曖昧な記憶 |
2007年10月4日 22時25分
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記憶力はいい方だ。
特に予知の記憶は強い。忘れ辛いと言ったほうが正確かもしれない。
けれど、幾つか妙に曖昧な記憶がある。
何故曖昧なのか。その理由はわかっている。
けれど打開策は、ない。
「聞こえるか、花梨」
こくりと、首だけで頷く。
意識しての動きではない。反射のような、頷き。
思考は混濁している。
自分が何を言っているのか、何をしているのか、何も把握していない。
男が白衣のスタッフに合図して、スタッフは無言でぼくの腕から注射針を抜いた。
注射器の中身は、ぼくの血液に混ざってもうない。
頭がぼおっとして、現実と夢の区別が曖昧な状態。
故意にその状態を作り出した、薬。
これは実験だった。
「俺の側近を知ってるな?」
ぼくはまた頷く。
白衣のスタッフは、やはり黙って部屋を出て行った。
「アイツの5分後の未来を言え」
「・・・・たばこ・・・買う」
「銘柄は?」
「・・・マルボロ。・・・・と・・・青い・・・マイルドセブン」
そして五分後、またスタッフが現れて、男に何かを耳打ちする。
実験結果を聞いて、男はぼくに目を向けて笑った。
くつくつと、楽しそうに、満足げに。
ぼくの頭を、軽く撫でる。
普段そんなことをされたらぼくは絶対に拒否反応を起こすけど、今は何も感じない。
「お前は本当に使える『いい子』だよ、花梨」
焦点の合わない目は、何も映さず。
首振り人形のように、ただ言われた言葉にだけ反応する。
それは道具として、理想の姿。
この実験は嫌いだった。
これはぼくの保障も未来も夢も覆す、恐ろしい実験。
ぼくの意識を薬で奪っても、予知を引き出せるかどうかの、実験。
失敗が続いていた実験は、今回成功した。
どの程度の自我レベルなら予知が成功するか、そのラインが、わかってしまった。
もちろんぼくは、何度目かの実験結果はすべて、よく知らない。
自分の言った言葉も、行った予知も、覚えていないから。
合っていたかいないかも、わからない。
ただ、わかるのは。
目が覚めた後曖昧な記憶の空白の時間があることと、それ以降実験が少なくなったということだけ。
ずきりと、頭が痛む。
腕にある注射の痕が、忌まわしかった。
ぼくは役に立つ。
だから、役に立っているうちは命の補償をされている。けれど。
役に立つのは「ぼく」ではなく、ぼくの持つ「予知」。
このままでは、いつか。
ぼくは、あの男に消されるだろう。
「起きたか、花梨」
「・・・・何したの」
「知りたいか?」
「・・・・・・・・・いい」
「安心しろ、コレは教えない」
「・・・・・・・・・・・・」
――――それでも、打開策は、ない。
//18歳
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