安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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曖昧な記憶
記憶力はいい方だ。
特に予知の記憶は強い。忘れ辛いと言ったほうが正確かもしれない。
けれど、幾つか妙に曖昧な記憶がある。
何故曖昧なのか。その理由はわかっている。
けれど打開策は、ない。

「聞こえるか、花梨」

こくりと、首だけで頷く。
意識しての動きではない。反射のような、頷き。
思考は混濁している。
自分が何を言っているのか、何をしているのか、何も把握していない。

男が白衣のスタッフに合図して、スタッフは無言でぼくの腕から注射針を抜いた。
注射器の中身は、ぼくの血液に混ざってもうない。
頭がぼおっとして、現実と夢の区別が曖昧な状態。
故意にその状態を作り出した、薬。

これは実験だった。

「俺の側近を知ってるな?」

ぼくはまた頷く。
白衣のスタッフは、やはり黙って部屋を出て行った。

「アイツの5分後の未来を言え」
「・・・・たばこ・・・買う」
「銘柄は?」
「・・・マルボロ。・・・・と・・・青い・・・マイルドセブン」

そして五分後、またスタッフが現れて、男に何かを耳打ちする。
実験結果を聞いて、男はぼくに目を向けて笑った。
くつくつと、楽しそうに、満足げに。
ぼくの頭を、軽く撫でる。
普段そんなことをされたらぼくは絶対に拒否反応を起こすけど、今は何も感じない。

「お前は本当に使える『いい子』だよ、花梨」

焦点の合わない目は、何も映さず。
首振り人形のように、ただ言われた言葉にだけ反応する。

それは道具として、理想の姿。

この実験は嫌いだった。
これはぼくの保障も未来も夢も覆す、恐ろしい実験。

ぼくの意識を薬で奪っても、予知を引き出せるかどうかの、実験。

失敗が続いていた実験は、今回成功した。
どの程度の自我レベルなら予知が成功するか、そのラインが、わかってしまった。
もちろんぼくは、何度目かの実験結果はすべて、よく知らない。
自分の言った言葉も、行った予知も、覚えていないから。
合っていたかいないかも、わからない。

ただ、わかるのは。

目が覚めた後曖昧な記憶の空白の時間があることと、それ以降実験が少なくなったということだけ。

ずきりと、頭が痛む。

腕にある注射の痕が、忌まわしかった。

ぼくは役に立つ。
だから、役に立っているうちは命の補償をされている。けれど。

役に立つのは「ぼく」ではなく、ぼくの持つ「予知」。

このままでは、いつか。

ぼくは、あの男に消されるだろう。

「起きたか、花梨」
「・・・・何したの」
「知りたいか?」
「・・・・・・・・・いい」
「安心しろ、コレは教えない」
「・・・・・・・・・・・・」






――――それでも、打開策は、ない。









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