
取っ手を引こうとした瞬間に、コートのポケットから甲高い機械音が鳴り響いた。

―――――――――・・・・

店の取っ手から、手を、離す。

ショウウインドウを一瞥して、軽く目を伏せて。

それからくるりと、踵を返した。

電話に、出る。

「・・・・はい」

もう一度も、振り返りはしなかった。









//21歳
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静寂
耳が痛いほどの静寂。
まるで世界にぼくだけが取り残されたような、無音。

自分の吐息や心臓の音すら、聞こえない。

静かに、静かに。

朽ちていく。

此処は何処だったろう。
ぼくは何だっただろう。
大切なものは、何かあった?

思考も静寂に溶けていく。

侵食するように、蹂躙するように、無という有が身体に染み込んでぼくを分解していく。

ぼくは。
何か望んでいた、気がする。
ぼくは。
・・・ぼくは?


わたし、は。


愚かしく浅ましくも、生きて、いたかった。
死にたくなかった。

今なら、笑える。
声も息も、音にならずに静寂に溶けたけれど。
そう。


生きている資格なんて、わたしにはなかった。


唇が、動く。
紡いだのは誰に言うわけでもなく、自分に言い聞かせるような、言葉。
声帯が壊れているのか、声は、やはり出なかった。




だいじょうぶ。



だいじなものは、みんなおいてきたから。









//27歳以降?とか。
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幻に惑わされ
追いかけていた。
半透明に見えるその背中。
どんどん遠ざかっていくその人を、ずっと追いかけていた。

「―――――・・・・さん・・・!」

呼ぶ。

走りながら声を絞り出しても、その人は振り返らない。
背中との距離は、一向に縮まらない。

「・・・・・い、さ―――――――」

ぼくと同じ色の髪が、軽く揺れる。
ぼくより高い背の、少年。



「にいさんっ!」



待って。
行かないで。
ぼくを、一緒に―――――・・・

何かに足を取られて躓いて、ぼくが身動きできなくなった、その瞬間。

追っていた人は振り返って、そして、「笑った」。

―――――あ。

それは死者への冒涜。
それは弔意の利用。
愛しさも繋がりも悲哀も望みも、全てを馬鹿にした、行為。

罠に掛かったことを、確信した。

涙が頬を伝う。
悔しかった。
哀しかった。
苦しかった。
だってやっと、それが幽霊でも、ずっと会いたいと!
暴力的なまでに、その心が踏みにじられたのを感じる。
心が血を流したように、悲鳴を上げた。

―――――兄、さん。

呼び声は、空虚に響いて。
そして消えた。

ぼくには霊視の力はない。
会えるはずが、ないのだ。






すべてはまぼろし。









//22歳(頃?)
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抱擁
「暗闇から、抜けたくはないですか?」

優しく問いかける声に、ぎゅっと手に力を入れた。
掌に爪が食い込むほど強く、手を握る。

ぼくには、無理なこと。
自由ではない、自由。
会うのも止めなければいけないと、思い続けていて。
迷惑をかけてはいけないけど、でも、ずるずると会いに行ってしまっていて。
もう、止めなければと。
思っていた。
思っていて、でも、ぼくは来てしまって。
そして彼は言ってくれたのだ。

「手を差し伸べたのは不動さんなのに、その手を引っ込めるんですか?」

だって思ってなかったのだ。
知らなかった。
そんな人が居るなんて、まさか。

こんな得体の知れないぼくを、見捨てない優しい人が、居るなんて。

優しすぎて泣きたくなる。
優しさがナイフのように心を抉る。

ぼくはきっと彼を不幸にする。
彼は優しくしてくれるのに、ぼくは何も返せない。
破滅を連れて来る、だけ。
やっぱりきっと来てはいけなかった。
会ってはいけなかった。
言っては、いけなかった。

後悔ばかりが押し寄せて来て、瞳から涙が零れた。

泣きながら、首を、振る。

すぐに手で顔を覆ったけれど、涙は止まってくれなかった。

いけない。
いけない。
いけない。

それは言ってはいけないこと。
それは思ってはいけないこと。
それは考えては、いけないこと。

泣くだけで何も言えないぼくに、彼は困ったように笑って。

ぼくの髪を撫で、そして子供にするように、抱き締めて背中を撫でてくれた。

暖かい人。
優しい人。
優しすぎる、人。

言ってはいけない。

言ったら。
だって言ったら、きっと。

彼はやろうとしてしまうから。

頭ではわかってる。
最良の選択。
最高の行動。
なのになのになのに、ぼくはいつも失敗を繰り返す。

「・・・・っ、ぅ、ひっ・・・く・・・・ぅ・・・・!」

嗚咽がどんどん止められなくなって、暖かさは涙を増加させて。

ぼろぼろと涙を流しながら、ぼくは。





「・・・・・・・たすけて・・・っ!」





言ってはいけない言葉を、言った。

ぼくはいつも。
最低の過ちを、繰り返す。









//21歳?(多分)
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一組の手袋
男物の手袋を、一組、買った。

最初に買ったのは毛糸だった。
手芸道具を売っている店に行けば色々な毛糸があって、少し迷った。
毛糸とイメージするものはそんなになかったので、意外に思う。
色は青み掛かった灰色。決めた理由は、綺麗な色だと思ったから。
そして一緒に編み棒や本なんかも買って、数日毛糸と格闘した。
仕事で呼び出される以外は部屋に篭って、ずっと頑張って。
出来上がったときは、とても嬉しかった。
けど。
出来上がったものを見て、苦笑した。

最初から手袋に挑戦したのが間違いだったのかもしれない。
マフラーとか、そういうのなら、まだ、きっと。

ぼくは編み上がった一組の手袋を、引き出しにしまった。

不格好で、網目はずれているし、あまり暖かくなさそうで。
それなら、きっと既製品の方がいい。
すぐに逃げるのは悪い癖だと思ったけど、簡単に変えられることではなかった。

彼なら、どんなに不恰好でも、何も言わずに受け取ってくれるとは、思うけど。
ぼくが、申し訳ない気分になってしまうと思うから。

贈り物を作るのも、選ぶのも。
何年ぶりだろうと思う。
心が揺れて、そして弾んだ。

もうすぐ、クリスマス。

あまりやらないと、言っていたけど。
受け取ってくれるだろうかと、買った手袋をラッピングして微笑んだ。









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新たな発見
小さなお地蔵さんを見つけた。

今まで何度かその道は通っていたけど、お地蔵さんがあったとは知らなくて。
つい、立ち止まる。
石で出来た丸い頭。
陽に焼けて色褪せた、赤い前掛け。
大福が二つ供えてあって、ちゃんと見ている人かいるんだと、少し微笑ましい気分になる。
しゃがんで手を合わせて、暫らくそのお地蔵さんを眺めてしまった。

なんだか嬉しくなる。

昨日は知らなかったこと。
新しい発見。


世界は未知に溢れている。
世界はこんなにも、愛しい。

昨日とは違う今日。
今日とは違う明日。
変わり続けること。
変わらずあり続けること。

全てを内包して、世界は在る。

ぼくは、この世界が好きだ。

・・・・・・たとえ、もし。

世界はぼくを、好きでなくても。









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終わりのないものなんてない
今なら、ちゃんと言える。
以前なら決して信じられなかったけれど、今なら心から信じて、言えると。
そう、思った。

「・・・・終わりのないものなんてないよ」

微笑んで、告げる。
泣いている女の子の頭を撫でた。

永遠に思える暗闇も、いつかは晴れる。
冷たく寒い冬は、いつか暖かい春になって。
山のように積まれた仕事だって、いつかは終わる。

辛いときはある。
けれど、終わりも、ちゃんとある。

ぼくの暗闇は深く、濃かったけれど。
それでも光はそこに届いた。

だから、きっと。

「大丈夫。負けないで。いつか必ず」

何かの助けになるように、優しい言葉を贈ろう。
独りだと思わなくていいように、暖かい言葉を贈ろう。
辛さを乗り越えられるように、強い言葉を贈ろう。

大丈夫。

ぼくはきみを、信じてる。

どんなに深い暗闇も、どんなに凍える冬も。
いつか絶対、終わりがある。

ぼくが此処に居る。
それがその、証明になる。

「・・・いつか必ず、終わりはくるから」

それまでぼくが支えになるから、もう少し。

もう少しだけ、頑張ろう?









//27歳?(とりあえず21歳以降)
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朝だからと言い訳して
くらりと、一瞬意識が何かに呑まれる。
昨日の「実験」の後遺症だろうか。何か薬を打たれたのは覚えているから、身体に支障が出ても不思議はない。
重度の貧血に近い感覚。思わず立ち止まったら、そこに声が掛かった。

「大丈夫ですか?」

顔を上げて、視線を声の方に向ける。
石段と鳥居が目に入って、何時の間にか神社の前まで歩いて来ていたことに気付いて苦笑した。
甘えている。
縋ってしまっている。
迷惑をかけることしか、できないのに。

しっかりしろと心の中で呟いて、「おはよう」と笑みを向けた。

「大丈夫。朝はちょっと低血圧で」

何でもないと、取り繕う。
そう思いたい、というの思いも、確かにあった。

心配をかけてはいけない。
心配してもらえる、資格なんてない。

いけないと。
そんな考えだけが、頭を占める。

ああ、ぼくはなんてずるい。

隠すのなら、来てはいけなかったのに。

「・・・朝から偉いね。掃除?」

一体ぼくは何をしているのだろう、と、思う。
心配してくれた人に、嘘を返す。
それはとても酷い行為で、自分に吐き気がする。
それでも何とか隠し通して、その場を離れて。
角を何度か曲がって神社が見えなくなった辺りで、近くの壁に寄りかかった。
ずるずると、力が抜ける。

ああ。

本当に。
ぼくは一体、何をしているのだろう。









//21歳
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たまには寄り道も
たまには寄り道もいいよな、って。
悪戯するときみたいに二人で笑って、いつもは通らない道を通る。

学校帰りの寄り道はあまりしない。
話の流れで皆で、と言うときは乗るけど、二人で帰るときは大体まっすぐ帰る。
だってあんまり遅いと母さんが心配するし、俺たちは家が好きだ。

双子の俺たちはもう近所では有名で慣れたもので、並んで歩いていても驚く人はあまりいない。
たまにこの辺りの人じゃない人が、振り返ったりするくらいだ。

振り返った人は、女の人で。
普通なら振り返って暫く見ていたとしてもそれで終わりなのに、何故かその人はそれで終らなかった。
声を、掛けられる。

「あの、君たち」

俺たちは立ち止まって、顔を見合わせて首を傾げる。
知り合いか?とお互い聞きあって、両方が首を振った。
誰だろう、と、思う。
知らない女の人は少し戸惑った表情をした後、考えながら口を開く。

「・・・・・・寄り道?」

俺たちはまた、顔を見合わせた。

この辺の人じゃない。
・・・・のに、なんで、知ってるんだろう?
隣の片割れの顔に少し警戒心が混ざる。
恐らく俺の顔も、同じだろう。
女の人はちょっと「しまった」というような困った顔をして、それからまた言葉を紡いだ。

「寄り道は、止めないんだけど・・・・この道は、左に曲がらない方がいいよ」

俺たちは、三度顔を見合わせて。
片割れが、口を開いた。

「どうして?」

女の人はやはり困ったような顔で、「危ないから」という。
よくわからない。
でも。
別に悪い人ではないように、思えた。

「・・・・どうする?陽」
「まぁ、別に左に曲がる必要はないよな?」
「寄り道だしな」
「・・・・・右に曲がる?」
「そうするか」

この会話に、女の人はほっと息を吐く。
それから「いきなり御免ね」と言って、踵を返した。
その後姿を見送って、ちょっと眉を寄せる。
ふと見れば隣も同じように考え込んでいて。
やはり俺の表情に気付いて、視線を宙に投げた。
元の通りに、歩き出す。

「・・・・なぁ、陽」
「んー・・・ねぇ、いち」

問いかけは、同時。

「「さっきの人、誰かに似てた気がしない?」」

誰だっけ。
その問いは、家に帰って父さんの部屋の写真を見て、ようやく答えになる。
父さんの親友だったという人に、女の人は酷く似ていた。









//21歳
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終わってないの!?
「ぁっ・・・!」

瞳の色彩(いろ)が変わっていた。

「・・・っ、あ、ゃ・・・・・・、・・・!」

息が切れる。
いつもは自由になる予知の使用/非使用が、自分の意志と決別していた。

「も、ぉ・・・ぃやぁ・・・っ!!」

悲鳴を上げても、瞳は未来を映す。
目を閉じても、暗やみのなかに画は視えて。

映す。
写す。
移す。
遷す。

―――――止まらない。

「ま、だ・・・・・・」

未来が潰える日が来ない。
さきがなくなる時がない。
壊れない。
終わらない。

能力の長時間行使で急激に体から体力が抜けていく。
未来の情報の多さに脳が悲鳴を上げる。

目が輝き。
瞳がくるりと回る。
相眸が、軋んだ。

膝から崩折れて。
けれど目は見開いたまま。

涙が一筋、頬を流れた。

「ま、だ・・・おわって、ない・・・の!?」

足りないと言うのか。
あれだけ泣いても。
あれだけ嘆いても。
あれだけ壊れても。


あれだけ、視続けても。


喉だけが、意志に従って怨嗟の言葉を絞りだす。

苦痛と。
悲哀と。
後悔と。
未練と。
それから絶望が、声を闇色に塗り潰す。

もう。
視たく、ない――――!

「だれか・・・・・・」

必死に。
懇願する相手を、呼ぶ。
見えない相手に、手を伸ばす。

「だれか・・・ぼくごと、で、いいから」

どうか、この悪夢を終わらせて。










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世間とのズレ
「・・・・・・・・え」

目を、瞬いた。

「・・・・・・・・そうなの?」

それは本気で真剣な、心の底からの、言葉だった。

何気ない会話だった。
世間話程度の、特に意味もない。
けれどその最中に、不動花梨は自分の常識とは違ったことを、聞いた。

「・・・・・もう7年も前よ?」
「本好きには世間知らずと言われても仕方ないぞ」

7年前。
そんなに前のことだった。
かの人は、死んだらしい。

「そっか・・・・・・・」

そうなんだ。

遠く、視線を投げる。
哀しいが、涙を流すほどの出来事ではない。
知人ではないけれど知っていた人が、死んでいたという、ただそれだけ。
淋しいとは、思う。
もう。

「じゃあもう、新作は読めないんだね」

軽く息を吐く。
哀しい、淋しい。それ以上に、思ったことは。

―――――残念。

そんな、思考。

幼い子供なりに、好きだった作家だった。
童話作家。知らない人の方が多いかもしれない。
けれど知る人ぞ知る、というか、根強いファンが多いひとだった。

「私も好きだったけれどね」
「ふむ、まぁ、中々不思議な空気を作る話を書く人だったな」

馴染みの古書喫茶に集った、客同士の会話。
何故その作家の話になったかも、よく覚えていない。
著名人の死だったから、ニュースでも軽く話題になったらしい。
すぐに次の話題に流れてしまうほどの、小さなニュース。
けれど知る人にはちゃんと残る、報せ。

7年前。
知れるはずもない、事象。

不動花梨は、軽く、苦笑した。

「ズレてるなぁ・・・・」

知らないことは、あとどれくらい、あるのだろうか。

戻らない歳月を想って、彼女の苦笑は、数秒の憂いへと、変わった。









//21歳
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旅行の計画
旅行の計画がこんなに楽しいものだとは、知らなかった。
ああ、違う。多分、知っていたけど、忘れていた。

「あの、これも持って行っていいかな?」

もしかしたら使うかも。
なんて言ったら、少し笑われた。
そんなに長い旅行じゃない。必要なものだけ持って行けばいいと、そんな風に言われる。
あれもこれもと詰め込んだら、重くなってしまう、と。

それはそうだと思い直して、また鞄の中身を考える。
夢中になって考えていたら傍にいたはずの姿がなくなっていて、我に帰って反省した。
あんまりはしゃいでいたから、呆れられてしまったかもしれない。
今度から気をつけようと苦笑して、座っていた場所から立ち上がる。

そのタイミングで、肩に軽いショールを掛けられた。

振り返れば、そこには探しに行こうと思っていた姿。

軽く瞬く。
ショールは軽いけど、あるととても暖かかった。

「――――・・・ありがとう」

嬉しくなって、微笑んで。

こんなに旅行が楽しみなのは、一緒に行く人がこの人だからというのが大きいのだろうと、そんな風に、思った。









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鏡の中の偽り
ぼくには霊視の能力はない。
そもそも、霊感と言うものが皆無に近い。

だから無理だと言ったのに、ぼくが連れて行かれたそこには、一枚の姿見が置かれていた。

「・・・・・・これが?」

それは、未来を映すと言う噂の、鏡だった。

よくある話、だと思う。夜中の何時に見れば、死ぬ時の顔が映るとか、結婚相手が映るとか。
けれどこの鏡は噂に留まらず、未来かはわからないが、覗いた人の姿以外のものが、映ったらしい。
人々は鏡に幽霊が宿っていると口々に証言した。

本当に未来が映るのか。
その検証に、既に効果が実証されているぼくが呼ばれた。

未来だとしたら、何の、いつの未来か。
同じ力を持つぼくなら、何かを感じ取れるかもしれない――――・・・そんな風に、言われた。

けれど噂の「それ」を目にしても、ぼくは何も感じない。
目立った反応をしないぼくの代わりのように、ぼくを連れてきたボスが、口の端を持ち上げて薄く笑った。

行けと促されて、鏡の前に、立つ。
鏡の中には、左右逆のぼくがいた。
人の未来を視る要領で鏡の未来を覗こうと、束の間目を閉じて意識を切り替える。
相手が動かない鏡だから視えた光景が未来か今かわかり辛くて、鏡に、手を伸ばす。

とん、と。
背中を、押された。

「え・・・・・・・・・」

体勢が崩れて手が鏡に触れる、寸前に。





鏡の中で、立ったままの、ぼくが。

ニィと、笑った。





何か電気が走ったような感覚と派手な音がして、ぼくは膝から崩れ落ちた。

そして。

ボスが、面白そうに、嗤う。





―――――ぼくが覚えているのは、そこまで。









//21歳?
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星降る夜
降るような星空が、ぼく眼前に広がっていた。

暗い室内。
身体を預けるのは、座り心地のいいリクライニングシート。
ドーム上のホールの中央に、大きな機械。
柔らかな声と優しい調べが、耳に届く。

最近のプラネタリウムはただ東西南北の星を映すだけじゃなく、色々なものを映し出す。
それは物語だったり、綺麗な絵だったり。
ストーリーに沿ってアロマの香りが施される、なんていう上映もあった。

ぼくはそれを、飽きもせず、ずっと見ていた。

外に出れば、本物の星空が頭上に広がっていて。
冷たい空気に、吐いた息が白かった。
冬は星と月が綺麗で、見ていて楽しい。
折りしも今日は、満月だ。

またぼくは、プラネタリウムと同じように、その空をじっと見つめる。

ここに居れば会えることは、視て知っていた。

「不動さん」

声が聞こえて、振り返る。

今日は。

「・・・・・・・・こんばんは」




あなたにさよならを、言いに来た。











//21歳
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一生分の運
僕は多分あの時、一生分の運を使い果たした。
そう、思う。

だからこんなに、不幸なんだろう。

「・・・・君に会ったことは奇跡のような幸運だったよ」

微笑んだ。
確かに運が良かった。
彼女に会わなかったら、きっと僕は死んでいたから。
でもだから、その後にいいことは何もなかった。
彼女の所為で。
彼女の、所為で。

たまたま、すれ違って。
いきなり「行かないほうがいい」と真剣な目で言われ、なんだこの人と胡乱な目を向けて。

でも数十分後、彼女の言葉の真意はわかった。

彼女に呼び止められなければ、ぼくは玉突き事故に巻き込まれて死んでいた。
轢かれて血を流して、痛いし苦しい最後だっただろう。
僕が相手にしなくても彼女が食い下がってくれたおかげで、僕は間一髪巻き込まれずに済んだ。

それが幸運でなくて、なんだと言うのか。

「――――――でもだからこそ、君が憎い」

それは一生分の幸運。


使い果たして枯渇した運は、僕に不幸ばかりを連れてくる。


例えばその日のすぐ後、空き巣に入られた。
その後は、父が入院して。
彼女には振られてしまい、バイトも首になって。
こんな汚い仕事に、手を出すはめになった。

君があの時、ぼくに会った、その幸運の、所為で!

微笑みは、酷薄な笑みへと、変わる。



「ねぇ。僕にどう、償ってくれるの?」



僕は、君を許さない。









//21歳以降
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胸の痛みの理由
締め付けられるように、胸が痛い。
「悲しい」に、似てる痛み。
「苦しい」に、近い痛み。

けれどそのどちらでもない、無視できない痛み。

嘘を、つく。

さぁ、何でもないように、綺麗に笑って?



「大丈夫。なんとも、ないよ」



ごめんなさい。

また一つ、謝罪する。
ぼくの人生は懺悔が多すぎて、一つくらいの謝罪ではあまり意味がないかもしれないけれど。

ごめんなさい。

それでもやっぱり、ぼくは、心の中で謝るのだ。
謝るのは卑怯で、ぼくには謝る資格すらないと解っていても。
謝らずには、いられない。

ごめん、なさい。




けれどあなたは、こちらに近づいては、いけない。




嘘付きで御免なさい。
騙すような形になってしまって、御免なさい。
あなたのためだと言ったら、傲慢だと言われそうだけど。
それでもやっぱり、ぼくは。









「用があるから、行くね?・・・・・・さようなら」









もし、もしも、また、会えたなら。
そしてこんな嘘をついたぼくを、許してくれるなら。
その時は、この嘘を叱ってください。









//23歳
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弾むように歌う声
Jingle bells, jingle bells, jingle all the way
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh―――・・・

ショーウインドウのディスプレイに触発されて、小さく歌を口ずさむ。
ハロウィンが過ぎればすぐにクリスマス。
それが過ぎれば今度はお正月。
商戦は常に一歩先へ進んでいる。
まるでそれは、ぼくの視界のように。

Jingle bells, jingle bells, jingle all the way
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh

自然と浮かぶのは微笑み。
楽しい歌は、人を楽しい気分にさせる。
クリスマスもお正月も、ぼくにはあまり関係ないけれど。
それでも、心が軽く浮き立っていく。

A day or two ago,I thought I'd take a ride,And soon Miss Fanny Bright
Was seated by my side;
The horse was lean and lank;
Misfortune seemed his lot;
He got into a drifted bank, And we, we got upsot.O

口ずさんでいただけの歌声は徐々に音量が上がり、ぼくは人目も気にせず歌いながらメインストリートを歩く。
人の波を縫えば、何人かがぼくを振り返った。

Jingle bells, jingle bells, jingle all the way!
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh
Jingle bells, jingle bells, jingle all the way!
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh――――・・・

気分が乗れば足取りも軽く、ショーウインドウの立ち並ぶ通りを軽快に歩いていたぼくの足が、そこで止まる。

コートのポケットの中で、初期設定のままの電子音が鳴り響いた。

「・・・、・・・・残念」

視えてしまった。
この携帯が、鳴る光景が。

「――――・・・Jingle bells, jingle bells, jingle all the way・・・」

無視はできない、電子音。
それでも数回のコールは無視して、ようやくポケットから取り出した。

周囲の喧騒と明るいディスプレイ、「日常」が、急速に色を失い冷えていく。

目を閉じて、細く長く息を吐いた。
吐く息が、白い。

「・・・・・・・・はい」

仕事だ、とは、聞かなくても視なくても、わかる言葉だった。









//21歳
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この気持ち、文にしたためて
大好きなあなたへ。

手紙なんて書いたのは久しぶりで、少し緊張してます。
字が下手で読めないなんてことがないといいけど。
書き出しから悩んでしまって、書き終わるまでにどれだけ時間がかかるかが疑問です。

今更こんな手紙を書いたのは、伝えたいことがあったから。
口で言えば早いけど、たまにはいいかなって。
流石に投函はしないので、すぐに読んでもらえるといいなと思ってます。
別に返事は要りません。ぼくが言いたいだけだから。
・・・返事、読めるなら、嬉しいけど。

あなたと会ったのは何年前だっただろう。
ずっと昔だったなら嬉しいのに、まだそう経ってないよね。
あなたと出会えたことは幸運でした。
本当に、ぼくには勿体無いくらいの幸せ。
あなたは多分知ってるかな。
ぼくが、とてもあなたを好きだったこと。
あなたが笑ったら嬉しくて。
あなたに呼ばれたらくすぐったくて。
あなたの行動に、一喜一憂していた。
とても。とても、幸せなこと。

ぼくはあなたが好きです。

だから、言わせて欲しい。
ありがとう。
そして――――――――――――・・・・・









ごめんなさい。









//26歳?(26歳以降)
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ゾロ目
彼はよくぼくをカジノに連れていった。
それは合法的な場所から、違法な場所まで幾つもの。

「―――――赤の5」

ぼくは賭けたりはしない。
ただ、彼が座った場所の、未来を見て告げるだけ。

ルーレット、ブラックジャック、ポーカー。
一番視易いのはルーレットだったけど、一番未来が変わりやすいのもルーレットだった。
それは解りやすく言えばイカサマで、ぼかして言えばディーラーの腕。
いつも当然のように、彼はスロットなど目もくれず、テーブルに向かう。
当たりすぎてイカサマと呼ばれても、彼はびくともしない。
そして当然、イカサマの証拠はどこにもない。
彼はそれもまた、自分の利益として役立てる。

日本にもカジノはあった。
それは全て裏の、非合法なカジノ。
日本では賭博が認められていないから、お金を賭けていればどこでやっても非合法だ。
欧米と同じように、ルーレット、ブラックジャック、ポーカー。
そして。

「丁、半。どちらかに御賭け下さい」

サイコロ。
これも古き良き、というのだろうか。
江戸から続く、裏の賭け事。

黙っていれば、彼はぼくを見て。

ぼくは口を開く。

「・・・・・、・・・・6と6の、ゾロ目」

今日はどれだけ、勝つのだろうと。
そんなことを、思考の端で思った。









//21歳
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切断面
自分の身体から離れた自分の腕の、切断面を、見て。

不覚にも。


―――――綺麗だと、思った。



一瞬後、それは恐怖に変わり。
さらに一瞬後、焼けるような痛みと苦痛に変わる。

「っあ゛・・・!ぁ、ああっ!!」

言葉にならない悲鳴が口から漏れる。
痛い、熱い、痛い。
左手の先についさっきまであったはずの重さが、ない。
血が溢れて、ぼたぼたと冗談のように地面に血溜まりを作った。
赤い。
くらりと脳が揺れる。
怖い、恐い、コワイ。

「・・・っ、うっ、あ、ぁあ、あああっ・・・・!!」

身体の至るところから嫌な汗が出て、生理的に涙が滲み、意味のない音声だけが響き渡る。

ぼくの左腕を持った男は、それはそれは嬉しそうに笑って、べろりとぼくの腕の切断面を「舐めた」。
軽く肉を齧り、引き千切る。
めち、ぐちゃ、と、背筋に悪寒が走るような音がした。

男は口周りにぼくの血を付けながら、ちょっと首を傾げた。

「んー・・・ウマイ、気がする?」

切断された箇所の直ぐ上を手で押さえて止血を試みるけど、ぼくの握力では血を止めるのに全然足りない。
何か細い布か紐か、とにかく何かが必要だった。
ぼた、ぼた、と、血は止め処なく流れ落ちる。

男は傾げていた首を元に戻して、ぼくの左手をぺいと投げた。

また、嬉しそうに、楽しそうに、笑う。

「やっと殺せる。やっとコロせる、やっと!ああ、この気持ち、いい気分!」

逃げなくては。
逃げられるのか。
逃げないと!
逃げるって?









何処へ?









白刃が煌く。
次は左手を押さえていた右手から、血が噴出した。

また切断面が目の前に見えて、その鮮烈なピンク色に、一瞬。

目を奪われて。



間。




「―――――あはははははっ!!!ハハハッ!イイ気分だ!!」



次の切断面は、ぼくの?



「一緒に楽しもうぜ、なぁ、フドウカリン!」



有り難くないことに見知ってしまっていた死神は、にたりと、今度はナイフを舐めて、笑った。









//27歳?(26歳以上)

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めぐりあい
人の時は巡る廻る。
だから出会いもまた、巡り廻る。

私たちのすることは世界を維持すること。
それぞれが存在し続けることで、世界は存続していく。
居ることが、意義。
こう言えば聞こえはいいが、ただ人身御供と何が違うのかと昔思った。
今は思わない。
そんなことを思うのも、馬鹿らしい。無意味だ。
幾ら考えても、私はもう人ではないのだから。
私たちはただ世界を眺めている。
人間が何をするのかを見ている。
世界が壊れていく様を見ている。
哀れなと思いながら、すぐ傍でただ、見ている。

他にすることもないし、出来ることもない。

出来ることといえば、そう。
私が見える人間に、何かをしてやるくらい。
例えば、少し前に神社にやってきた赤子に、私の目を譲ったように。

出雲に神が集まる季節だった。
紅葉を眺めていた私を、じっと見る視線。
穢れのない、澄んだ、幼い瞳。
まだ自我もはっきりしていない赤子に穢れや汚れがあったらその方が逆に驚くが。
神主の一族であるわけでもないのに神が見える目は久しぶりで、不意に気紛れが擡げて。
じっと、私を見る赤子に、笑みを向けた。
まだ自分は笑えたのかと、軽く驚いた。

私はその子が好きになった。

「―――――いい子だね。お前に贈り物をあげよう」

言葉などわかるはずもない赤子は。
私が近づいていっても、やはりじっと、私を見ていた。

その、目に。

そっと手を、翳す。

その瞬間、自分の視界から世界が消えた。

「次に会ったら、返してくれ」

気紛れ以外のなんでもない。
もしあの子が死ぬまで私に会わなかったとしても、大した時間ではない。
それまで盲目というのも、変化があっていい。
私はそれで満足して、踵を返す。

そして。

あの日とは違う神社、喚ばれた神に興味をもって立ち寄ったそこで。
私は再びあの子と会った。

時は巡り廻り。
あの子は赤子ではなく、けれどあの子だった。
見えない目でも、あの子が私を見ているのがわかる。
あの日と同じように、私の隣には紅葉があった。

「ずっと見てたけど、会うのは久しぶりだ」

私は。
ふと、微笑んだ。

ああやはり、私はこの子が好きらしい。

少女を通り越して女性に成長した赤子が、私をただじっと見る。
目隠しをした、私を。

「約束通り、返してもらうことにしよう」

時は巡り廻り。
人は時とともに変わり。
出会いは、巡った。

私は何も変わらない。

私を見つめるその目に手を翳せば、暫く見ていなかった視界が私に戻ってきた。

「あ・・・・・・・」

そこで、初めて。
彼女が、言葉を漏らす。
私の目ではなくなった瞳から、涙を零した。

「あっ・・・・・ぁ・・・・・!」

嬉しいのか、悲しいのか、それとも、苦しいのか。
わからない感情が視える。

このめぐりあいがあの子にどんな変化を齎すのか、それは私が決めることではない。

だから私は言う。

「さよなら、不動花梨」

たぶんもう、会うことはないだろう。









//26歳(予定)
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それは秘密
告げることは助けを求めること。
教えることは、巻き込むこと。

だから、それは秘密。




薄暗い路地から大通りに出れば、人の波に行き当たる。
細い、奥まった「裏」の世界で何が起こっているかなんて考えもせずに、普通に過ごす「表」の人たち。
「仕事」が終ったことが実感できてほっと息を吐く。
そんなタイミングで声を掛けられて、どきりと心臓が跳ねた。

「・・・・不動さん?」

つい、さっき出てきた路地を伺う。
大丈夫、もう、誰もいない。
危害が加わる可能性はないはずだ。

跳ねる鼓動に言い聞かせる。
大丈夫。
大丈夫の、はずだ。

それは秘密。
これは秘密。
知られてはいけない、悟られてはいけない。

ぼくが何をしているか、なんて。



―――――・・・言えない。



ぼくは弱い。
ぼくは、醜い。
ぼくは、汚い。

巻き込みたくない、危険から遠ざけたい―――・・・・
誰かのためと、言いながら。

実際は、ただ、自分のためだ。





笑顔を浮かべようとして、少し失敗した。









//21歳
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可愛い我侭
可愛い我侭を叶えるために。
ぼくは魔法使いになろうと思った。

まず欲しいのは、可愛いくまのぬいぐるみ。
お店を選んで立ち寄って、一つ手に入れる。
次に求められるのは、綺麗な花。
花束か鉢植えか迷って、鈴蘭に似た小さな鉢植えを購入した。
それから要るのは、きらきらのアクセサリー。
これは小さな宝石が光る、ネックレスにしてみた。
そして、最後は。
食べきれないくらいの、御馳走。

視ていた光景を切って、少し悩んだ。

これは難しい。
少しずつ慣れては来たけど、ぼくは料理があまり上手くなくて。
沢山の御馳走なんて、用意するのは難しい。
そもそも、前もって用意できるものじゃない。
湯気が立っているから、出来立てだから、料理は美味しい。

「我侭」を聞ける時間は、明日の17時20分過ぎ。
それまでに料理を作ってくれるように、お願いしておくしかない。

間に合わなかったら魔法使いにはなれず仕舞いだけど、そこは賭けだ。
とりあえず用意できるものだけ用意して、家に帰った。
何処に置いておこうかと、少し迷う。
結局彼女では手の届かない、上の方に一つずつ隠した。

そして視た通り翌日の5時過ぎに、ぼくは聞く。

「何が欲しい?」

彼女はぼくが視たときと、同じ答えを返した。

「あのね、あのね。くまさんがほしいの!」

笑って頷いて、くまのぬいぐるみを取ってきて手渡す。

「あとね、おはな!」

少しずつ歩いていたから、花の隠してある場所はすぐだった。
やっぱり手渡すと、彼女はぱちくりと目を瞬く。

「あとは?何かある?」
「えっとね、えっと・・・きらきらもほしい!」

これは小さいからポケットに入ったので、取り出して首に掛けた。

にこりと、笑う。
彼女はぱあっと嬉しそうに笑って、宝石よりもきらきらした目をぼくに向けた。

「すごい!どうして?」

ないしょ、と、悪戯っぽく笑う。

他にはある?と、また聞いて。
そして答えと同時に、襖を開けた。

「ごちそう、たくさん!」

そこには頼んだ料理がちゃんと並んでいて、内心ほっとする。
あとでちゃんとお礼を言わなくてはと、思った。

そして御馳走の並んだ部屋を見て、彼女はまた嬉しそうに歓声を上げて。

「すごいすごい!ありがとう、おかあさん!」

そう、言った。
どうやらぼくは、無事魔法使いになれたらしい。

きみが幸せなら、ぼくは幸せなんだよと、抱き締めて言った。

生まれてきてくれて、ありがとう。









//27歳?(無事結婚できて子供出来たら)
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電話越しに聞いた声
「遊ぶ約束」をした。
日にちだけ決めて、詳しいことは電話で、と。
「友達」の家に、電話。

「・・・・、・・・・どうしよう」

情けないことに、さっきから番号を押しては電源ボタンを押す、その繰り返し。
緊張、してる。

ボスではない誰かに電話を掛けるということ事態、とても、久しぶりで。
最初は何ていうんだっけと間抜けにも本気で考えて、「もしもし」という四字を思い出すまで数十分掛かってしまった。
決めた日付は明日。
今日のうちに電話しなくては、約束が流れてしまう。
そして連絡するのにあまり遅い時間では失礼で。
では何時が丁度いい?
わからない。
今は忙しくない時間だろうか。何かの邪魔はしないだろうか。
ああ駄目だ、本当に、わけがわからないほど緊張してる。
思考が、変。

この連絡を取るためだけに、新しく契約してきた携帯電話。
仕事用のとは違う、ぼく用の。
逆探知の心配も、盗聴の心配もない。
部屋は完全に安心できないから、場所も変えた。
大きく深く、深呼吸。

もう何度目か、ようやく、番号の後に通話ボタンを押した。

誰が出るだろうと、思う。
お家の人だったら、どうしよう。
ぼくはちゃんと喋れるだろうか。
何か失礼なこと、うっかり言ったりしないだろうか。

『――――はい、・・・・です』

思考が脳を上滑りして、よく聞こえなかった。
何度も番号は確認したので、焦りつつも間違っていないはずだとそんなことを思う。
大丈夫、大丈夫と、もう一度こっそり深呼吸をし直した。

「えっと、ぼ・・・わたくし、不動と申しますが、あのっ・・・」

落ち着け、ぼく。

なんとか友達の名前を告げ、取り次いでもらう。
ああやっぱり間違っていなかったと、ほっとした。

保留音の中、苦笑する。
ぼくは。
こんな当たり前のことすら、できなくなっている。
10年は、やはり長かったのだと、思う。

『不動さん?換わりました』

保留音がぷつりと途切れて、聞きなれた声が聞こえて。
電話越しの声に、思わず微笑む。
ああ。
よかった、ちゃんと。
繋がった。

「・・・・うん、ぼく。電話、今の時間で大丈夫だった?明日のことだけど――――」

君の声は電話越しでも優しいねと。
つい言ってから、自分で言った言葉に少し照れた。









//21歳
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瘡蓋
心の傷も、身体の傷も。
いい意味でも悪い意味でも、何も変わらない。

身体の傷は自分で癒す。
病院に行くことがあっても、結局のところ自己治癒力がものを言う。
瘡蓋が治りかけの合図で、やがて治る。
心の傷は他人が癒してくれる。
傷つけるのも他人なら、癒してくれるのも、他人。
瘡蓋のように目に見える合図はないけれど、ちゃんと、治る。
暖かい言葉や。
優しい笑顔。
柔らかい空気に、治してもらう。

どちらも、時間の経過とともに、やがて治る。
これは、いい意味での、「同じ」。

では、悪い意味での「同じ」はと言うと。

「――――『わたしはなにもしらない』」
「・・・・っ・私は、何も知らなっ・・・!?」
「『なんだ、このおんなは』」
「なんっ!?何故、俺の」
「『おれのいおうとしていることを』」
「・・・・・・・・・・・『ばけもの』」
「・・・・、・・・っ・・・・バケモノっ・・・!!」

未来を見ることは、使おうと思えば、色々な使い道がある。
例えば彼の一秒先を見て、唇を読むなんて、簡単なこと。
恐怖に満ちた顔も、ぼくから逃げようと押さえつけられている両腕を動かそうとする様も。
ぼくの目には、一秒早く視えている。
ある人は言ってくれた。
『凄いですね』と。
ぼくが予知をできると言ったら、微笑んで、そう。
生々しく血を滴らせていた心の傷は、それで少し、癒えて。

そして此処で、再び蹂躙される。

瘡蓋を無理やり剥がせば、傷は悪化する。
治りかけを、化膿させる。
それと、「同じ」。

癒されて治りかけた心の傷は、治る前よりも深く強く、抉られる。

優しい言葉を知ってしまえば。
ナイフのような言葉は、鋭さを増す。

「こ・・・このバケモノをどこかへやってくれ!」
「俺が知りたいことを聞いてからだ」
「話すっ!話すから、コレを!」
「話してからだ」

これが、悪い意味での、「同じ」。

身体の傷も、心の傷も。
治りかけは、脆い。

瘡蓋を剥がせば、覗くのは生々しい、赤い肉。









//21歳
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地図にも載っていない
日本には、「住宅地図」というものがある。
載せてもいいと許可をしたわけでもないのに、個人住宅の所在地が載っている地図。
年に一度は更新され、新しい住宅地図が発行される。
建物を建てる際に国へ届け出るそこから、情報は流れている。
だから事実上、住宅地図に載っていない建物は存在しない。

しかしそれは、「表向き」の、言い分。

法律なんて、やろうと思えば穴だらけだ。

「此処が日本での“本部”だ」

現に此処は、地図に載っていない。

どうやったかは知らない。
知りたいとも思わない。
しかし地図を見ても、この建物は存在しない。
住所もない。
手紙を出すときはさぞかし困ることだろう。

もちろん肉眼では見えるから、見掛けは普通のビジネスビル。
一歩足を踏み入れればそこは、マフィアの巣窟。
ぼくの目の前に居るこの男が「ボス」になってからファミリーには日本人が増えた。
だからか何なのか、一見して東洋系の人間が多い気がする。
構成員は大体黒いスーツ。
幹部に近い人間は、ダーク調の色合いの、個人仕立ての立派なスーツ。
どちらにせよスーツの男ばかりの、閉鎖的な社会。
此処では、何が起きても不思議じゃない。
そう。
密売も競りも殺人も、なんでもありだ。
此処は、一種の異世界。
「表」とは違う法のある、「裏」の世界。

「仕事の時は指定がなければ此処に来い。お前の指紋は入り口の指紋認証に登録してある」

ぼくは知っている。
それは、幹部と同じ扱い。
一般構成員は、中から開けてもらわなくては入れない。
刺さる視線は「特別扱い」への嫉妬からか、それとも野心からか。

つい、自嘲した。

ぼくはもう。
「この世界」から、抜けられることはない。

こんな「特権」、一度も欲しいなどと言ったことはないのに。

「―――喜べ。お前は全室フリーパスだ」

意訳すれば、定期的に、全ての部屋の未来を見ろと、そういうこと。
裏切りも工作も狙撃も、許す気はないと。
そういう、こと。

「・・・・・・・行けなくても、いいのに」

日本に作られた、地図にも載っていない「この世界」。
頭まで沈みきったぼくの身体はきっと真っ黒なのだろうと、そんなことを思った。









//21歳

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風が運ぶもの
鳥に憧れたことがあった。
風に憧れたことがあった。
世界に憧れたことがあった。

――――全ては昔のこと。






銃口を額に突きつけられて、鉄の冷たさに軽く眉を寄せる。
死にたいとは思っていなかったから、逃げていたけど。
どうやら、行き止まりらしい。

銃を持った目の前の男とは、思えば長い付き合いだ。
ぼくは最初からずっと変わらず、この男の道具だった。
この男は最初から変わらずすっと、ぼくを使役した。
もう16年は越えた、主従―――否、それでも少し弱い。ぼくたちの関係は常に「所有者」と「被所有物」だったのだから。

「・・・・最後のチャンスをやる」

男は口を開く。
額に触れる拳銃は、1ミリたりとも動かさずに。

「10秒後俺が懐から何を取り出すか予知してみろ。できたら、まだ使ってやる」

ぼくは。
今までずっと仕事の時にそうしていたように、一度目を閉じる。
数秒で開いて、そして。
くすりと、笑った。

「無理だよ。予知はもう、ぼくの中にない」

男は何も言わない。
そして男が10秒後に取り出したのは、オイルライターだった。
慣れた手つきで、片手で煙草に火をつける。
片手の人差し指が、あっさりと引き金に掛かる。
躊躇いもなく、引き金を引く。
煙草に火をつけるのも、ぼくを殺すのも、この男にとっては何も変わらない。

「役立たずは要らない」

ぼくにこの言葉が聞こえていたかは、よくわからない。
痛いとも熱いとも思わなかった。
ただ急に、総てが消えて。
それだけだった。






ああ、ぼくは鳥に憧れたことがあった。
風に憧れたことがあった。
世界に、憧れたことがあった。

死んだら世界に溶けるのだろうか。
空気に溶けて、風になれるだろうか。
それでなければ生まれ変わって、今度は鳥に?
そんなことが有り得るのか、誰も知らない。
難しいのではないかと、思う。

けれどじゃあ、せめて。

このまま意識を風に運ばせて、空に―――――・・・・









「ぼく」は、そこまでで、本当に綺麗になくなった。









//27歳?(26歳以降)
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偽りの私
――――意識を、切り替えろ。

素っ気無い機械音。
耳障りな甲高い、一定の。
思わずびくりと身体が揺れた。

「不動さん?」

初期設定のまま変えていない着信音。
持たされている携帯は、通話中ぼくの居場所を「本部」のモニターに表示させる。
此処で、出るわけにはいかない。
出来る限り、可能な限り、此処から。
離れなければ。

「・・・、・・ごめん、帰らないと。・・・勝手に来て勝手に帰るなんて失礼だよね・・・本当、御免」

ああ、いけない。
切れてしまえば、それもまた危険だ。
「電話には必ず出る」――――それが自由である、条件の一つ。
手短に謝罪と退出の言葉を告げて、足早にそこを出る。
段々と余裕がなくなって、仕舞いには駆け足になって一歩でも多くあの場所から離れた。

巻き込むわけには、いかない。

絶対に。

巻き込みたく、ない。


「―――――――・・・・・はい」


さぁ、切り替えろ。
感情は要らない。
余計な情報は渡せない。

これは偽りの私(ぼく)。
けれどこんなもので巻き込まなくて済むのなら、幾らでも。


「・・・・・はい。今すぐに」


幾らでも、偽ってみせる。









//21歳
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私の夢・あなたの夢
くすくすと、柔らかく、君は笑う。
可愛らしい笑み。
ぼくと同じような簡素な白いワンピース。でも、彼女の方が似合っている。

「花梨ちゃん、あなたの夢はなぁに?」

自由になりたい。
ぼくは答える。
君は純粋に無垢に、ふうんと、頷いた。
一つ年下の、可憐な女の子。
お人形のような、ふわふわとした雰囲気の、彼女。
名前は、「こよみ」。
彼女のことは、この名前くらいしか知らなかった。
けれどぼくは、彼女が好きだった。

暗い淵にいたぼくに、笑いかけた彼女。
動けなくなりそうだったぼくの、話し相手。

「こんにちは」
「・・・・・だれ?」
「私はこよみ。あなたは?」
「・・・・・・・、・・・・・とけい」
「お名前を聞いたのに。とけいちゃん?」
「・・・・・、・・ん・・・」
「聞こえないわ。もう一度、言って?」
「・・・・・かりん」
「かりんちゃん。花に梨でかりんちゃん?素敵ね。私、花梨の蜂蜜漬け、好きよ」

ぼくの話し相手にするためだけに、連れて来られたと聞いて。
申し訳なくて辛くて問い詰めたら、笑って。
首を振った。

「花梨ちゃんとお話するのは楽しいわ」

優しい子。
ぼくに笑ってくれる、人。
ぼくと話してくれる、人。

――――そう。これは、こよみちゃんとの、最期の会話だ。

夢を聞かれて。
ぼくは答えて、「こよみちゃんは?」と、聞き返した。
そして君は笑う。
可愛らしく、はにかむように、優しく。

「褒められること」

誰に?

そう問いかけては、いけなかった。
けれどぼくは首を傾げて、そう問う。
尋ねて、しまう。

「大好きな、ジュダ様」

嬉しそうに。
照れたようにはにかんで、その人の、名を。
紡ぐ。

どうすれば褒めてくれるの?と。
聞く前に、当然のようにぼくと彼女の話を盗聴していた黒服の男たちが部屋に踏み込んで来て、そして――――・・・・。

赤い花が、咲いた。

ぼくには、どうして彼女が撃たれたのか、わからなかった。

答えが知れたのは、彼女の大好きな「ジュダ様」が、ぼくを殺そうとぼくの前に現れた、その時。

彼は言う。

「日本には有名な台詞があったね?歴史上の偉人が言ったらしいじゃないか。鳴かぬなら――――殺してしまえ、ってね。暦は上手く入り込めたんだけど、残念だったな」

ああ、と。
思う。
やっぱりあの子が死んだのは、ぼくの所為だった。

こよみちゃんは、この男が、好きだった。
大好きだと、心酔したような、大切なものを見つめるような目をして、語った。

ごめんね。
夢を奪ってしまって、御免ね。こよみちゃん。










//22歳?(21歳以降)

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淋しさを覚え
言われなれてる言葉。
もう傷つくこともなくなったくらい、慣れてる言葉。

それでも、何故か淋しさを覚えて、神社に足を向けた。

神社には人影がなかった。
それでも何故か気分が和らいで、ほっとする。
淋しさが消えはしなかったけど、代わりに何かが満たされた。

「気持ち悪ぃ」
「へー。本当、バケモノって感じでいいね」

少しの間、共闘するという、別の組織の「ボス」。
世襲制というわけではないのに、まだ幼さの残る青年。
けれど。
あの男、ぼくの「持ち主」と、同じ目の、男。
さぞかし気が合うことだろうと、思う。

「気持ち悪い」も、「バケモノ」も。
どちらも数えるのが馬鹿らしいくらい、聞いた。
何度も何人にも、言われた。
慣れている。
それでも哀しくないわけではないらしいと、自嘲した。
脆いことだ。

「淋しい」なんて。
「弱い」を認めることと、同じ。

ぼくは弱い。

「君なら・・・」

「彼」は。
ぼくの異能や汚さを知ったなら、何て言うのだろう。









//21歳
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紅葉
秋の彩りが山を染める。
出雲の山は神の住む山。秋の紅葉は神の祭り。
友達が多いとは言えなかったぼくにとって、出雲大社は居心地のいい遊び場だった。

静謐な空気が好きだった。
浮ついた観光客でさえも神妙な面持ちになる、その存在が好きだった。
囲む山々が、季節によって移り変わるのも好きだった。

境内の隅に立派な紅葉の樹があって、赤く染まった葉が落ちてくるのをよく追いかけた。
地に着く前に手に挟めたら、ぼくの勝ち。
それはぼくと紅葉の勝負。
ぼくと、秋の子供たちの、遊び。

懐かしい。
売られる前の、話。

「・・・・・此処はよく似てる」

ぼくが気が付くとこの神社に来てしまうのは、それもあるのかもしれない。
それだけが理由ではないけど。
理由の、一つ。
やはり境内の一角にあった紅葉の樹を見上げて、ふと顔を綻ばせた。

「すっかり、秋だね」

こんにちは、秋の申し子たち。
良かったら今度、久しぶりに、ぼくと遊ぼう?

返事は当然なかったけれど、ぼくは紅葉に心の中でそう語りかけた。

赤くひらひらと舞う紅葉が、見られるのはもうすぐのこと。









//21歳
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殺して欲しいと願われて
「―――嫌です」

と。

彼はそう、答えた。

切実な願いだった。
心の底からの、願いだった。
考えて考えて、そうして漸く決意した、願いだった。

けれど、彼にはどうしても頷くことは出来なかった。

20歳を過ぎた女性は、何もできない子供のように頼りなく、微笑った。

震える手で、彼の手を取る。

そしてもう一度、同じ言葉を繰り返した。
先ほど彼が拒否した、その願いを。

首を振る。
いやだと我侭をいう子供のように、無意味に、首を振る。
その頬を、涙が一筋零れ落ちた。



「おねがい。おねがいだから―――――」









「お願いだから、ぼくを、殺してください」









彼に、頷けるはずがなかった。









//22歳?(22歳以降)
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体力自慢
「うわー・・・・」

そう言ったきり、言葉が途切れた。

どうしよう、と、思う。
この目の前の、見るからに体力自慢筋肉自慢の、脳味噌まで筋肉で出来ていそうな男。
予知は働かなかったから、危険ではない、と、思うけど。
不意に起こる予知は万能ではないから、わからない。
ただ、大体危険が起こる前にはぼくの意思とは関係なしに予知が起こるという、ただそれだけの確率論。

・・・というか、本当に。

「・・・・何か、用・・・かな」

ぼくにどうしろと。

職業はボディービルダーかプロレスラーかと聞きたくなる容貌の男は、そのぼくの声に無造作にぼくを見下ろす。
細い路地に立ち塞がる巨体は、なんて言うかはっきり言って。

「邪魔なんだけど」

服が窮屈そうだと、つい、思う。
だからって脱がれても困るけど。
感想は尽きない。
少しも羨ましくないとは言わない。ぼくももう少し力があれば、とか、筋肉でなくても、何かを変えられるくらいの武力があればとは、いつも思う。
合気道の教室にでも通ってみようかと、目論んではいたりもするし。
けれど現時点で体力勝負及び武力勝負を挑まれたら、ぼくはあっさりと負ける。
もう予測でもなんでもなく、それは確実な結論。
今までの人生で何をしてきたのかと、自嘲するばかりだ。

けれどそう、ぼくは知っている。
知ってしまって、いる。

幾ら分厚い筋肉が体を覆っていても、幾ら格闘に優れていても。
幾ら、体力が底なしでも。

「・・・・何をぼーっと立ってる?死にたいのか、花梨」

ぱしゅ、という、音のなり損ないのような、軽い音で。
指をほんの少し、動かすだけで。

脳を至近距離で撃ち抜かれれば、人は死ぬのだ。

何度「死」を見せられても変わらない、吐き気と悲哀と罪悪感。
血の臭いには慣れないし、血の赤は恐ろしい。
そしてこの男への、恐怖感は増す。

つい今の今まで目の前に立ってぼくの首に手を伸ばしていた筋肉質の男が、ただの筋肉になって地に伏せる。
その姿と赤い色から目を逸らしたら、男の手に握られた黒光りする凶器が視界に映った。
それも見たくなかったので、また目を、逸らす。

「油断するな。お前に死なれると俺が困るんだよ」

日本は平穏な国だと、誰が言ったのだろう。
平穏な国など、この世のどこにあるのだろう。
どこの国にも濃い闇は存在し、この男が身の置き場に困ることはない。
どこの国も。
一歩踏み入れば、渦巻くのは狂気と策略。

「お前の使い道はまだ色々ある」

サイレンサーでは消しきれない硝煙の臭いが、鼻についた。

夕暮れ時の閑静な住宅街の、小さな細い路地で。
瞬きする間に行われた殺人は、誰にも知らずに処理される。
目撃者はいないし、もし居たら死んだ男と同じ道を辿る。

涙は出ない。

ぼくはきっと、もう普通の人とは違うんだろう。

思うのは、ただ二つ。

――――――ごめんなさい。そして、さようなら。










//21歳
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解けたリボン
肌寒さを感じる朝の時間に、神社に足を向けた。
最近、よく来る神社。
清廉な空気は何時でも変わらないけど、寒さのためか朝は特に清い気がする。

誰にも会わなくていい。
ただ、仕事の前に此処に来ると、頑張れる気がした。
本当は。
誰かに、会いたいのかもしれないけど。
会ったら助けを求めてしまいそうだし、やはり会わないほうがいい。

お賽銭を入れて、拍手を打って、礼をして。
朝だから、鈴は鳴らさずに終らせる。
そしてくるりと振り返った境内の、石畳の上で。

何処かから解けた、綺麗なリボンが眼に入った。

来た時は気付かなかった。
可愛い、暖かい秋色のリボン。
拾ってみて、誰のだろうと首を傾げた。

一瞬脳内に長い髪の少女が浮かんで、その想像はそのまま無意識にその少女の予知に繋がる。
境内から少し離れた御神木付近を、大きな犬と一緒に何かを探している、女の子。

何分後の未来かはわからない。
何時間後、何秒後かもしれない。
探しているものがこのリボンとも限らない。
けど。

ぼくの足は、自然と御神木の方へと向いた。

注連縄の掛かった、立派な御神木。
まだ人影は一つもなく、木の葉が風に擦られる音がさらさらと響いていて。
素敵な樹だと、なんとなくそう思った。
手にしたリボンに目をやる。
何処にあれば見つかり易いかと少し考えて、女の子の目線に合いそうな高さの枝の先に、緩く結んだ。

「これで、大丈夫かな・・・」

逆に見つかり難くなっていたらどうしようと、少し考える。
でもこれくらいしか、ぼくにはできそうもなかった。

ふと思いつきで、御神木に手を添える。

「――――・・・無事見つかりますように」

お願いしますと、小さく祈った。

解けたリボン。
無事もとの場所に、戻れればいい。

あのリボンには、還れる場所が、あるのだから。









//21歳
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通じない思い
―――――届かない。

「・・・、・・・だから、ぼくね。お母さんと、お父さんが大好き。ずっと一緒に居たいな」

何度言葉を重ねても、何度態度に示しても。

この思いは、彼にも彼女にも通じない。

「どうした?いきなり」
「私もあなたが好きよ、花梨」

どうしてだろう。
どうしてなのだろう。

何度声を大にして「行きたくない」と叫んでも、笑ってするりとかわされる。
大好きだと言っても、頷くばかり。

ねぇ、どうして?

「さようなら、花梨」

――――――お母さん。お父さん。










かりんは、いらないの?









・・・・目が、覚めて。

頬に零れる涙が、冷たくて淋しくて哀しかった。

実感する。
確認、する。

ああ、ぼくは。

誰にも必要のない、モノ。









//21歳

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無茶
「無茶だ!」

耳にそんな声が入る。
けれどぼくは、振り返りも足を止めもしなかった。

何が無茶なのか。

確かにぼくは弱いし運動神経も人並みだし、何もできない。
けれどだからと言って、何もしないで震えていていいはずがない。

だってぼくは、知っているのだ。
知らないなら何もしなくていいと言う訳ではない。けど、知っていて何もしないのは、やはり罪だ。
ぼくは、知っている。
だから、逃げてはいけない。

感覚を研ぎ澄ませ。
さぁ―――――ぼくには、わかるはずだ。

立ち上がって、真っ直ぐ進む。
一歩左に。
次は右。
次は更に右で、そこから前にちょっと跳ぶ。
ぼくの動作に合わせるように、ぱんぱんぱん、と、続けて乾いた音が鳴った。
否、違う。
ぼくがその音に合わせて、銃撃の来る場所を予知し、その場所を避けて移動した。

銃を持つ男が、ぼくの動きの意味に気付いて、青褪めて一歩後ずさった。
無意識下の行動。
表情から見えるのは、明確な恐怖。

予知の精度は良好。
現実の光景と予知の光景が被さるように混ざり合って、それは不思議な光景だった。

自分の眼が、青く光っているのが、わかる。

「・・・あなたの攻撃は、ぼくには当たらない」

往生際が悪く、というよりも恐怖に駆られて無差別に、また銃声が響いた。

軌跡はわかっていたけど避け損ねて、軽く髪が切れる。
軽く自嘲する。ああやはり、ぼくは弱い。
それでもやはり、男の恐怖は変わらなかった。

人外のものを目の当たりにした時の、得体の知れない恐怖。

ぼくはあまり快くないそれを、利用する。

「――――――その子を離して」

そうでもなければ、ぼくは勝てない。

男と同じ恐怖を感じている、男の隣で手錠で戒められた少女が助けられるなら、もう何でもよかった。









//21歳
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お祭り騒ぎ
「だから、別に話しててもいいから、此処じゃないところでっ!」
「おねーさんが遊んでくれるなら移動してもいいぜー?」
「きゃははっ、それいいねー。でもちょっと一人じゃ大変じゃね?」
「いいんだよ、な?おねーさん」

特に何があるわけでもないのに、お祭り騒ぎをしている若者たち。
日本の繁華街では、割とよく見られる光景である。
人の迷惑も考えないお祭り騒ぎの中心に、一人の女性が立っていた。
真剣なその女性に対して、若者たちはどこまでも軽く笑う。
揶揄するように掛けられるのは品性の薄い実のない言葉。
女性の肩に手を伸ばして、にやにやと締まりのない表情を作った。
肩に乗せられた手を払いのけて、女性はまた声を荒げた。

「だからっ・・・!!」

先ほどからのやり取りは、平行線を辿っている。

女性は彼らにこの場所から動くようにいい、若者たちは相手にせずにそれをからかう。
何度女性が移動するように訴えても、それが続いていた。

「だから、此処は危ないんだってっ!」

お祭り騒ぎは止まらない。

先ほど手を退けられた一人が、今度は強引に女性の腰を抱く。

「っ、きゃ!?ちょっ、離して!いい加減話を聞いてってば!」
「此処は危ないんだよねー?わかったわかった」
「笑い事じゃ・・・・!」

彼女が真剣になればなるほど、喧騒は大きくなる。
お祭り騒ぎは加速し、彼女の意思に反した方向へ突き進む。

そしてそのお祭り騒ぎは、突然悲鳴と狂騒に取って代わる。

係わり合いになりたくない、とばかりに遠巻きに通り過ぎていた通行人の中から、声が、響いた。

「危ないっ!」

その声が発された時には、もう、遅い。

女性を取り囲んでいた若者たちの半分が、アクセルとブレーキを踏み間違えたトラックに、組み敷かれ地に伏せる。
女性も無傷では居られずに、建物に突っ込んだトラックが作り出したガラスの破片で無数の傷を作った。
けれど若者たちに囲まれていたために、それはさほど大きな傷ではなく。
仲間を置いて走り去る残り半数には目もくれず、女性は地に伏せた若者たちに駆け寄る。

唇を噛み締めて、呆然としている群集に呼びかけた。

「救急車をっ!」

間に合わなかった――――・・・。

彼女はまた、後悔を一つ募らせる。










//21歳
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本当は、違うんだけど
――――――悔いはない。

大丈夫、そう言える。
緊張も動揺も全て心に押し込めて、顔を上げて歩き出す。

死刑台に上るような気分で、目的地に足を進めた。

これからぼくがしようとしていることは、完全な自殺行為。
自棄になったわけでも自殺願望があるわけでもないけど、ぼくはその行為を止めはしない。
ぼくはもう、決めたから。

多分ぼくは消されるだろう。
殺されるのか消されるのかは、わからないけど。
明日まで「ぼく」が生きている確率は、限りなく低い。

「花梨」

促されて、口を、開く。

「・・・・・・この後、人払いをして何かの仕事に取り掛かる。接触するなら今」

本当は、違うんだけど。
故意に嘘を、吐く。

――――さぁ。

もう、後には戻れない。









//22歳?(22歳以降)
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秋、と言えば
散る紅葉を追いかける子供たちを見た。
民家の軒先にある年代モノの柿の樹に、たわわに実が生っているのを見た。
新米の収穫に精を出す、農家の夫婦を見た。
差し出した指先に止まる、赤とんぼを見た。

秋には、たくさんのものが実を結び、色を変え、鮮やかに命が充満する。

それは春とは逆の光景。
春は起床。
秋は支度。

自身を未来へと繋ぐ、実りのとき。

秋は好きだ。
果実も種も紅葉も、夕日もとんぼも秋桜も。
春からそれぞれ蓄えた命を何らかの形で表して、静かに眠る直前の。

秋は世界の祭りの季節。

競い合う。
自慢しあう。
こっちを見てこっちを見てと、自然の誰もが力を振り絞り、絢爛に舞う。

秋は、好きだ。

赤い色。
黄色い色。
茶色、ベージュ、オフホワイト。

暖色で彩られた世界は何処を見ても安心できて、惜しみなく主張される命はどれも眩しくて。

愛しくて、切ない。

同じように絢爛でも、春ではない。
同じように命で溢れていても、春ではない。
これは支度。
これは、最後の灯火。

白い冬に向かう前の、豪華な祝祭。









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永遠に思える時間
永遠に思える時間、そこに立ち尽くしていた。
今目の前で起こったことを、脳が理解できない。
受け付けない。
信じられない。

世界が崩れ去ったようだった。
天地が逆さになったようだった。
自分が本当に立っているのかもわからなくて、ただ呆然と、空回りする思考を巡らせていた。

色鮮やかだったはずの世界が急激に色褪せて、真白く静かに狂っていく。



どうしてこんなことに。



何度目かに、思う。
涙が、一筋頬を伝った。



このまま正気を失えたら、それはある意味とても幸せ。









//22歳?(21歳以降)

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少しは心配してくれた?
兄さんのお墓がわかってから、ぼくはたまにそこに足を向けるようになった。
特に用があるわけではない。
静かな墓地の一角で、お花だけ変えて、佇んでいるだけ。

けれどそれが、何故か、妙に落ち着く。

「ねぇ兄さん」

あなたは優しい人だったと、あなたの友達が言っていた。
ねぇ、兄さん。

「もしあなたが生きていたら、生きていて、妹(ぼく)が居る事を知ってたら」

聞こえはしないことはわかってる。
此処にあるのは兄さんの骨。
兄さんの、お墓。
当然、答えもない。
けれど、ぼくはよく此処で誰も居ないお墓に話しかける。

「少しは心配してくれた?」

聞く人も、答える人も、居ないけど。
何故かぼくは、とても、安心する。

何故か。

誰かが聞いてくれたように、穏やかな、気分になる。










//21歳
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君に託したもの
「まずはこの島国を手に入れる」

楽しそうな、笑み。
これはいけないと、すぐにわかる。
これは、いけない。
――――ロクでもないことを考えているときの、笑み。

この男は、本気だ。

「丁度いい時期に総理大臣も変わってくれた。やつが次に何処に行くかは花梨を使って調べろ。常に先回りして、まずは恐怖を植えつける」

本気で、裏からこの国を、思い通りに操ろうとしている。
そしてぼくは、その工程に使われる。
道具と、して。

「いいな、花梨」

束の間、ほんの瞬きする間に、色々なことを想う。
ぼくが今まで犠牲にしてしまったもの。
生きるために、自由を得るために、そう言い聞かせて犯してきた罪。
それを考えれば、答えは決まっている。
同じように、視たものを、言えばいい。
唯々諾々と、従えば、いい。

――――けれど、ぼくは決めた。

この国はぼくが生まれた国。
そして、大切な、とても好きな、「友達」が、居る国。

ぼくは、漸く、決めた。

「・・・・・はい」

口の端に笑みを掃く。
それは誰も気付かないほど、小さな笑み。

本当はぼくの子供に託したかったことを、君に託していいですか。
君は優しいから、聞いたらいいと言ってくれるかも知れないけど。
言うことは多分できない。

これからぼくがやろうとしていることは、道具の信用を壊すこと。
信用できない、使えない道具など。
要りはしないのだから。

欠陥がわかるまでは、使われるだろう。
けれど欠陥がバレれば、ぼくは、破棄される。

もう子供は生めそうにないから、勝手に君に託そう。







どうか、幸せに。

あなたの望む通りに生きて、わたしの分まで幸せに、なって下さい。










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世の中の少数派
ぼくの部屋にはテレビがない。
必要性を感じなかったから、買わなかった。
きっと家にテレビがないというのは、世の中の少数派なんだろうと思う。
少なくとも、日本で。
どれだけの人が、テレビを見ずに生活しているのか。

あの建物から出れなかった頃は、ぼくに余計な情報を与えないことが目的で部屋にテレビがなかった。
最初は少し淋しかったけれど、やがて嫌でも慣れて。
そして今は、もう要らない。

天気なら視ればわかるし、自分の危険も力が教えてくれるからニュースも要らない。
ドラマやバラエティは、暇潰しに過ぎない。
見ていても、ただ、それだけで。

誰かと、テレビの話で盛り上がるわけでもない。

自分独りが、楽しんでも。
余計に、寂しさが募る。
それなら、知らないほうがいい。

後ろ向きな考えだと、少し苦笑したけど。
紛れもない、事実。

ぼくは自由を手に入れたけど。

これは果たしてたくさんの人を犠牲にしてまで得るものだったのかと、思う。

ぼくは。

「・・・一体、何してるんだろう」

一体何が、欲しかった?










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そりゃまたベタな展開で
「・・・・。・・・遅刻しそうでパン食べながら歩いてたら曲がり角で男の子と打つかって、ちょっとカッコよくて惹かれたら実は転校生で隣の席だった?」

事実は小説より奇なり、とか。
人生何が起こるかわからない、とか、よく言うけど。


・・・・そのベタな展開は何。


「それ、いつの少女マンガ?」
「作り話ではない。実際にあった話・・・だそうだ」
「・・・・・そりゃまたベタな展開で・・・」

此処古書喫茶の常連である「魔法使い」の東雲さん。
昼間はとある店で占いのようなことをしているそうで、その占いに来た女の子がそう言ったらしい。
目を輝かせながら語る人を思い浮かべようとして、失敗した。
ぼくには無理だ。

「おぬし、有り得ると思うか?」
「・・・あんまり」
「だろうな。わたしもだ」
「あ、やっぱり」

大体「遅刻しそうで」、ってことは学校に向かって歩いてたわけだから、前から来た人が転校生、っていう確率はかなり低いと思う。
どこからどこへ行こうとしてたの、その人。

「・・・それで、どうしてそんな話を?」
「その馬鹿娘の未来を視てくれないかと思ってな」
「・・・・・・・・は?」
「そしてそれを占い結果として伝える!どうだ、妙案だろう!」
「東雲さん、それ詐欺って言うんですよ。もしくは騙り」

予知のことがばれたのはぼくの不注意だった。
本棚が倒れる画が視えて、青の手を引いて足をとめさせた。
それならそれで普通は終わりのはずだったのに、何故か青は笑って問うた。

「不動さん、未来がわかるんですか?」

・・・・覚りの妖怪か?
一瞬そう思い、つい頷いてしまって。
その時店にいた客たちも耳に入ってしまって。
奇異の目を向けられるとか、嘘だと決め付けられるとか、色々過ぎってどうしようと思ったのだけど、何故かあっさりと「へぇ」みたいな感じで受け入れられてしまった。
この店は、客も主も従業員も、何処か不思議だ。

そこで東雲さんの携帯電話が鳴って、東雲さんはメールを開き。

「あ」
「・・・・どうかしました?」

「今度はその“運命の転校生”が実は双子で、三角関係になったって」

・・・・・・・・・・・・・・。
凄い人も居るものだ

「何か視なくてもわかりそうな気がしてきますね」
「うん、次はきっと男同士の争いに割って入って「私の為に争うのはやめて!」かな」

此処まで王道を突っ走る存在は、逆にレアかもしれない。









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ときめき
甘く暖かい感覚が、身体に浸み込んで行く。
それは雪のように柔らかく降り積もって、雪とは違い触れても消えない。

あの人の名前を呼ぶ度に。
あの人の姿を見る度に。
あの人の声を、聞く度に。

それはどこからか生まれて、確かに降り注ぐ。

どうしてそんなにも、ぼくに優しいのだろう。
どうしていつも、ぼくの望みを叶えてくれるのだろう。
ぼくだけに優しいなんて、馬鹿な自惚れはないけれど。
優しくされる資格なんてないぼくにも、彼は優しい。

ぼくが予知によって突然現れても、気味の悪い顔一つせず笑ってくれる。
ぼくの所為で嫌な目にあっても、ぼくとまた会ってくれる。
ぼくを。
友達と、言ってくれる。

それは感動に似た、小さな胸の震え。




―――――ぼくは、あなたが、とても、好きです。









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過去に囚われることなく
どんどん積み重なっていく罪を、忘れることは許されるのだろうか。

ぼくの所為で不幸になった人たちを顧みず、ぼくが幸せになることは、許されるのだろうか。

今までずっと「幸せになりたい」と生きていた筈なのに、今になって、ばくは躊躇う。
今までは、到底叶わぬ夢だった。
叶えたいと思ってはいたけれど、おぼろげで不定型な、幻。

それが小さくほんの少しだけ形を見せて。

どうして今までこんな簡単なことに気付かなかったのかと思うほど、ぼくは、揺らぐ。

数年だけ、だから。
きっと数年しか、続かないから。

だから?

だから―――――・・・


だから、許してとでも、言うつもりか。


過去に囚われることなく幸せになる、なんて。
ぼくに、許されるはずがない。










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あなたに願うこと
ぼくと結婚してくれる、奇特な誰かへ。
あなたに願うことは、唯一つ。

ぼくを愛さなくていいから、ぼくとあなたの子を愛して下さい。

その子を幸せにして下さい。
家を作ってあげて下さい。
変える場所を、作ってあげて下さい。
慈しんで、育ててあげて下さい。
ぼくと結婚してくれるような人だから、問題ないと思うけど。
大切に、してあげて下さい。

それが、ぼくの、願いです。

あなたはぼくを責めるでしょう。
こんな生き方しかできなくて、御免なさい。
あなたを傷つけることになって、御免なさい。
けれどあなたなら大丈夫。
あなたはぼくが居なくても、大丈夫。
あなたの一番は他にある。
だから、ぼくのことは忘れてください。

まだ、先はどうなるかわからないけれど。
全ての憂いが解決して結婚できると思えるほど、ぼくは楽天家ではないから。
きっとぼくは、あなたに色々なことを隠して結婚するでしょう。
だからきっと、ぼくはあなたから離れるでしょう。
あなたには怒る権利がある。
ぼくは幾らでも嫌いになっていいから、ぼくの子供は、愛してください。

まだ見もせぬあなた。
居るかどうかすらわからない、あなた。

どうか、ぼくの願いを叶えてください。









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夜空に輝く・・・
満点の星空を見上げてじっとしている時、ぼくはいつも未来を思う。
能力を使うとぼくの目に映る光景。
未来(さき)の景色。
未来の数は選択の数。
星の数ほどに未来がある。
この降るような星空の光と同じだけ、人には未来が待っている。
ぼくは人よりほんの少しだけ、その星を間近で見れるだけ。
そう。見れる、だけ。

手を伸ばしても、決して届かない。
届いては、いけない。

未来を望むように変える力は、ぼくにはない。
その権利も、ない。

ぼくの言葉は悪戯に選択を惑わせるだけ。
ぼくの行動は、人に選択を限らせるだけ。
だから本当は、ぼくは何も言ってはいけない。

なのに。
そう、解っていながら。

ぼくは星を落とすような、罪を犯す。

ぼくが「告げる」という選択は、星に手を伸ばす行為。
光り輝く未来を、歪めて落とす、行為。
自由に、望むように未来を変えることは出来ないのに。
最悪の方向に、変えてしまう。

満点の星を見上げると。
いつも、ぼくは自分の罪を思い出す。
だから、ぼくは何時でも空を見上げる。
忘れてはいけないから。
忘れることは、許されないから。

夜空に輝く美しい星は、ぼくにとっては幾千の未来。

ぼくはこれまで、幾つの星を落としてしまったのだろうか。
そして、これから。
幾つの星に、手を伸ばしてしまうのだろう。

ぼくがこんなことを願うのは、間違っているのはわかっている。
願うなら、自分でどうにかするべきなのだ。
願うくらいなら、自分の命など惜しまずに、告げない道を選ぶべき、なのだ。

そうと、わかっていても。
ぼくには、それが、できない。

だから、ぼくは願う。
願う資格がないことを知っていても、願う。

お願いだから、どうか――――・・・。



もうこれ以上、ぼくに星を落とさせないで。




ぼくは今日も夜空を見上げる。

「・・・、・・・弱くて、御免なさい」

呟いても、当然返事はない。
それでも、ぼくは。

謝らずには、いられない。










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目には映らなくても
「お兄ちゃん?」

幼いぼくは、確か目を瞬いたと思う。
ぼくはずっと一人っ子だと思っていたから、とても、驚いた。
母さんは頷いて、自分が16歳の時に生んだ子だと言った。

「今どこに居るの?」
「解らないわ。売ってしまったから」

それはとても自然に言われた言葉で。
ぼくは一瞬、意味を掴み損ねた。

「売って・・・・・?」
「仕方なかったの。あの子は可愛かったわ。でも、あの頃私たちには生きていくためのお金が必要だったし、それに・・・」
「・・・それに・・・・?」

母さんは、にこりと笑う。
次の言葉も、やはり自然に紡がれた。

「それに、あの子は化物だったんだもの」

更に質問を重ねて、ぼくはその「兄さん」がテレパス、つまり思念だけで話をすることができる能力者だったことを知った。
そして両親は、幼い「兄さん」を研究施設に売ったのだと、理解した。
22歳も年が離れていた。
けれど、ちゃんと、血の繋がった「兄さん」がぼくに居たのだと、知った。
ぼくと同じ、異能の。
その後ぼくも「兄さん」と同じく人に売られ、マフィアで「兄さん」の研究データを見つけた。
『「不動匠」こと実験サンプルA-1に関する実験データ』
その書類は、そう銘打たれていた。
蛇の道は蛇、ということなのか、ぼくが買われたマフィアの研究室に、それはあった。
「兄さん」は、ぼくとは違い色々出来た。透視、テレパス、霊視。ぼくと同じ予知もできたらしい。
だから、データは豊富にあった。
書類の最後は、「目標喪失(ロスト)」で終っていた。
一度も会った事のない「兄さん」。
けれど、ぼくはその兄さんが、好きだった。
どんな人か、知らないけれど。
親近感が、あった。
血の繋がりからか、それとも「同類相憐れむ」なのかはわからない。けれど、ぼくは両親よりもよほど見知らぬ兄さんが好きだった。
どんな人だろう。
ずっと、そう、思っていた。
生きているなら、会いたかった。
話して、みたかった。
親子ほどに年の離れた兄さんだけど、妹と、呼んでくれるだろうかと。
そして死んでいるなら。
せめて、お墓を、参りたい、と。
思っていた。


「――――此処が、藍螺のお墓」


ぼくと兄さんは似ているらしい。
ぼくはこの人に呼び止められる未来を視ていた。
呼び止めて、ぼくではない人の名を、この人が呼ぶのを。

この人は、兄さんの友達だった人。

兄さんは。

17歳で、亡くなった、らしい。

実験施設で「A-1」としか呼ばれなかった兄さんは、その研究施設が破棄された後、自分の名前を思い出せなくて。
兄さんを助けてくれた人が、兄さんに名前を付けてくれた、そうだ。
お墓には、桐原藍螺と、名前があった。

兄さんの友達は、お墓の前で微笑む。
けれど目線はお墓ではなく、その、少し上だった。

「少し久しぶりだな、藍螺」

まるでそこに。
誰かが、居るように。
その人は、語りかけた。

ぼくには霊視の能力はない。
けれど。
けれど、けれど。

目には映らなくても、きっとそこには、誰かが居た。

「・・・・・兄、さん・・・?」

ねぇ、あのね、ぼくは。

「・・・・・・・一度でいいから、あなたに、会ってみたかった、よ」

ぼくが生まれた頃には、もうあなたはこの世にはいなかったなんて、そんなの。

ずるい。

手を伸ばしても、やはりそこには何もなかった。










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面倒なんて言わないで
「本当にやるのか?」
「班長命令だし・・・」
「・・・・面倒だな」
「・・・面倒なんて言わないで、さっさとやっちゃおうよ。キョーヤ」

そんな会話が耳に入る。
此処はイタリアなのに、その会話は英語だった。

片方は背の高い日本人。もう片方は、金髪碧眼のアメリカ人。
両方とも男の人で、それぞれスーツを着ていた。
背の高い人はかなり着崩していて、実際それが似合ってる。逆に連れの金髪さんはきっちり着ていて、なんだか妙に可愛らしかった。
少し、首を傾げる。
観光客が英語で話すのは珍しくない。他にもビジネスマンとか、その辺りだったら疑問には思わない。
でも、その二人は、観光客にもビジネスマンにも見えなかった。
一体何をしている人たちなのだろう。
とりとめのない思考。特に、深い意味はない。
目立つ人たちだなぁと、そんな感想を抱いた。

その時は、それだけで。
さほど強く記憶に残っていたわけでもなく、ぼくはほとんどそんなことは忘れていた。
記憶の底に埋もれていた、小さな出来事。
しかしそれが、蘇った。

同じような会話が、耳に入った、から。

「俺はもうアイツの部下じゃないんだけどな」
「セルゲイ次官は使えるものは逃がさない。諦めろ」
「・・・・・面倒だな」
「面倒でもいい。・・・行くぞ、キョーヤ」

振り返ればそこにはいつかの背の高い日本人と、そしていつかとは違う、黒髪の人。
会話は日本語だったけど、それはいつかと似た会話だった。
そしてやはり、彼らは―――というより多分背の高い男の人が、とても目立っていた。

どうして日本に、とか。
むしろ、どうしてイタリアに、と。
そんなことを、漠然と思い。
次に耳元で言われた言葉に、目を見開いた。

「見えたか?あの目立つ二人の明日の行動が知りたい」

ぼくの今日の仕事は、日本にボスたちを追いかけてきたFBIの行動を視ることだったはずだ。
ということは、あの人たちが、FBI。

ただの通りすがりだった小さな記憶が、暗鬱な影を落とす。
知っているというほど、知らない他人。
でも。
ほんの少し、知っていた、人。

「――――――――、―――・・・・」

ぼくの告げた言葉は、あの人たちを、不幸にするだろう。

知らなければ言いというわけでは、ないけれど。
ほんの少しだけでも、知らなければよかったと、思った。









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傾いた塔
ぐらりと。
ぼくの中で、高い塔が音を立てて傾いた。
心が、急速に沈んでいく。

糸が切れた人形のように、その場に崩折れた。

思考が真っ白に染まる。

もう、いい。

そう、思った。

もう、いい。

ぼくは今まできっと、それなりに、頑張った。

どんなに苦しくても、哀しくても、申し訳なくても、泣きたくても。
たくさんの人を犠牲にして、幾つも罪を犯しても。

それでも、生きた。

それは誰のためでもない、ただ自分のためだった。
ぼくは、生きたかった。
生きたかった。
生きて、いたかった。
そしていつか、いつか。


そんな資格はないかもしれないけど、幸せに、なりたかった。


でも、もう、いい。

倒れないように必死に支えてきた塔は、もうボロボロだ。
もう保たない。
今度ばかりは、もう、駄目だ。
傾いた塔は、そのままぼくという人格を支える柱。
もう後は、倒れて崩れるのを待つばかり。

願いを持ったのがいけなかったのか。
自由を望んだのがいけなかったのか。
命を捨てられなかったのがいけなかったのか。
生まれてきたのがいけなかったのか。

多分ぼくは、存在してはいけなかった。

どうして生まれてきてしまったのだろう。
神様は、どうしてぼくのようなモノを作ったのだろう。
どうしてぼくは、もっと早く、諦められなかったのだろう。


頑張らなくて、よかったのに。


頑張らなければ、よかったのに。





涙が一筋頬を伝って、床に小さな染みを描いた。









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答えを出して
「ねぇ、なら、教えて頂戴」

その人は。
ぼくが異能を打ち明けると、妖艶に笑ってそう言った。


「私はあと、何年生きられるのかしら」


普段と変わらない口調で、普段と変わらない笑顔で。

何でもないことのように、「死」を、口にした。

「・・・・・・どうして・・・」
「知りたいから聞いただけよ。他に理由が要るのかしら」
「だって」

だって、普通、人はそんなことは考えない。
考えないようにして、生きてる。

「余命約1から5年、なんですって」

言われたことが、一瞬理解できなかった。

この、強く、美しい人が?

死ぬ?

「でも、1から5年なんて、はっきりしないと思わない?どうせならはっきり知りたいのよ、私」

「余命何年」と言う言葉が、なんて似合わない人だろう。
・・・・・・殺しても、死なないタイプの人なのだ。
なのに。

「本当に?」
「聞いてるのは私よ?さぁ、答えを出して」

あなたは答えを見れるのでしょう?

そう続けられて、困惑に瞳が揺れた。
確かに。
確かに、ぼくは、答えを出せる。
だけど、それは。
教えるべきではないのでは、ないか?
教えてしまったら、それは認識によって不変になる。
選択が、絞られる。

「・・・・嫌」
「あら、残念だわ。折角いい人生設計ができると思ったのに」
「ぼくは、あなたに死んで欲しくないから」
「でも、6年は生きられないそうよ?医者によれば、だけれど」
「わからないよ。医者だって間違える」
「そうね」

存在が美しい人。
生きている光を持っている人。
この人が死ぬなんて、ぼくには思えない。
きっと。

「病魔の方が逃げてくかもしれないしね」
「・・・・あなたの中の私ってどんな人間なのかしら・・・?」
「えっと・・・・最強?」
「お褒めの言葉有難う」
「どういたしまして」

この先まだ、無限の選択が待っているから。

未来は、きっと変わる。

だからぼくは、答えを出さない。










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あとの祭り
気付いた時には、大抵が。


もう、遅い。







未来は選択によって変化する。
すぐ先の未来ほど変わり難く、時間が開く未来ほど変わり易い。
それはその未来が来るまでに、幾つの選択が可能かで変わるのだ。
選択は無限にある。
一歩踏み出すか、踏み出さないか。
目を開けているか、閉じるか。
たったそれだけの選択でも、未来は時に変わる。
もちろん変わらない時もある。
そう。変わって欲しい未来ほど、何をどうしても、変わらないのだけど。

「――――――――・・・・」

ああ。

どうして。

どうして、こんなことに。


「・・・・、・・・・・・・・、・・・・・・」

声が、出ない。

立っていられなくなって、その場にへたりこむ。

絶望に心が塗り潰されて、ただ涙だけが、頬を伝った。

ぼくは選択を間違えた。
知っているのに。
わかっているのに。
先がどうなるか、理解していたはずなのに。
どこで変わってしまったのだろう。
どこで、間違えて、しまったのだろう。

どこで。

こんな未来に、してしまったのだろう。

「・・・っ・・・・・・・・」

ああ。

ああ、もう、誰か。







誰かもう、ぼくを、殺して。











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無限増殖
「ああ、また増えた――――・・・」

ひらりと、白い紙が舞った。

堪り兼ねて、だんっと両手を机に叩きつける。
衝撃で、また2・3枚紙が舞った。

「何で、やってもやってもやっても減らないの!?それどころか増えるの!?」

心の底からの、叫びだった。

隣で若干いつもの精彩を欠いた高埜さんが小さく息を吐く。
彼女の手の中にも、やはり白い紙の束があった。
苛立ちを感じているのは同じだろうに、ぼくのように叫ばずぽつりと零す。

「・・・・・・こんなことなら授業に出ればよかったわ」

ぼくたちが格闘している白い紙。
それはいっそ芸術的なまでにバラバラになっている、この古書喫茶の本の目録だった。
一枚一冊、著者発行年はもちろん、目次やあらすじまで完備。
もともと閉じ方が甘かったのか何なのか、本棚から取ろうとしたら散らばってしまったらしい。

「済みません、皆さん」

そう言って苦笑する青が、この惨状を作り出した張本人だ。
ぼくが来たときには店の床は紙で溢れ、足の踏み場もなかった。
今は紙は机の上にしかないから、片付いたと言えば片付いたんだろうけど。
見て並べて閉じるだけなのに、本当にやってもやっても終わらない。

此処ってこんなに本あったっけ?と、半ば自棄になりつつ思う。
何の偶然か、高埜さんと声が被った。

「「・・・・まさか勝手に増殖してるんじゃ」」

そこで台詞が同時だったことにお互い気付いて、思わず目を合わせて苦笑する。
「そんなわけないよね」と非現実的な台詞を誤魔化そうとした瞬間、青が言葉を挟んだ。


「いやだなぁ、不動さん。本や目録が勝手に増殖するわけないじゃないですかー」


その声音に、高埜さんとぼくの手が、止まった。

青はにこにこと笑っている。
ついさっきの不自然な声などなかったかのように、普段より2割増しくらいの笑顔だ。
自然すぎて、逆に不自然が浮き立つ。

「・・・・・・え・・・」
「・・・冗談、よね?」
「何がです?」

「無限増殖」。
何故か、そんな四文字の漢字が脳裏に翻った。









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心頭滅却すれば
ぼくがたまに行く店。
古いビルの2階にある、ひっそりとした扉の小さな店。
否、それなりの広さはある。けれど、林立された本棚の所為で、とても狭く見える、店。

「古書喫茶」。

喫茶と言ってもメニューもなくほとんどセルフで、出てきてもコーヒー、という、喫茶とは言えないくらいの喫茶店。
本棚に隙間なく並べられたジャンルの様々な本は、閲覧自由持ち出し可。
図書館と違うのは、あまり大勢の人が来ないところと、24時間何時でも開いているところ。それから、置いてあるのは古書が中心であるところか。
ひっそりとした佇まいのドアには店の名前もなく、「welcome」の札が下がっているだけ。
普通の人は、まず、開けない。
ぼくがその店を知った経緯はまぁ、此処では省く。

「いらっしゃい、花梨さん。まだまだ暑いですね」

そう零したのは人当たりのいい、店主の青(せい)。
彼がこの部屋から出たのをぼくは見た事がない。
この部屋は適度な冷房が効いているし、部屋の間取り的に日光があまり入らない構造なので暑くはない、のだけど。
気を使って話題にしてくれたのか、それとも外に出たのか。それが少し謎だ。
寡黙にコーヒーを青の居るカウンターに置くのは従業員の緑(ろく)さん。
どう贔屓目に見ても中学生の青と30台だという緑さん。
これで店主は青なのだから、それも謎といえば謎。
でも、それはぼくが口を出すことではないし、言ってみれば「どうでもいいこと」だ。
大事なのは、誰が店主か、誰が従業員か、そんなことではなくて。

「そうだね。こんにちは、青。緑さんも。今、誰か来てる?」
「ええ。高埜さんがいらしてます」
「ああ、彼女か」

此処はとても、居心地がいいと、いうこと。

入り口から本棚を縫って奥へ行けば、幾つかのテーブルと椅子。
この部屋唯一と言っていい窓の傍の席に、一人の女子高校生。
この店は、店主も従業員もいい人で。
それから、客も選んだようにいい人だ。

「こんにちは」
「御機嫌よう、花梨さん」
「相変わらずの指定席だね。たまには別のところに座ればいいのに」
「気に入ってるのよ、此処」

全寮制の女子高に通っているという高埜鏡子嬢。
お堅いイメージはあるのに、何故かよくここに居る。
昼夜問わず。夜には少し客が増えるからと、ウエイトレスのようなことすらしていた。
彼女もまた、謎といえば謎だ。

そして次によく会うのは、「謎」の塊。

「・・・・・・暑い」

何時の間に後ろに居たのか、声に振り返ればその謎の塊がひっそりと立っていた。
青よりも更に幼い容姿。
けれど自称、ぼくよりもずっと年上。

「東雲さん」
「御機嫌よう、静里香ちゃん」
「また会ったな。花梨、鏡子」

彼女は。
「魔法使い」なのだと、言う。
真偽を問うたり一笑に付すような無遠慮な人は、此処には来ない。
だからぼくも、本当のところはよく知らない。
それでいいと思う。
本当に魔法使いだったらそれはそれで素敵だと、思う。
というか、結構信じてるかもしれない。

「しかしそなたら、青もだが・・・妙に涼しげだな」
「そうかな?」
「そうかしら?ちゃんと暑さは感じているわよ?」
「佇まいがこう・・・なんというか、暑さも裸足で逃げそうだ」
「それ、高埜さんだけじゃ・・・」
「褒められているのか貶されているのか判断が難しいわね」
「とにかく、「あーつーいー!」という叫びが聞こえん。不思議だ」
「そうね・・・強いて言えば、あれかしら」
「「あれ?」」

此処で緑さんがコーヒーを二つ持ってきてくれて、やはり寡黙にテーブルに置く。
何も言わずに去るかと思いきや、ぼそりと、小さく一言呟いた。

「心頭滅却すれば、でしょうか」

三人で目を瞬く。
それから「あれ」と言った高埜さんが、くすりと妖艶に笑った。
彼女はたまに目の毒だと、思う。

「流石ね。心頭滅却すれば火もまた涼し―――要は気力の問題よ」

なるほどと、ぼくと東雲さんは妙な説得力に感心した。

此処は、場所も店主も従業員も客も、不思議な店だ。









//21歳

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制御し難い感情
これ以上、彼を好きになってはいけない。

そう思うのに、思うように、上手く行かない。
どうしてこんなに彼は優しくて、ぼくは甘えてしまうのだろう。
もう会ってはいけない。
彼のためを考えれば、間違いなくそれが正解。
ぼくと関わらせてはいけない。
さようならも告げずに、予知を駆使して、離れるのが、ぼくにできる唯一のこと。
なのに。

なのに。

ああ、どうして。

「・・・・こんばんは」

会えてこんなにも嬉しいと、心が叫ぶ。

既に巻き込んでしまった。
ぼくと関わっていたら、きっとぼくは彼をもっと巻き込んでしまう。
それなのに、ぼくは、また、彼に会いたくなる。
会って、話して、笑顔を見たいと、思う。
甘えてしまう。
彼は優しいから。
彼はとても、優しいから。

いけないのに。
今度だけ、これでおしまい――――何度、そう、思ったことか。

ぼくは、なんて、弱い。

制御し難い感情が、風に翻弄される木の葉のように揺れ動く。

ぼくは。


ぼくは彼に、何を返せるのだろう。









//21歳
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