安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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叶うなら
叶うなら。

彼女に幸せなって欲しいと、思う。

叶うなら。

彼女には俺とは違う、道を歩いて欲しいと思う。



この身はもう、随分前に朽ち果てた。
俺の身体は死を迎え、魂だけが未だに此処にある。
妹が自分の墓の前に現れる日が来るとは、予想もしていなかった。
そもそも妹が居たことを知らなかった。当然と言えば当然で、妹が生まれた時もう既に俺は死んでいた。
親子ほどに年の離れた、互いのことなどろくに知らない兄妹。
それでも彼女は、俺に会いたかったと、泣いてくれた。
俺と同じ髪の色の、少女。

血を分けた、家族。

自然の摂理に逆らったこの身でも、願いを抱くことが許されるなら。
神に祈る資格が、少しでもあるのならば。

どうか、と、願う。

どうか、彼女を、不動花梨を。
これ以上傷つけることなく、幸せにしてやってください。










//桐原藍螺

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過去に囚われることなく
どんどん積み重なっていく罪を、忘れることは許されるのだろうか。

ぼくの所為で不幸になった人たちを顧みず、ぼくが幸せになることは、許されるのだろうか。

今までずっと「幸せになりたい」と生きていた筈なのに、今になって、ばくは躊躇う。
今までは、到底叶わぬ夢だった。
叶えたいと思ってはいたけれど、おぼろげで不定型な、幻。

それが小さくほんの少しだけ形を見せて。

どうして今までこんな簡単なことに気付かなかったのかと思うほど、ぼくは、揺らぐ。

数年だけ、だから。
きっと数年しか、続かないから。

だから?

だから―――――・・・


だから、許してとでも、言うつもりか。


過去に囚われることなく幸せになる、なんて。
ぼくに、許されるはずがない。










//21歳?(21歳以降)
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この広い世界のどこで
ぼくは自分の目で見た事のある人の未来しか視れない。
意図的でも偶然でも、直接目で見たことがなければ基本的に未来は視れない。
場所に関しては、見たことがあるだけでは駄目だ。
ぼくが居る場所の未来のみ、視れる。
それがぼくの異能。

でも、それが全てではない。

5年に一度かそれくらい。
本当に稀に、ぼくが知らない場所の、知らない人の、未来が見えることがある。

それはまったく操作できなくて、不意に浮かぶ映像。
他愛もない未来だったり悲惨なものだったり、それも様々。法則性はない。
もしかしたら、幻覚なのかもしれない。
そう思うほど、まったく見知らぬ風景が、目に映る。
それが視えたところで一体何処だかも解らないから、無用だと、マフィアは判断した。
ぼくも、そう思う。
本当に稀だし、どうにも、できない。
視える、だけ。
本当に、視えるだけだ。

この広い世界のどこでそれが起きるのか、ぼくには検討も付かない。

本当に起きるのか。
本当に、それは未来なのか。
本当に。
その場所は、この世界にあるのか。

どれもわからない。
ぼくは、何故かそれが視えるだけ。

そしてまた、それは不意に視界を過ぎった。

崖が。
崩れる、光景。

思わず、立ち上がる。
無意味な仕草をしたぼくを、何人かが奇異の目で見やった。

それは言ってみれば、ただの、白昼夢。
本当にそれが起こったか確かめようがないのだから、幻と大差ない。
けれど。
けれど、もし。

世界のどこかでそれが起こっていて、ぼくはそれを知っていたのに、放置しているとしたら?

身も知らぬ場所の光景が視えるのは本当に稀だから。
普段はあまり、思い出さない。
けれど視えてしまうと、暫く、囚われる。

あれはどこの。
あれは、いつの。
未来?

もし解っても、結局ぼくには何もできないのに。

思いは尽きない。

この、広い広い世界の、どこで。

―――――いつか、これが予知なのか幻なのかを確認出来る日が、来るといい。
そして、その時には。

ほんの少しだけでもいいから、何か、できればいい。









//17歳
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電池の寿命
「あ・・・」

ぷつんと切れた光に、小さく声を零す。
電池が切れたのだと、すぐにわかった。

電池は消耗品だ。
だから、いつかは切れる。それはわかっているし、慣れている。
でも、何故か。
いつも、とても淋しい気分になる。

電池の寿命。
役に立つうちは遠慮容赦なく使われて、使えなくなると捨てられて。
そして、また新しい電池が使われる。
それはまるで。

「もう視たくない?」

鼻で笑う男の言葉を思い出す。
もうこれ以上、人を不幸にする予知をしたくないと、告げた時のことだった。
ぼくと契約を交わした男は、ぼくの首を片手で掴み、持ち上げる。
気管が圧迫されて、ひゅうと喉が鳴った。

「なぁ花梨。お前は何か勘違いしてないか?」

ぐっと、手の力は強く込められ。
反射的にその手を退けようと手が動くけど、ぼくの力如きじゃその手はびくともしない。
男は、ぼくの苦しみ方を見て、嘲笑を浮かべた。

「お前は道具だ。使えなくなるまで、黙って使われろ。意思も命もお前のもんじゃない、俺のものだ」

そこで唐突に手は離されて、ぼくはコンクリートの地面に落下する。
塞き止められていた空気が急に入り込み、咽て咳き込んだ。
生理的に涙が零れ、肩で息をする。
そのぼくを覗き込んで、彼は言った。

「使い捨てなんだよ。次そんなこと言ってみろ・・・脅しじゃなく、殺して捨てる」

そしてその夜、ぼくは自分の未来を覗き視る。
不意に過ぎった未来は、ぼくの寿命が来る日の光景。
ぼくの、力が消える、その日の。

寿命を遂げた電池を、指の腹で小さく撫でる。
有難う、と、心の中で呟いた。
その電池を。
危険物として、袋に、入れる。
ゴミ箱に。
捨てる。

いつも、淋しい、気分になる。

それはまるで、いつかのぼくの姿。










//18歳
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家が、燃えていた。
塀に囲まれた、日本家屋。
古い家。俺が15年間、住み続けていた、家。
平屋の木造家屋はいとも簡単に火を受け入れ、周囲が赤く染まる。

パチパチと爆ぜる音の中で、俺は自分の影が火に照らされて躍るのを、じっと見ていた。

口の端が、ゆっくりと持ち上がる。

「・・・・・、・・・・・・・」

床も壁も家具も畳も。
幾多の人も、全て炎が飲み込んだ。

「・・・くっ・・・は、は・・・くくっ、はははっ!!はははははっ!」


笑いが、止まらなかった。


「ざまあみろ」と、つい思う。
高らかに笑いを零しながら、手にしていたナイフを投げ捨てた。

畳が吸った赤も、ナイフにこびり付いた赤も、炎の赤に照らされて判別つかない。

目の前の骸が最期に言った言葉が、嘲笑を引き起こした原因だった。
骸は、一応血の繋がった、男。
父親という、生き物。

「何故」と。
そんなことを、言った。

何故?


「それが解らないから、お前は精々三流なんだよ、「組長」」


俺は家族(てき)の首を手土産に、此処から上へと這い上がる。

信頼できる家族も、苦労を分かち合う友人も、そんなものは無用だ。
欲しいとも思わないし、そもそも居たからどうなるものでもない。
俺が、欲しいのは。

役に立つ道具と、踏み台になる、屍。

俺の前には誰も居ないその高みまで、俺は上る。





――――使い勝手のいい、未来がわかる便利な道具を手に入れるのは、それから3年後。

小賢しいガキの形をしたその道具は、不動花梨と名乗った。










//樹閃月(いつき せんげつ)

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