安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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傾いた塔
ぐらりと。
ぼくの中で、高い塔が音を立てて傾いた。
心が、急速に沈んでいく。

糸が切れた人形のように、その場に崩折れた。

思考が真っ白に染まる。

もう、いい。

そう、思った。

もう、いい。

ぼくは今まできっと、それなりに、頑張った。

どんなに苦しくても、哀しくても、申し訳なくても、泣きたくても。
たくさんの人を犠牲にして、幾つも罪を犯しても。

それでも、生きた。

それは誰のためでもない、ただ自分のためだった。
ぼくは、生きたかった。
生きたかった。
生きて、いたかった。
そしていつか、いつか。


そんな資格はないかもしれないけど、幸せに、なりたかった。


でも、もう、いい。

倒れないように必死に支えてきた塔は、もうボロボロだ。
もう保たない。
今度ばかりは、もう、駄目だ。
傾いた塔は、そのままぼくという人格を支える柱。
もう後は、倒れて崩れるのを待つばかり。

願いを持ったのがいけなかったのか。
自由を望んだのがいけなかったのか。
命を捨てられなかったのがいけなかったのか。
生まれてきたのがいけなかったのか。

多分ぼくは、存在してはいけなかった。

どうして生まれてきてしまったのだろう。
神様は、どうしてぼくのようなモノを作ったのだろう。
どうしてぼくは、もっと早く、諦められなかったのだろう。


頑張らなくて、よかったのに。


頑張らなければ、よかったのに。





涙が一筋頬を伝って、床に小さな染みを描いた。









//22歳?(21歳以降)
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正論を振りかざす
「親は子供を育てる義務がある!」

ぼくの目の前で、会話は行われた。

それはぼくとはまったく関係ない、ただ別の人と別の人の会話。
子供を捨てようとしている人と、それを止めようとしている人の。

「俺が生んだわけじゃない!」
「生まれてきた子に罪はないだろう!」
「本当に俺の子かどうかも怪しいんだぞ!?」
「子供は親に、愛される権利があるんだ!」

言い合いは続く。

子供を捨てるなんて、最低の人間のすることだ。

―――――では、子供を売るのは?

考え直せ、この子は何も悪くない。

―――――では、悪い異能の子は、いいの。

一方は完全な言い逃れで、一方は世間一般的にとても正しい。
けれどぼくは、その正しい人の言葉にいちいち傷ついた。

「可哀想だと思わないのか、その子が!」

あなたはぼくを、可哀想だと思うの。
なら、あなたは。


ならあなたは、ぼくに何かをしてくれるの?


台詞の一つ一つを聞く度に、心が冷える。
ああ、ぼくは。

何故だかとても、哀しかった。










//12歳

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コメント(0)トラックバック(0)10〜15歳
 


答えを出して
「ねぇ、なら、教えて頂戴」

その人は。
ぼくが異能を打ち明けると、妖艶に笑ってそう言った。


「私はあと、何年生きられるのかしら」


普段と変わらない口調で、普段と変わらない笑顔で。

何でもないことのように、「死」を、口にした。

「・・・・・・どうして・・・」
「知りたいから聞いただけよ。他に理由が要るのかしら」
「だって」

だって、普通、人はそんなことは考えない。
考えないようにして、生きてる。

「余命約1から5年、なんですって」

言われたことが、一瞬理解できなかった。

この、強く、美しい人が?

死ぬ?

「でも、1から5年なんて、はっきりしないと思わない?どうせならはっきり知りたいのよ、私」

「余命何年」と言う言葉が、なんて似合わない人だろう。
・・・・・・殺しても、死なないタイプの人なのだ。
なのに。

「本当に?」
「聞いてるのは私よ?さぁ、答えを出して」

あなたは答えを見れるのでしょう?

そう続けられて、困惑に瞳が揺れた。
確かに。
確かに、ぼくは、答えを出せる。
だけど、それは。
教えるべきではないのでは、ないか?
教えてしまったら、それは認識によって不変になる。
選択が、絞られる。

「・・・・嫌」
「あら、残念だわ。折角いい人生設計ができると思ったのに」
「ぼくは、あなたに死んで欲しくないから」
「でも、6年は生きられないそうよ?医者によれば、だけれど」
「わからないよ。医者だって間違える」
「そうね」

存在が美しい人。
生きている光を持っている人。
この人が死ぬなんて、ぼくには思えない。
きっと。

「病魔の方が逃げてくかもしれないしね」
「・・・・あなたの中の私ってどんな人間なのかしら・・・?」
「えっと・・・・最強?」
「お褒めの言葉有難う」
「どういたしまして」

この先まだ、無限の選択が待っているから。

未来は、きっと変わる。

だからぼくは、答えを出さない。










//21歳
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突き刺さる言葉
ぼくは断罪を受ける。





「お前がっ・・・!お前が“狂った時計”か!」

ぼくと同い年くらいだろうか。
少女はぼくを真っすぐに睨み付けて、悲痛に叫ぶ。

「お前があんな予知をするから、兄貴は―――――・・・・・!!」

この建物に銃器は持ち込めない。
持って入れるのは、ファミリーの幹部だけ。
この建物、だけは。
例外がない限り、銃を抜いてはいけない。

だから、だろうか。
少女が取り出したのは、鈍く光る銀色の。

「お前の所為で、兄貴は死んだんだっ!」

突き刺さる、言葉。

今までどれだけの未来を狂わせてきたのだろう。
今までどれだけ、誰かを不幸にしてきたのだろう。
今まで、どれだけ。

命を奪ってきたのだろう。

ぼくが視なければ。
ぼくが告げなければ。
ぼくが。



「兄貴が死んでお前が生きているなんて、オレは絶対認めないっ!」



ぼくが、いなければ。



少女はナイフを振り上げる。
振り下ろす先は正確に、ぼくの左胸。

―――――視えたのは、床に溢れる赤い、血。

けれど刄がぼくに届く、直前に。


ぱんっ、と、まるで出来の悪い玩具のような、軽い音が、した。


崩れ落ちる少女の瞳から、涙が零れ落ち。
ついさっき視た赤い床が、目の前に、出来た。

今まで少女が立っていた位置を緩慢に見れば、そこには、銃を構えた男の姿が見える。
ああ、彼は、幹部、だから。
・・・・・だから?
思考が上手く働かない。

立ち上る硝煙の匂いと広がる鉄錆の匂い。
動かなくなった少女と、近寄る靴音。
握られたままの、ナイフ。

酷く、唐突に。
今何が起きたのかを、脳が理解した。

「――――――――っ!!」

叫んだのは確かにぼくだった筈なのに、何故か、声は声にならなかった。
込み上げる吐き気。
気持ち悪い血の匂い。
動かない、動かない、人の形の、肉塊。
光の宿らない瞳は、未だぼくを真っすぐに睨み付けて。

「っ・・・、う・・・ぁ・・ぁ・・・・、あ・・・・・!っ、いやあぁあああ――――――っ!!」

もう、何を嘆けばいいのか、よくわからなかった。

『お前の所為で―――――』

脳裏に蘇るのは、そんな声。

ボクノセイデ、タクサンノヒトガシンダノニ。

どうしてぼくは、生きているのだろう。

どうしてぼくは。


それでも生きたいと、浅ましくも思ってしまうのだろう。










//17歳
コメント(0)トラックバック(0)16〜20歳
 


あとの祭り
気付いた時には、大抵が。


もう、遅い。







未来は選択によって変化する。
すぐ先の未来ほど変わり難く、時間が開く未来ほど変わり易い。
それはその未来が来るまでに、幾つの選択が可能かで変わるのだ。
選択は無限にある。
一歩踏み出すか、踏み出さないか。
目を開けているか、閉じるか。
たったそれだけの選択でも、未来は時に変わる。
もちろん変わらない時もある。
そう。変わって欲しい未来ほど、何をどうしても、変わらないのだけど。

「――――――――・・・・」

ああ。

どうして。

どうして、こんなことに。


「・・・・、・・・・・・・・、・・・・・・」

声が、出ない。

立っていられなくなって、その場にへたりこむ。

絶望に心が塗り潰されて、ただ涙だけが、頬を伝った。

ぼくは選択を間違えた。
知っているのに。
わかっているのに。
先がどうなるか、理解していたはずなのに。
どこで変わってしまったのだろう。
どこで、間違えて、しまったのだろう。

どこで。

こんな未来に、してしまったのだろう。

「・・・っ・・・・・・・・」

ああ。

ああ、もう、誰か。







誰かもう、ぼくを、殺して。











//22歳?(21歳以降)
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