お疲れ様でした! |
2007年12月29日 23時15分
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初めてだらけだった。
初めての履歴書、初めて会う人。
初めての制服。
「いらっしゃいませ」と言うのも、「有難う御座いました」と言うのも。
商品を並べるのもレジを打つのも、どれもこれも、「初めて」。
ぼくの知る「仕事」とは、全然違う、普通の「仕事」。
一日だけの派遣のアルバイト。
申し込んだのは、あの組織からのものではない、お金がほしかったから。
けれど申し込んでよかったと、思った。
知らない人と会話する。
それはマニュアル通りの会話だけど、けれどちゃんと会話で。
触れあいで。
同じアルバイトの人とも、他愛のない話を、して。
楽しかった。
仕事は多少疲れたしかなり緊張もしたけれど、それでも。
とても、楽しかった。
契約の時間は午後6時まで。
制服から着替えて、制服は畳んで所定の場所へ。
簡易の名札も制服に添えて、更衣室を出る。
その、直前に。
「お疲れ」
何度か同じ場所で作業した、ぼくと同じくらいの年格好の、女の人。
名札で知った、苗字は「畑中さん」。
何気ない言葉だったのだろう。特にぼくを気にした様子もなく、ただ口をついた。
言葉は伝染し、他のアルバイトも口々に同じ言葉をぼくに投げかける。
誠意があるとか。
真剣な、言葉じゃない。
ただ自然な、言葉。
それがとても、嬉しかった。
「――――――・・・お疲れ様でした!」
ぼくは今日のことを、忘れないと、思う。
//21歳
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やり残した事 |
2007年12月28日 01時13分
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生前、俺は所謂「超能力者」だった。
残念ながら紛い物ではない、本物の。
能力は念動力(サイコキネシス)、精神感応(テレパシー)、そして断片的且つ突発的な、予知能力(プロコグニション)。
望んで持っていたものではなかったが、死ぬまで捨てることも叶わなかった。
その「所為」で何か起こったことは多々あっても、「おかげ」となると数少ない。
生きているうちに、捨てられたなら。きっと俺の人生はまた違っていたのだろう。
そう。
俺は死者だ。自覚はある。
俺は死んだ。突然ではあったが予想外ではない、交通事故で。
望んで動いた結果だったから、それについては何も後悔はない。
しかし、死んだはずの俺は、何故かまだ「此処」に居た。
「能力」の所為か、もしくはおかげかもしれない。しかし実際の理由はわからない。
ただ、俺の死を自分の所為だと責める親友が放って置けなくて、俺は自然の摂理に逆らい続けることを選んだ。
選んだ理由はそれだったが、今は選んでよかったといえる理由が他にたくさんある。
俺は生前より死後の方が、幸せだったように思う。
幽霊である俺を知覚できる人間は少なかったが、その代わり、見える者は幸い皆優しかった。
最初の理由だった親友も、もう心配ない。
次にできた理由も、やはりもう解決した。
もうやり残した事は、ない。
これから、どうしようか。
流石にもう、長居しすぎたかもしれないと。
そんな風に、思っていた、その、矢先だった。
「妹」の。
存在を、知ったのは。
聞かされて、驚いた。
見て更に、驚いた。
血を分けた、兄妹。
肉親?
「何だソレは?」というのが、一番近い。
俺はそんなものは知らない。
俺が知っているのは、俺を研究所から救い上げてくれた、暖かい「母」だけ。
知っているのは、実の両親は俺を研究所へ売り払ったという、事実だけ。
そして衝撃的なことに、その「妹」も、また。
――――――――「超能力者」、だった。
愕然とした。
最初に哀れみが湧いた。
次に親しみが湧いた。
霊視の能力はないらしい彼女が己の墓の前で涙を流すのを見て、愛しさが、込み上げた。
20も年が離れている、娘のような妹。
俺が死んだ時には、まだ生まれても居なかった、彼女。
もう、やり残した事など、未練など、ないと、思ったのに。
俺に何が出来るだろう。
現世にほとんど干渉できない、この身で。
それでも俺は、彼女を放っておけないと、思ってしまった。
太陽の暖かさも感じない姿で、空を見上げる。
ああ。
まだ俺は、この先には、行けない。
//桐原藍螺
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薄氷の上を歩くように |
2007年12月27日 23時33分
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ぼくの命はぼくの物ではない。
生かすも、殺すも。
全ては「彼」の、声一つ。
「花梨」
この人に名前を呼ばれるのが、嫌だ。
ぼくを呼ぶのは使うため。
出される命令は、どれも恐ろしい。
けれどぼくにはその声に振り向かないという選択肢は、ない。
「・・・・・はい」
顔を見上げる。
嘲笑を刻んだ唇を目にした辺りで、視線を逸らした。
目は。
見たくない。
冷えた暗い瞳は、絶望を呼起こすから。
でも、逃れられるはずがない。
顎を取られて、無理やり目を覗きこまれた。
怖い。
この人の目は、ぼくの世界を黒く塗り潰す。
試される。
ぼくの心を。
ぼくの力を。
ぼくという、存在を。
まだぼくを、生かしておく意味があるか、どうか。
「三日前、見せた男を覚えているか」
「・・・・覚えてる」
「そいつが今日、夕飯で何番目の席に座るか視ろ」
それは薄氷の上を歩くような、行為。
「・・・・・・、・・・・さん、番目」
顎から手が離される。
同時にもう用はないと、視線も外された。
もし。
この予知が、外れたら。
ぼくの足元の氷は砕け散る。
延々と。
ぼくは果てのない、薄い氷の道を往く。
//14歳
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冬といえば鍋 |
2007年12月26日 03時16分
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「冬と言えば?」
言われて、首を傾げた。
素直に浮かんだのは、白い雪とか。
特に深く考えず、そのまま答えた。
「・・・・雪?」
「ぶー」
擬音語が返ってくる。
どうやらハズレ、らしい。
しかしどの答えを求められていたかがさっぱりわからなくて、ぼくはやはり首を傾げた。
そもそも店に足を踏み入れて開口一番聞かれたものだから、唐突すぎだと思う。
古書喫茶の店主はにこりと笑って、いつも通りに口を開いた。
「冬といえば、鍋です」
・・・・・・・は?
ぼくは数秒、意味を掴み損ねて固まった。
鍋?
「あれ、ご存じないですか?鍋」
「いや・・・えっと、多分、知ってるけど」
「冬といえば鍋だと思うんです。ということで、用意してみました」
「・・・・此処に?」
「ええ、此処に」
此処は何時の間に鍋料理を出すようになったのだろう。
現実逃避気味に、そんな風に考える。
しかしそんなぼくに構わず、奥からは本当に鍋をしているような声がしてきた。
「・・・・これ、何かしら」
「ふむ・・・・食べてみればわかるのではないか?」
「嫌よ」
「それは私に食べろと言う意味か、お主」
「さぁ?・・・・コレってもしかして闇鍋?」
「闇鍋とは暗くしてやるものではなかったか」
・・・・しかもちょっと行きたくない会話内容だ。
どんな鍋があるのだろう。
取り出して何かわからない具って一体。
目の前の会話相手はあくまでもにこにこと、人の良い笑みを浮かべている。
「さ、不動さんも、折角ですからどうぞ」
要らないとは、言えない「何か」が、あった。
//21歳
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雪だるまを並べ |
2007年12月25日 02時08分
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こんな田舎の山奥の小さな村なんて、あの悪魔にはどうにでもできるものだった。
山の上だから雪が深くて、冬は隣町に行くことすらできない、陸の孤島。
あの悪魔にとっては、好都合な。
私たちは、村の人間は誰も何も知らなかったのに。
この村に何かが隠されてるとか、誰かが逃げてきていたとか。そんなことは、何も。
田舎だから村人は皆顔見知りで、親戚みたいなもので。
朗らかに明るく、日々を普通に過ごしていただけなのに。
あの悪魔は、そんなことは微塵も関係なく、この村を踏みにじった。
黒い髪、黒い目、黒い服。
青い黒髪のバケモノを連れた、悪魔が!
銃声。
悲鳴。
炎の色。
血の色。
ついさっきまで無縁だったものが、瞬く間に増えていき。
阿鼻叫喚を、この目で見た。
どうしてこんなことに・・・・・!!
その言葉だけが、空しく思考を埋め尽くす。
あの男は、悪魔だった。
この村は、悪魔に気に入られてしまったのだ。
何処へ行っても死体と銃弾が転がっている。
誰を訪ねても、もう息をしていない!
いつも降る雪も、まるで悪魔の味方のように思えた。
雪に足を取られて、何度も転ぶ。
此処も駄目。
此処も、だめ。
此処も。
ああどうか。
どうかどうかどうか、誰か・・・っ!!
一人でも、いいからっ!!
けれど願いは空しく、悪魔はそれほど優しくはなかった。
悪魔とバケモノの声が、聞こえる。
「生存者は?五分後、動いてる人間は居るか?」
「・・・・・・」
「花梨。さっさと答えろ。『仕事』だ」
「・・・・・・・・・いない・・・・」
バケモノは嘘をついたと思った。でもそれがどういうことかまでは、思考が働かない。
だって、私は生きてるのに。
それだけを、思う。
いないわけ、ないのに。
その所為で死ねなかったのだと悟ったのは、全てが終ってから。
優しさ?
情け?
―――――フザケルナ。そう思う。
悪魔の癖に。
バケモノの癖に!
思ったのは、さっきも言った通り、全てが終ったあとだったけど。
悪魔とバケモノが去って、その手先が教会を爆破して、何かを回収して。
私は感覚のなくなった手足を無理やり動かして、皆を。
・・・・・・動かなくなった、皆を、小さな村の、小さな広場に、引き摺って。
爪がはがれるのも無視して、穴を掘った。
一心不乱に。
何をしているのかも考えず、ただ、動いた。
気にしなかった。
考えなかった。
考えたら、もう、何もできなくなると、わかっていた。
穴を掘って、埋めて。
また穴を掘って、埋めた。
何度も何度も何度も、機械的にそれを繰り返した。
雪はいつもと変わらず、しんしんと降り続いて居た。
蹂躙された足跡が雪に覆われていく。
毒々しい赤が、白に隠されていく。
瓦礫も捨てられた銃も、化粧を施されたように、白を被って。
全部埋め終えてから、次に、雪だるまを作った。
板なんて探せなかったから。
石なんて、雪に埋もれてよくわからなかったから。
並べる。
並べる、並べる、並べる。
一つ作って、また一つ作って、もう一つ作って。
笑っていたことを思い出しながら。
話していた人を思い出しながら。
代わりのように。
空っぽの村に、誰かを住まわせるように。
でも雪だるまは、喋らないけど。
涙は流した端から凍っていった。
「・・・・私の村は悪魔に滅ぼされたの」
「悪魔・・・?」
「そう。黒髪で黒い目の、悪魔」
あの悪魔のことは、今でも忘れていない。
あのバケモノの、声も。
「ねぇあなた、知らない?」
私は並んだ雪だるまに、復讐を、誓った。
//15歳
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