カレンダー |
2008年1月12日 22時45分
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カレンダーに一つ、丸を付ける。
約二週間先の、水曜日。
歪な赤い丸だが、少女は満足そうだった。
まだ幼い。4、5歳だろうか。紺色掛かった髪を可愛らしいおかっぱにした、少女。
「花梨?」
満足気にカレンダーを見上げる少女に気付いて、誰かがその後ろ姿に声を掛ける。
声のあとに姿を表したのは、少女と同じ髪色の、大人の男性。
男性を振り返った少女の様子から察するに、恐らく彼女の父親だろう。
少女はぱっと顔を輝かせ、振り向きざま男性の足にぽふりと抱きついた。
男性は微笑んで少女を撫でて、たった今少女が書いた赤丸を目にして首を傾げる。
何の丸だろうか。
その日は別に記念日でもなんでもないし、用事も行事も約束も覚えはない。
疑問に思いながら少女を見れば、少女はいかにも得意げに、「誉めて」というようなきらきらした瞳で彼を見上げていた。
子供のすることだ。特に意味はないのかもしれない――――――・・・そう思いつつも、彼は娘にそれを訊ねる。
「何の日かな?」
そして少女は、弾んだ声でこれに答えた。
「ままがよろこぶひっ!」
ぱちくりと、目を瞬く。
やはり子供の言うことかと、微笑ましくも苦笑した。さっぱりよくわからない。
「そうか、楽しみだね」
「うん、たのしみっ」
普通なら。
子供の悪戯。意味のない、当てずっぽうの。
それで終わってしまう話。
けれど。
二週間後の、水曜日。
応募した懸賞が偶然当たって歓声を挙げた男性の妻が、記念にカレンダーに丸をつけようと言いだして。
「あら?今日何かあったかしら?もう丸がついてるわ」
男性の顔から微笑みが、消えた。
ママが、喜ぶ、日。
偶然?
反射的に自分で答えた。
いいや、多分、違う。
気付けば今まで他にもあったと思い至る。
あれも。これも、それも!
彼は娘の眠る部屋を見やり、そして。
また、微笑みを顔に浮かべた。
「花梨が書いたんだよ」
「あら、そうなの」
「うん、どうやらあの子は匠と同じみたいだ」
「あら・・・そうなの」
「うん」
それが少女の未来が確定した日の、会話だった。
//4歳
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暖かいところに行きたい・・・ |
2008年1月11日 22時37分
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此処は寒くて、冷たくて。
暗い、場所。
それはまるで地の底のような。
それはまるで、太陽の光も届かない空の果てのような。
温度のない、ところ。
地から生えた鎖に繋がれたぼくは、逃げる術もなく。
そしてまた、逃げる場所もない。
開いているだけで何も見ていないぼくの視界に、この場所の「主」が、ぼんやりと映る。
彼は此処の支配者で。
ぼくは彼の道具。
やがて「主」が、何かを言った。
音が耳を滑る。
わからない。
今、なんて、言った?
もう一度、「主」は口を動かす。
声は聞こえているはずなのに、耳に脳に体に染み込んでいるはずなのに、何を言われているのかわからない。
聞き直そうにも喉は張りつき、唇は鉛のように重い。
ぼくの虚ろな反応に彼は笑う。
満足気に、見えた。
そしてぴくりとも動けないぼくの耳元に唇を寄せて、もう一度、何かを言った。
前の二回と同じ言葉。
それはわかるのに、何を言っているのかは全然わからなかった。
けれど識る。
体のなかの何かが、告げた。
それは決して消えない言葉。
「主」が、ぼくから離れる。
次の言葉は、ちゃんと認識できた。
認識できたからと言って、返事ができたわけではなかったけれど。
「――――――――・・・・・いい子だ、花梨」
麻痺していた色々なものが、溶けだしていく感覚。
真っ先に蘇るのは、恐怖と苦痛。
涙が一筋だけ、目から零れた。
「忘れるな。お前は何処へも逃げられない」
暖かいところに行きたい、と。
思った。
理性はいとも簡単に、自分の思考を嘲笑する。
そんなところ、お前には存在しないのに。
//13歳
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白く埋めつくす |
2008年1月6日 22時35分
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そこは「カジュ」と言う名の、国境近くの小さな村だった。
一面の白に煉瓦の壁の家。
大きな建物と言えば教会一軒くらいの、こじんまりとした集落。
さくりと雪を踏んで丘からその村を見下ろして、思わず目を逸らした。
それは数日前、視た景色。
ああ。
着いて、しまった。
隣で神父の格好をしたぼくの「持ち主」が、唇を持ち上げる。
「間違いないな?」
ぼくは逸らした目をもう一度村に向け、教会をじっと見て。
首を振りたい衝動に駆られる。
頷きたく、なかった。
此処は未来の分岐点。
「花梨」
答えを促す声。
鋭い眼差し。
びくりと、肩が震えた。
そしてぼくは。
血が出るほど強く手を握って、ゆっくりと、頷いた。
・・・・・・頷いて、しまった。
数日前に命じられて未来を視た男は、これから此処に来る。
ぼくらと同じく不法入国をして、勝手に作った秘密の地下通路から教会へ。
・・・・・撃たれた足を、引き摺りながら。
この村は彼の避難所だった。
そして彼はまず、何も知らずに教会に住んでいる、神父さんを―――――・・・
・・・・・・けれどぼくが未来を告げたから、未来は変わった。
彼は。
これから入れ替わるぼくの隣の「神父」に、・・・・・・殺される。
彼にしてみれば、返り討ちに会う形だろうか。
そして本物の神父さんは。
最初の犠牲者に、なる。
「お前は此処に居ろ。・・・ディオ」
「はい。持ち物の管理は私にお任せを」
「任せる」
つい、反射的に行かせたくないと体が動く。
雪の影響もなく滑らかに動く「神父」の服の裾を掴もうとした腕は、背後に控えた男――――「ディオ」に取られて背中に回され拘束される。
「っ――――――!」
関節が悲鳴をあげた。
片手であっさりとぼくの動きを封じた「ディオ」は余った片手で銃を抜く。
冷たい感触が首の裏に当たって、ぼくは声を飲み込んだ。
「イツキの邪魔をするな」
低く冷たい、小さな声。
けれどそれで、十分すぎるほど十分だった。
でも。
だって、どうして。
どうして止めないでいられる?
白い雪に被さって視える色彩。
静かな今では想像も出来ない、音。
ぼくにはそれがわかるのに!
ぼくが。
ぼくの言葉が、それを引き起こしたのに!
何かできないのかと焦燥を浮かべたぼくに、ふと、小さな笑い声が聞こえる。
銃口はそのままに、腕だけが離された。
ぼくは知っている。これは。
蔑む、視線。
「今更」
心臓に太い杭を打ち込まれたように、衝撃が駆け抜けた。
今更。
今更、何を言うのか。
「ディオ」は、そう言ったのだ。
言葉がぼくを深く抉る。
それは聞きたくなかった事実で、だからたった一言で感情はずたずたに引き裂かれた。
いまさら。
もう、遅い――――――・・・・・
お前のそれは偽善だと。
此処であがくことが何になる、と。
彼は嘲笑った。
そしてそれは、その通りなのだ。
たーんっ、と。
長く響いた猟銃の音が雪に溶ける。
それが惨劇の始まり。
つい数分前に視た画が、聴いた音が、現実になる。
神父服のぼくの「持ち主」が戻ってきて、「ディオ」は銃を下げる。
それから彼に一礼して、白い斜面を下りていった。
ぼくは。
何もできない。
「止めたい」と思うことすら、烏滸がましい。
自ら、引き起こしておいて、今更。
何ができると言うのだろう。
「生存者は?五分後、動いてる人間は居るか?」
視界に映ったのは、雪の降る中をよろけながら必死に進み穴を掘る、一人の少女。
ぼくは目を閉じて、そして。
「いない」と、答えた。
惨劇が終わり。
再び静かになった村に雪が降り積もる。
雪は、まるで何事もなかったかのように、村を白く埋めつくした。
そして消えない罪がまたひとつ。
//15歳
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初夢 |
2008年1月2日 02時14分
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夢を見た。
哀しいのか苦しいのかそれとも嬉しいのか、わからない、夢。
或いはそれは未来だったのかもしれない。
ぼくの能力が予知夢となって現れることは、そんなに珍しいことではなかったから。
それはぼくが死ぬ夢だった。
起きたら泣いていた。
ぼくはナイフか何かで刺されていて、一瞬では死ななかった。
立つことのできないぼくを、誰かが抱いてくれていた。
ぼくは死にたくなかった。
だけど一人で死なないことが、嬉しかった。
誰かは血の止まらないぼくを抱えて、泣いていた。
ぼくは、それが。
嬉しかった。
けれど、泣かせてしまったことが、哀しかった。
苦しかった。
せめて、一言。
言いたいと思う。
夢なのに、思考は夢だと知らないから、それは真剣な「想い」だった。
奇跡を願う。
声よ。
喉よ。
一言。たった一言で、いいから。
「――――――・・・、・・・・・・」
ありがとう?
ごめんなさい?
さようなら?
ううん、違う。
ぼくが、言いたいの、は―――――
そしてそこで、ぼくは目を開けたのだ。
誰だろう、と、思う。
ぼくが死んで泣く人なんて、誰もいないのに。
刺されて倒れて、支えてくれる人なんて、誰も。
心理学的に、夢は願望の形なのだと聞いた。
願望と経験が交ざる、幻。
「自身の死」。
意味は逃避か、離脱。
奇しくもそれは、今年の初夢だった。
願望か幻か、それとも未来か。
ただ真実とわかるのは、夢に感じた感情だけ。
//19歳
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今年の抱負、いってみましょう! |
2008年1月1日 22時38分
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小学校の、2年生のとき。
初めて「書初め」の、宿題が出た。
それは一年の抱負を、書に認めること。
ぼくは墨汁で服も手も、顔まで汚しながら、せっせと筆を繰った。
教室で墨を使うことはあまりなかったから、楽しかった。
室内も当然のように汚してしまったので、それだけは失敗した思い出として残っている。
3年生のとき。
二度目の「書初め」は昨年よりも上手く書けて、拙い字ではあったけど、展覧会で賞を取った。
とは言っても金から始まる賞ではなく、佳作、だったけど。
嬉しくて、ぼくは書道が好きになった。
4年生の、とき。
ぼくはぼくが普通とは「違う」ことを理解していて、だから予知はあまり使わないようにしていて。
何か視えても、言わないように、心がけていた時期。
自分を。
殺した時期。
「書初め」は勢いをなくして、少し歪に見えた。
5年生。
最後の、お正月。
ぼくはもう、「売られる」未来を見ていた。
必死で「いい子」になろうとしていた。
ぼくを捨てないで欲しかった。
ぼくはそこに居たかった。
ぼくが必要だと言って欲しかったから、言われたことはなんでも頑張った。
両親に予知を請われれば。
ちゃんと視て、告げた。
――――・・・その後それを録画した数本のビデオが、ぼくを売る際にぼくの能力の「証明」として使われたのだと、知るのだけど。
その時はとにかく、必死で。
自分で自分の首を絞めていたことには、気付いていなかった。
書いたのは。
「継続」
そのまま。
このまま、時が続けば、いいと。
そんな、願い。
抱負でも何でもないと、今は思う。
そしてそれ以来、ぼくは「書初め」とは無縁になった。
「今年の抱負?」
きょとん、と。
聞き返す。
聞かれた言葉の意味は知っていても、理解が追いつかなかった。
「ええ。折角だもの、考えてみたら?」
差し出される筆。
大きな長い半紙には、もう既に幾つか言葉が書かれていた。
まるで寄せ書きのようだ。
「抱負・・・・」
ぼくが。
達成したいと、望むこと。
筆を受け取って、半ば反射的に、手が動いた。
書いたのは最後の書初めと同じく、たった二文字。
「離脱」
そして意図的には正反対の、言葉だった。
//21歳
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