安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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あなたの一番怖いもの
ぼくが一番怖いもの。それは。

「――――・・・花梨」

それは、声。
この男(ひと)の、声だ。

びくりと肩が跳ねる。
振り返りたくなくて自分で自分の腕を掴んで、ぎゅっと握った。
それでも震えは納まらない。

「花梨」

振り向きたくない。
――――――振り向けない。

後ろから髪を引かれて、頭皮が悲鳴を上げた。
反射的に、顎が持ち上がる。
声の主がぼくの前に姿を表して、視界に映った。
目を、覗き込まれる。

この、目も。
怖い。
この、人は。
こわい、ひと。

「呼んだら答えろと、教えなかったか?」

恐怖が心を縛る。
歯向かえない。
逆らえない。

「っ・・・・はい・・・」

きっと永久に、慣れることは、ない。









//13歳
コメント(0)トラックバック(0)10〜15歳
 


鬼は逃げた?
「鬼は、逃げるのかな」

ふと思いついて、そう、聞いた。
豆を撒かれて、外へと追いやられて。
言われるがままに、逃げるのだろうか。

節分で追い払われる「魔」の象徴。
古くから病気や災厄の元とされる、見えないモノ。
けれど。
逃げなくてはいけない何かを、彼らはしたのだろうか。
病気の原因はウイルスで。
災厄は鬼だけの所為じゃない。
全ての罪を被せて、追い払い、安堵して。

「・・・・何処に逃げるんだろう」

迎えてくれる場所はあるのだろうか。
逃げ帰る場所は、あるのだろうか。

そんなことを、思う。

「こんなこと考えるなんて、変かな?」

苦笑したら、「そんなことはない」と、言ってくれた。
ぼくはそれが嬉しくて、ほっとする。

ぼくの予知の所為で犠牲になった人は沢山居る。
ぼくが予知をしたから、死んでしまった人が、沢山居る。
そして全てをぼくの予知の所為にして逃げた人も、沢山、居る。
ぼくは異端の「バケモノ」だから、多くに蔑まれ、疎まれながら、利用された。
「お前があんなことを、言わなければ」――――・・・それはとても、よく言われた言葉。
ぼくは否定しなかった。
否定しても無駄だと知っていたし、それに。
それでその人が楽になれるなら、それでいいと思った。
それと半数以上は、その言葉が事実でもあった。

「鬼は外」と、言われて。
鬼は無事、逃げたのだろうか。
逃げ帰るべき場所に、帰れたのだろうか。

逃げ切れずに囚われていないといい、と、思う。









//21歳
コメント(0)トラックバック(0)21歳以降
 


食べ物を粗末にしちゃ駄目
「鬼は、そと。福は、うち」

神社の豆まきを見て、少女はとても感動していた。
彼女には、豆が撒かれるごとに空気が変わっていくことがわかった。
宮司が文言を口にするたびに、「何か」がなくなっていくことがわかった。
凄いと思った。

帰りに大豆の入った小さな袋を貰って、少女は家路を急ぐ。
家では自分が、宮司の代わりをしようと、幼い義務感を抱いて。

「おにはーそと、ふくはうち!」

貰ってきた豆を撒く。
あまり外には飛ばなかったけど、それでも少しは効果があったように少女には思えた。
神社のように、明確にはわからなかった、けど。
それでも少女は満足だった。

帰宅した少女の母親は、散らばった大豆を見て、首を傾げる。

「・・・花梨?」

少女は手の掛からない子供だった。
悪戯も滅多にしないし、聞き分けのいい、楽な子供。

「お母さん!」
「花梨がやったの?」
「うん!」


「駄目じゃない。食べ物を粗末にしちゃ」


ぱちんと。

少女の中の小さな正義感と満足感が、弾けて消えた。

「・・・、・・・ごめんなさい」

少女は悲しげに、そう、言った。









//7歳
コメント(0)トラックバック(0)0〜9歳
 


目から鱗が落ちた
「――――――、え」

耳に入った声に、つい。
目を見開いて、手を止めた。

振り返る。

微笑んだその人は、優しい目のまま、はっきりと頷いた。

「・・・・・・ほんとうに?」

反射的に、嘘だ、と思う。
そんなことあるはずがないと。
だってぼくは。
たくさんの人を、蹴落として、不幸にして、生きてきたのに。
たくさんの、人を。
犠牲に生き長らえてきたのに。

「誰でも。生きている限り、誰でも。幸せになりたいと思っていいのよ。幸せになっていい。当たり前じゃない」

当たり前。
当然だと断言され、目から鱗が落ちたような気がした。
生きているかぎり、誰でも。
ぼくでも。

幸せになりたいと、思っていい?

「・・・・・・、・・・本当に。いいのかな」

今度も彼女は頷いてくれて。
胸が熱くなる。
見ている風景が歪んで、ぎゅっと目を瞑った。

「・・・ら、なら、ぼく」

彼女に倣って、微笑みを浮かべる。
暫らくぶりの微笑は、少し歪んだ。

「なら、ぼく、結婚したい、な。それで、子供を生みたい。それで、それでさ、その子を、幸せにしてあげたい」

望んでも、いいのかな。

目の前の彼女は、笑って。

本当に嬉しそうに、笑って。

「いいのよ」

そう言った。

嬉しい。
うれしい。
嬉しかった。

だから次に視えた未来に、血の気が引いた。

叫ぶ。

嫌だ。
待って。
止めて。
お願い。
お願いだから――――・・・!



戸惑う彼女の後ろに、悪夢のような、影が差した。



「困るな。俺のモノに余計なことを教えないでくれないか」



それが、初めてぼくを助けようとしてくれたた人の、記憶。










//12歳
コメント(0)トラックバック(0)10〜15歳
 


人の夢は儚いの?
夢には力があると、思っていたことがあった。
人は強く、夢を武器に戦える、と。
思っていたことが、あった。

それは幻想だと、思い知ったけれど。

人の夢、と書いて、「はかない」と読む。
触れれば壊れてしまう。
乱暴に扱えば、すぐに。
ガラスよりも脆い、それ。

壊すのは簡単だと、教えられた。



「残念だったな」



笑うことが出来るのは、一人だけ。

ああ今日も、此処では夢の壊れる音がする。









//14歳
コメント(0)トラックバック(0)10〜15歳
 



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