安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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お疲れ様でした!
初めてだらけだった。

初めての履歴書、初めて会う人。
初めての制服。
「いらっしゃいませ」と言うのも、「有難う御座いました」と言うのも。
商品を並べるのもレジを打つのも、どれもこれも、「初めて」。

ぼくの知る「仕事」とは、全然違う、普通の「仕事」。

一日だけの派遣のアルバイト。
申し込んだのは、あの組織からのものではない、お金がほしかったから。
けれど申し込んでよかったと、思った。

知らない人と会話する。
それはマニュアル通りの会話だけど、けれどちゃんと会話で。
触れあいで。
同じアルバイトの人とも、他愛のない話を、して。

楽しかった。
仕事は多少疲れたしかなり緊張もしたけれど、それでも。
とても、楽しかった。

契約の時間は午後6時まで。
制服から着替えて、制服は畳んで所定の場所へ。
簡易の名札も制服に添えて、更衣室を出る。
その、直前に。

「お疲れ」

何度か同じ場所で作業した、ぼくと同じくらいの年格好の、女の人。
名札で知った、苗字は「畑中さん」。
何気ない言葉だったのだろう。特にぼくを気にした様子もなく、ただ口をついた。
言葉は伝染し、他のアルバイトも口々に同じ言葉をぼくに投げかける。
誠意があるとか。
真剣な、言葉じゃない。
ただ自然な、言葉。

それがとても、嬉しかった。

「――――――・・・お疲れ様でした!」

ぼくは今日のことを、忘れないと、思う。









//21歳
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やり残した事
生前、俺は所謂「超能力者」だった。
残念ながら紛い物ではない、本物の。
能力は念動力(サイコキネシス)、精神感応(テレパシー)、そして断片的且つ突発的な、予知能力(プロコグニション)。
望んで持っていたものではなかったが、死ぬまで捨てることも叶わなかった。
その「所為」で何か起こったことは多々あっても、「おかげ」となると数少ない。
生きているうちに、捨てられたなら。きっと俺の人生はまた違っていたのだろう。

そう。
俺は死者だ。自覚はある。

俺は死んだ。突然ではあったが予想外ではない、交通事故で。
望んで動いた結果だったから、それについては何も後悔はない。
しかし、死んだはずの俺は、何故かまだ「此処」に居た。
「能力」の所為か、もしくはおかげかもしれない。しかし実際の理由はわからない。
ただ、俺の死を自分の所為だと責める親友が放って置けなくて、俺は自然の摂理に逆らい続けることを選んだ。
選んだ理由はそれだったが、今は選んでよかったといえる理由が他にたくさんある。

俺は生前より死後の方が、幸せだったように思う。

幽霊である俺を知覚できる人間は少なかったが、その代わり、見える者は幸い皆優しかった。

最初の理由だった親友も、もう心配ない。
次にできた理由も、やはりもう解決した。
もうやり残した事は、ない。

これから、どうしようか。

流石にもう、長居しすぎたかもしれないと。
そんな風に、思っていた、その、矢先だった。


「妹」の。
存在を、知ったのは。


聞かされて、驚いた。
見て更に、驚いた。

血を分けた、兄妹。
肉親?
「何だソレは?」というのが、一番近い。
俺はそんなものは知らない。
俺が知っているのは、俺を研究所から救い上げてくれた、暖かい「母」だけ。
知っているのは、実の両親は俺を研究所へ売り払ったという、事実だけ。

そして衝撃的なことに、その「妹」も、また。



――――――――「超能力者」、だった。



愕然とした。
最初に哀れみが湧いた。
次に親しみが湧いた。
霊視の能力はないらしい彼女が己の墓の前で涙を流すのを見て、愛しさが、込み上げた。

20も年が離れている、娘のような妹。
俺が死んだ時には、まだ生まれても居なかった、彼女。

もう、やり残した事など、未練など、ないと、思ったのに。

俺に何が出来るだろう。
現世にほとんど干渉できない、この身で。
それでも俺は、彼女を放っておけないと、思ってしまった。
太陽の暖かさも感じない姿で、空を見上げる。

ああ。




まだ俺は、この先には、行けない。









//桐原藍螺
コメント(0)トラックバック(0)その他
 


薄氷の上を歩くように
ぼくの命はぼくの物ではない。
生かすも、殺すも。
全ては「彼」の、声一つ。

「花梨」

この人に名前を呼ばれるのが、嫌だ。
ぼくを呼ぶのは使うため。
出される命令は、どれも恐ろしい。
けれどぼくにはその声に振り向かないという選択肢は、ない。

「・・・・・はい」

顔を見上げる。
嘲笑を刻んだ唇を目にした辺りで、視線を逸らした。
目は。
見たくない。
冷えた暗い瞳は、絶望を呼起こすから。
でも、逃れられるはずがない。
顎を取られて、無理やり目を覗きこまれた。
怖い。
この人の目は、ぼくの世界を黒く塗り潰す。

試される。
ぼくの心を。
ぼくの力を。
ぼくという、存在を。
まだぼくを、生かしておく意味があるか、どうか。

「三日前、見せた男を覚えているか」
「・・・・覚えてる」
「そいつが今日、夕飯で何番目の席に座るか視ろ」

それは薄氷の上を歩くような、行為。

「・・・・・・、・・・・さん、番目」

顎から手が離される。
同時にもう用はないと、視線も外された。

もし。
この予知が、外れたら。

ぼくの足元の氷は砕け散る。

延々と。
ぼくは果てのない、薄い氷の道を往く。









//14歳
コメント(0)トラックバック(0)10〜15歳
 


冬といえば鍋
「冬と言えば?」

言われて、首を傾げた。
素直に浮かんだのは、白い雪とか。
特に深く考えず、そのまま答えた。

「・・・・雪?」
「ぶー」

擬音語が返ってくる。
どうやらハズレ、らしい。
しかしどの答えを求められていたかがさっぱりわからなくて、ぼくはやはり首を傾げた。
そもそも店に足を踏み入れて開口一番聞かれたものだから、唐突すぎだと思う。
古書喫茶の店主はにこりと笑って、いつも通りに口を開いた。


「冬といえば、鍋です」


・・・・・・・は?

ぼくは数秒、意味を掴み損ねて固まった。

鍋?

「あれ、ご存じないですか?鍋」
「いや・・・えっと、多分、知ってるけど」
「冬といえば鍋だと思うんです。ということで、用意してみました」
「・・・・此処に?」
「ええ、此処に」

此処は何時の間に鍋料理を出すようになったのだろう。
現実逃避気味に、そんな風に考える。
しかしそんなぼくに構わず、奥からは本当に鍋をしているような声がしてきた。

「・・・・これ、何かしら」
「ふむ・・・・食べてみればわかるのではないか?」
「嫌よ」
「それは私に食べろと言う意味か、お主」
「さぁ?・・・・コレってもしかして闇鍋?」
「闇鍋とは暗くしてやるものではなかったか」

・・・・しかもちょっと行きたくない会話内容だ。
どんな鍋があるのだろう。
取り出して何かわからない具って一体。

目の前の会話相手はあくまでもにこにこと、人の良い笑みを浮かべている。

「さ、不動さんも、折角ですからどうぞ」

要らないとは、言えない「何か」が、あった。









//21歳
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雪だるまを並べ
こんな田舎の山奥の小さな村なんて、あの悪魔にはどうにでもできるものだった。
山の上だから雪が深くて、冬は隣町に行くことすらできない、陸の孤島。
あの悪魔にとっては、好都合な。
私たちは、村の人間は誰も何も知らなかったのに。
この村に何かが隠されてるとか、誰かが逃げてきていたとか。そんなことは、何も。
田舎だから村人は皆顔見知りで、親戚みたいなもので。
朗らかに明るく、日々を普通に過ごしていただけなのに。

あの悪魔は、そんなことは微塵も関係なく、この村を踏みにじった。
黒い髪、黒い目、黒い服。
青い黒髪のバケモノを連れた、悪魔が!

銃声。
悲鳴。
炎の色。
血の色。

ついさっきまで無縁だったものが、瞬く間に増えていき。
阿鼻叫喚を、この目で見た。

どうしてこんなことに・・・・・!!

その言葉だけが、空しく思考を埋め尽くす。

あの男は、悪魔だった。
この村は、悪魔に気に入られてしまったのだ。

何処へ行っても死体と銃弾が転がっている。
誰を訪ねても、もう息をしていない!
いつも降る雪も、まるで悪魔の味方のように思えた。
雪に足を取られて、何度も転ぶ。
此処も駄目。
此処も、だめ。
此処も。

ああどうか。
どうかどうかどうか、誰か・・・っ!!


一人でも、いいからっ!!


けれど願いは空しく、悪魔はそれほど優しくはなかった。

悪魔とバケモノの声が、聞こえる。

「生存者は?五分後、動いてる人間は居るか?」
「・・・・・・」
「花梨。さっさと答えろ。『仕事』だ」
「・・・・・・・・・いない・・・・」

バケモノは嘘をついたと思った。でもそれがどういうことかまでは、思考が働かない。
だって、私は生きてるのに。
それだけを、思う。
いないわけ、ないのに。

その所為で死ねなかったのだと悟ったのは、全てが終ってから。

優しさ?
情け?

―――――フザケルナ。そう思う。

悪魔の癖に。
バケモノの癖に!

思ったのは、さっきも言った通り、全てが終ったあとだったけど。

悪魔とバケモノが去って、その手先が教会を爆破して、何かを回収して。
私は感覚のなくなった手足を無理やり動かして、皆を。
・・・・・・動かなくなった、皆を、小さな村の、小さな広場に、引き摺って。
爪がはがれるのも無視して、穴を掘った。
一心不乱に。
何をしているのかも考えず、ただ、動いた。
気にしなかった。
考えなかった。
考えたら、もう、何もできなくなると、わかっていた。

穴を掘って、埋めて。
また穴を掘って、埋めた。
何度も何度も何度も、機械的にそれを繰り返した。
雪はいつもと変わらず、しんしんと降り続いて居た。
蹂躙された足跡が雪に覆われていく。
毒々しい赤が、白に隠されていく。
瓦礫も捨てられた銃も、化粧を施されたように、白を被って。
全部埋め終えてから、次に、雪だるまを作った。
板なんて探せなかったから。
石なんて、雪に埋もれてよくわからなかったから。

並べる。
並べる、並べる、並べる。
一つ作って、また一つ作って、もう一つ作って。
笑っていたことを思い出しながら。
話していた人を思い出しながら。
代わりのように。
空っぽの村に、誰かを住まわせるように。
でも雪だるまは、喋らないけど。

涙は流した端から凍っていった。









「・・・・私の村は悪魔に滅ぼされたの」
「悪魔・・・?」
「そう。黒髪で黒い目の、悪魔」

あの悪魔のことは、今でも忘れていない。
あのバケモノの、声も。

「ねぇあなた、知らない?」

私は並んだ雪だるまに、復讐を、誓った。









//15歳
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