安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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白く埋めつくす
そこは「カジュ」と言う名の、国境近くの小さな村だった。
一面の白に煉瓦の壁の家。
大きな建物と言えば教会一軒くらいの、こじんまりとした集落。

さくりと雪を踏んで丘からその村を見下ろして、思わず目を逸らした。
それは数日前、視た景色。

ああ。
着いて、しまった。

隣で神父の格好をしたぼくの「持ち主」が、唇を持ち上げる。

「間違いないな?」

ぼくは逸らした目をもう一度村に向け、教会をじっと見て。
首を振りたい衝動に駆られる。
頷きたく、なかった。
此処は未来の分岐点。

「花梨」

答えを促す声。
鋭い眼差し。
びくりと、肩が震えた。

そしてぼくは。
血が出るほど強く手を握って、ゆっくりと、頷いた。
・・・・・・頷いて、しまった。

数日前に命じられて未来を視た男は、これから此処に来る。
ぼくらと同じく不法入国をして、勝手に作った秘密の地下通路から教会へ。
・・・・・撃たれた足を、引き摺りながら。
この村は彼の避難所だった。

そして彼はまず、何も知らずに教会に住んでいる、神父さんを―――――・・・


・・・・・・けれどぼくが未来を告げたから、未来は変わった。
彼は。
これから入れ替わるぼくの隣の「神父」に、・・・・・・殺される。
彼にしてみれば、返り討ちに会う形だろうか。
そして本物の神父さんは。


最初の犠牲者に、なる。


「お前は此処に居ろ。・・・ディオ」
「はい。持ち物の管理は私にお任せを」
「任せる」

つい、反射的に行かせたくないと体が動く。
雪の影響もなく滑らかに動く「神父」の服の裾を掴もうとした腕は、背後に控えた男――――「ディオ」に取られて背中に回され拘束される。

「っ――――――!」

関節が悲鳴をあげた。

片手であっさりとぼくの動きを封じた「ディオ」は余った片手で銃を抜く。
冷たい感触が首の裏に当たって、ぼくは声を飲み込んだ。

「イツキの邪魔をするな」

低く冷たい、小さな声。
けれどそれで、十分すぎるほど十分だった。

でも。
だって、どうして。
どうして止めないでいられる?

白い雪に被さって視える色彩。
静かな今では想像も出来ない、音。
ぼくにはそれがわかるのに!
ぼくが。
ぼくの言葉が、それを引き起こしたのに!

何かできないのかと焦燥を浮かべたぼくに、ふと、小さな笑い声が聞こえる。
銃口はそのままに、腕だけが離された。
ぼくは知っている。これは。

蔑む、視線。

「今更」

心臓に太い杭を打ち込まれたように、衝撃が駆け抜けた。
今更。
今更、何を言うのか。
「ディオ」は、そう言ったのだ。

言葉がぼくを深く抉る。

それは聞きたくなかった事実で、だからたった一言で感情はずたずたに引き裂かれた。

いまさら。
もう、遅い――――――・・・・・

お前のそれは偽善だと。
此処であがくことが何になる、と。
彼は嘲笑った。
そしてそれは、その通りなのだ。

たーんっ、と。
長く響いた猟銃の音が雪に溶ける。
それが惨劇の始まり。
つい数分前に視た画が、聴いた音が、現実になる。

神父服のぼくの「持ち主」が戻ってきて、「ディオ」は銃を下げる。
それから彼に一礼して、白い斜面を下りていった。
ぼくは。
何もできない。
「止めたい」と思うことすら、烏滸がましい。
自ら、引き起こしておいて、今更。
何ができると言うのだろう。

「生存者は?五分後、動いてる人間は居るか?」

視界に映ったのは、雪の降る中をよろけながら必死に進み穴を掘る、一人の少女。
ぼくは目を閉じて、そして。

「いない」と、答えた。

惨劇が終わり。
再び静かになった村に雪が降り積もる。
雪は、まるで何事もなかったかのように、村を白く埋めつくした。



そして消えない罪がまたひとつ。









//15歳
12月15日「雪だるまを並べ」の花梨視点
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