安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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あなたに願うこと
ぼくと結婚してくれる、奇特な誰かへ。
あなたに願うことは、唯一つ。

ぼくを愛さなくていいから、ぼくとあなたの子を愛して下さい。

その子を幸せにして下さい。
家を作ってあげて下さい。
変える場所を、作ってあげて下さい。
慈しんで、育ててあげて下さい。
ぼくと結婚してくれるような人だから、問題ないと思うけど。
大切に、してあげて下さい。

それが、ぼくの、願いです。

あなたはぼくを責めるでしょう。
こんな生き方しかできなくて、御免なさい。
あなたを傷つけることになって、御免なさい。
けれどあなたなら大丈夫。
あなたはぼくが居なくても、大丈夫。
あなたの一番は他にある。
だから、ぼくのことは忘れてください。

まだ、先はどうなるかわからないけれど。
全ての憂いが解決して結婚できると思えるほど、ぼくは楽天家ではないから。
きっとぼくは、あなたに色々なことを隠して結婚するでしょう。
だからきっと、ぼくはあなたから離れるでしょう。
あなたには怒る権利がある。
ぼくは幾らでも嫌いになっていいから、ぼくの子供は、愛してください。

まだ見もせぬあなた。
居るかどうかすらわからない、あなた。

どうか、ぼくの願いを叶えてください。









//21歳
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夜空に輝く・・・
満点の星空を見上げてじっとしている時、ぼくはいつも未来を思う。
能力を使うとぼくの目に映る光景。
未来(さき)の景色。
未来の数は選択の数。
星の数ほどに未来がある。
この降るような星空の光と同じだけ、人には未来が待っている。
ぼくは人よりほんの少しだけ、その星を間近で見れるだけ。
そう。見れる、だけ。

手を伸ばしても、決して届かない。
届いては、いけない。

未来を望むように変える力は、ぼくにはない。
その権利も、ない。

ぼくの言葉は悪戯に選択を惑わせるだけ。
ぼくの行動は、人に選択を限らせるだけ。
だから本当は、ぼくは何も言ってはいけない。

なのに。
そう、解っていながら。

ぼくは星を落とすような、罪を犯す。

ぼくが「告げる」という選択は、星に手を伸ばす行為。
光り輝く未来を、歪めて落とす、行為。
自由に、望むように未来を変えることは出来ないのに。
最悪の方向に、変えてしまう。

満点の星を見上げると。
いつも、ぼくは自分の罪を思い出す。
だから、ぼくは何時でも空を見上げる。
忘れてはいけないから。
忘れることは、許されないから。

夜空に輝く美しい星は、ぼくにとっては幾千の未来。

ぼくはこれまで、幾つの星を落としてしまったのだろうか。
そして、これから。
幾つの星に、手を伸ばしてしまうのだろう。

ぼくがこんなことを願うのは、間違っているのはわかっている。
願うなら、自分でどうにかするべきなのだ。
願うくらいなら、自分の命など惜しまずに、告げない道を選ぶべき、なのだ。

そうと、わかっていても。
ぼくには、それが、できない。

だから、ぼくは願う。
願う資格がないことを知っていても、願う。

お願いだから、どうか――――・・・。



もうこれ以上、ぼくに星を落とさせないで。




ぼくは今日も夜空を見上げる。

「・・・、・・・弱くて、御免なさい」

呟いても、当然返事はない。
それでも、ぼくは。

謝らずには、いられない。










//21歳
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目には映らなくても
「お兄ちゃん?」

幼いぼくは、確か目を瞬いたと思う。
ぼくはずっと一人っ子だと思っていたから、とても、驚いた。
母さんは頷いて、自分が16歳の時に生んだ子だと言った。

「今どこに居るの?」
「解らないわ。売ってしまったから」

それはとても自然に言われた言葉で。
ぼくは一瞬、意味を掴み損ねた。

「売って・・・・・?」
「仕方なかったの。あの子は可愛かったわ。でも、あの頃私たちには生きていくためのお金が必要だったし、それに・・・」
「・・・それに・・・・?」

母さんは、にこりと笑う。
次の言葉も、やはり自然に紡がれた。

「それに、あの子は化物だったんだもの」

更に質問を重ねて、ぼくはその「兄さん」がテレパス、つまり思念だけで話をすることができる能力者だったことを知った。
そして両親は、幼い「兄さん」を研究施設に売ったのだと、理解した。
22歳も年が離れていた。
けれど、ちゃんと、血の繋がった「兄さん」がぼくに居たのだと、知った。
ぼくと同じ、異能の。
その後ぼくも「兄さん」と同じく人に売られ、マフィアで「兄さん」の研究データを見つけた。
『「不動匠」こと実験サンプルA-1に関する実験データ』
その書類は、そう銘打たれていた。
蛇の道は蛇、ということなのか、ぼくが買われたマフィアの研究室に、それはあった。
「兄さん」は、ぼくとは違い色々出来た。透視、テレパス、霊視。ぼくと同じ予知もできたらしい。
だから、データは豊富にあった。
書類の最後は、「目標喪失(ロスト)」で終っていた。
一度も会った事のない「兄さん」。
けれど、ぼくはその兄さんが、好きだった。
どんな人か、知らないけれど。
親近感が、あった。
血の繋がりからか、それとも「同類相憐れむ」なのかはわからない。けれど、ぼくは両親よりもよほど見知らぬ兄さんが好きだった。
どんな人だろう。
ずっと、そう、思っていた。
生きているなら、会いたかった。
話して、みたかった。
親子ほどに年の離れた兄さんだけど、妹と、呼んでくれるだろうかと。
そして死んでいるなら。
せめて、お墓を、参りたい、と。
思っていた。


「――――此処が、藍螺のお墓」


ぼくと兄さんは似ているらしい。
ぼくはこの人に呼び止められる未来を視ていた。
呼び止めて、ぼくではない人の名を、この人が呼ぶのを。

この人は、兄さんの友達だった人。

兄さんは。

17歳で、亡くなった、らしい。

実験施設で「A-1」としか呼ばれなかった兄さんは、その研究施設が破棄された後、自分の名前を思い出せなくて。
兄さんを助けてくれた人が、兄さんに名前を付けてくれた、そうだ。
お墓には、桐原藍螺と、名前があった。

兄さんの友達は、お墓の前で微笑む。
けれど目線はお墓ではなく、その、少し上だった。

「少し久しぶりだな、藍螺」

まるでそこに。
誰かが、居るように。
その人は、語りかけた。

ぼくには霊視の能力はない。
けれど。
けれど、けれど。

目には映らなくても、きっとそこには、誰かが居た。

「・・・・・兄、さん・・・?」

ねぇ、あのね、ぼくは。

「・・・・・・・一度でいいから、あなたに、会ってみたかった、よ」

ぼくが生まれた頃には、もうあなたはこの世にはいなかったなんて、そんなの。

ずるい。

手を伸ばしても、やはりそこには何もなかった。










//21歳
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面倒なんて言わないで
「本当にやるのか?」
「班長命令だし・・・」
「・・・・面倒だな」
「・・・面倒なんて言わないで、さっさとやっちゃおうよ。キョーヤ」

そんな会話が耳に入る。
此処はイタリアなのに、その会話は英語だった。

片方は背の高い日本人。もう片方は、金髪碧眼のアメリカ人。
両方とも男の人で、それぞれスーツを着ていた。
背の高い人はかなり着崩していて、実際それが似合ってる。逆に連れの金髪さんはきっちり着ていて、なんだか妙に可愛らしかった。
少し、首を傾げる。
観光客が英語で話すのは珍しくない。他にもビジネスマンとか、その辺りだったら疑問には思わない。
でも、その二人は、観光客にもビジネスマンにも見えなかった。
一体何をしている人たちなのだろう。
とりとめのない思考。特に、深い意味はない。
目立つ人たちだなぁと、そんな感想を抱いた。

その時は、それだけで。
さほど強く記憶に残っていたわけでもなく、ぼくはほとんどそんなことは忘れていた。
記憶の底に埋もれていた、小さな出来事。
しかしそれが、蘇った。

同じような会話が、耳に入った、から。

「俺はもうアイツの部下じゃないんだけどな」
「セルゲイ次官は使えるものは逃がさない。諦めろ」
「・・・・・面倒だな」
「面倒でもいい。・・・行くぞ、キョーヤ」

振り返ればそこにはいつかの背の高い日本人と、そしていつかとは違う、黒髪の人。
会話は日本語だったけど、それはいつかと似た会話だった。
そしてやはり、彼らは―――というより多分背の高い男の人が、とても目立っていた。

どうして日本に、とか。
むしろ、どうしてイタリアに、と。
そんなことを、漠然と思い。
次に耳元で言われた言葉に、目を見開いた。

「見えたか?あの目立つ二人の明日の行動が知りたい」

ぼくの今日の仕事は、日本にボスたちを追いかけてきたFBIの行動を視ることだったはずだ。
ということは、あの人たちが、FBI。

ただの通りすがりだった小さな記憶が、暗鬱な影を落とす。
知っているというほど、知らない他人。
でも。
ほんの少し、知っていた、人。

「――――――――、―――・・・・」

ぼくの告げた言葉は、あの人たちを、不幸にするだろう。

知らなければ言いというわけでは、ないけれど。
ほんの少しだけでも、知らなければよかったと、思った。









//21歳

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願掛け
マフィアの男と契約した日から、ぼくは髪を伸ばした。
願掛けだった。
それで何がどうなるわけでもない、小さな願掛け。

10年間伸ばし続けた髪は、それなりの長さになって。
見たことのない「兄さん」ととても似ているらしい髪の色は、黒というより若干紺色に思える。
人の目を惹くほどに、目立った。
実際伸ばしていても邪魔なだけだったりはしたが、それでも、ぼくは髪を切ろうとはしなかった。

「・・・・・本当にいいんですか?お客様」

後ろからの声に、ふと、物思いから浮上する。
大したことを考えていたわけではないから、すぐに微笑んだ。
鏡越しに、声の主と目を合わせる。


「はい。お願いします」


しゃきん、と。
軽い涼しげな音がして、長年付き合った重みが、あっという間になくなった。

それはまるで繋がれていた鎖が切れた様に似て。

契約は成った。
あの男は、「ボス」になった。
だから約束も果たされる。

ぼくは今日から、自由だった。

願掛けは、もう要らない。


「・・・・・・・・有難う御座います」


仕事からは逃れられないけれど。

それでもこれは、確かに、ぼくの手に入れた自由だった。










//20歳
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