逸話 |
2007年10月24日 01時39分
|
神無月。
神々は皆、出雲に出向く。
出雲大社を見下ろす高い神木の枝に立つ人影が一つ。
神主のような袴に打掛を羽織り、吹く風に髪を靡かせもせず下界を見下ろしている。
こんな所に風の影響を受けずに立っている者が、ただの人間であるはずがなく。
実はこの男、出雲に滞在中の八百万いる神の一人だった。
長い髪は腰まで流れ、整った輪郭はすっきりと細い。
整った顔をしていると思われるが、断定は出来ない。
何故ならその神の、瞳のある場所には白い布で目隠しがされ、容貌の全ては晒されていなかったからである。
目隠しの神は盲目であることを感じさせもせず細い枝を歩き、先端で足を止める。
体重がないかのように枝は軋みもせず、神もその場から暫し動かない。
そんな折、同じ枝にまた一つ影が現れる。
つい今の今までは確かに誰も居なかったのである。これもやはり同じく、人間であるはずがなかった。
「何してるの?」
「会議には飽いた」
「ふーん。まぁ、もう皆飽きて来てる気がするけど」
「そうかもな。・・・流石に此処は空気がいい。そうでなければ来ないが」
「人間たち、面白い?」
「そうだな。―――ああまたあの子が哀しい目にあっている」
「あの子?・・・ああ、ひーちゃんの目を持ってる人間」
「私があの子にあげたんだ」
見えない目で何を見ているのか、目隠しの神はまっすぐ前に顔を向ける。
後から現れたもう一人は、若干つまらなそうに肩を竦めた。
「物好きだよね、ひーちゃん。人間に目をやるなんて」
これまで大半の者に言われた言葉。
目隠しの神は、ひっそりと笑う。
誰も彼も、言うことは同じなのだ。思うことも、同じ。
神とはあまり面白みがないイキモノだ。
私はまだまだ考え方が若いのだろうかと、そんなことを思う。
「私はあの子が好きなんだよ」
「人間だよ?」
「人間、好きだとも。色んな逸話があって飽きない」
「いつわー?ひーちゃん、ちょっと毒されすぎ」
「そうか」
「そうだよ」
二人の神は誰にも聞こえない声でそんな会話を交わして、取りとめもなく話をする。
彼らは両方とも見た目には年若く見え、格好と纏う雰囲気さえ抜けば普通の人間と同じように見えた。
それでも、彼らは人間ではない。
「でもちょっと知りたいかも。どんな逸話?」
完全に傍観者の構えで、人の営みを覗き見る。
「お前も私とあまり変わらないじゃないか」
「だって俺一番若いし?」
「そう言う問題か?・・・・まぁ、いいよ。では何から話そうか――――・・・」
出雲の宮は神在月。
各地の神が集まり、会議を開く。
会議とは情報交換、役割分担。問題修正に、世間話。
何千年と続く、恒例の。
目隠しの神は今年で何百回目か。
数えるのも馬鹿らしく、覚える気もない。
しかしこの神が目隠しをするようになったのは、たった20年程。
そうあれも、この季節。
『おやお前、私が見えるのか』
口も利けない赤子が、親に連れられて参拝に来ていた。
その、数秒間の、会話とも言えない会話。
赤子はただ、その神をまっすぐ見つめただけだった。
『いい目だね。私が見える人は久しぶりだよ』
一方的な、譲渡。
『――――気に入った。お前に私の目をあげよう』
時の神の気紛れ。
それが赤子の人生を変える。
以って生まれた運命を残忍なまでに粉々に壊しつくし、暴虐なまでに作り変えた。
しかしその人生を悲惨なものにしたのは神ではなく、紛れもなく、「人」。
彼女は今も何も知らない。
物心付いた時から未来が見えた少女は、自分が何時から「そう」だったのかなんて、知っているはずがないのだ。
付けられたばかりの赤子の名は、花梨と言った。
//0歳
続きを読む...
|
コメント(0)|トラックバック(0)|その他|
|
|