LDK |
2007年10月16日 21時56分
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約10年ぶりに一人で外に出た日。
真っ先に、ぼくは空港に向かった。
独学の聞き取り英語は完璧とは言い難く、四苦八苦しながら、それでも目指したのは空港だった。
―――――日本、だった。
結局パスポートはないわお金はないわで、すぐには飛行機には乗れなかったのだけど。
ぼくは、帰りたかった。
ぼくの、生まれた国へ。
ぼくの、生まれた場所へ。
すぐには帰れないと知って、ぼくは方針を変えた。
頼み込んで料金を後払いにして貰い、ホテルを借りて。
銀行に口座を作って、「仕事」に報酬を貰うことに決めた。
自由になっても、どうせ仕事からは逃れられない。
それから逃げようとしたら、永遠に囚われるだけだ。
なら、少しでも、損害を与えてやろうと思った。
金額は、昔決めた額と同じ。
今度は借金の返済ではなく、預金になる。
たった一ヵ月で、預金はアメリカドルで0が4つ並んだ。
その頃にはパスポートも再発行の手続きが済んだ。
もともとぼくは前科もない、普通の日本人で。
行方不明にも死亡にもなっていなかったから、発行は簡単だった。
そして。
ぼくは、日本に帰ってきた。
約10年ぶりに訪れた日本はほとんど記憶と違っていた。
昔住んでいた家はなくなっていて、周囲も開発で変わっていて。
記憶と変わらなかったのは出雲大社くらいだった。
少し調べたら、ぼくの住んでいた家が火事になったことはすぐにわかった。
放火だったと、言う。
住民は行方不明。
問い詰めるまでもない。
誰がやったかは、すぐに思い当たった。
兄さんのときは研究所だったからよかった。でも、ぼくのときは、マフィア。
相手が悪かったと、そういうことなのだろう。
焼け跡のあとにはもう新しい家が建っていた。
その年月が切なくて、でも、ぼくは泣けなかった。
幼いぼくは両親が好きだった。
今のぼくは、どうなのか。
よくわからなかった。
だから、泣けないのだろうと思った。
実際は、実感が湧かなかった、というのが正直なところかもしれない。
出雲はあまりにも切なかったので、ぼくは東京に住むことにした。
理由は二つ。
一つは仕事で呼ばれても、交通が便利だから。
もう一つは、沢山の人が居るから。
東京に着いたぼくは、最初はぶらぶらと無意味に歩き回った。
次にお金だけはあったから、適当な部屋を借りた。
2LDKの、シンプルなアパート。
ぼくの、家。
居なければいけない場所ではなく。
与えられた場所でもなく。
ぼくが選んだ、ぼくが居てもいい、場所。
これがぼくの、第一歩。
「自由」が、漸く始まる。
//20歳
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紅葉 |
2007年10月15日 02時12分
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秋の彩りが山を染める。
出雲の山は神の住む山。秋の紅葉は神の祭り。
友達が多いとは言えなかったぼくにとって、出雲大社は居心地のいい遊び場だった。
静謐な空気が好きだった。
浮ついた観光客でさえも神妙な面持ちになる、その存在が好きだった。
囲む山々が、季節によって移り変わるのも好きだった。
境内の隅に立派な紅葉の樹があって、赤く染まった葉が落ちてくるのをよく追いかけた。
地に着く前に手に挟めたら、ぼくの勝ち。
それはぼくと紅葉の勝負。
ぼくと、秋の子供たちの、遊び。
懐かしい。
売られる前の、話。
「・・・・・此処はよく似てる」
ぼくが気が付くとこの神社に来てしまうのは、それもあるのかもしれない。
それだけが理由ではないけど。
理由の、一つ。
やはり境内の一角にあった紅葉の樹を見上げて、ふと顔を綻ばせた。
「すっかり、秋だね」
こんにちは、秋の申し子たち。
良かったら今度、久しぶりに、ぼくと遊ぼう?
返事は当然なかったけれど、ぼくは紅葉に心の中でそう語りかけた。
赤くひらひらと舞う紅葉が、見られるのはもうすぐのこと。
//21歳
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呼び声 |
2007年10月14日 01時22分
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ぼくを呼ぶ声が聞こえる。
それは聞き覚えのある声。
知っている人の声。
「花梨ちゃん」
可愛らしく笑う、女の子の、声。
「花梨ちゃん」
ぼくも名前を呼び返すけど、その声はぼくの耳には入ってこなかった。
彼女はぼくの声を聞いて、屈託なく、笑う。
そしてぼくに近寄って、笑顔のまま、一言言った。
「ねぇどうして、助けてくれなかったの?」
ぼくは。
何も、答えられない。
「花梨ちゃん――――・・・」
彼女の手がぼくの首に伸びる。
絡みつく指が、酷く鮮烈で。
ぼくは、彼女になら、殺されてもいいと、確かに思ったのだ。
例え彼女の全てが演技だったとしても。
ぼくは彼女に癒されたから、それで。
もうそれだけで、いいと、思ったのだ。
「――――――――・・・こよみ、ちゃん」
ぼくの呟いた声は、幻の少女には届かず空気に溶けた。
//18歳
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照れたように笑う顔 |
2007年10月13日 02時17分
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ぼくがちょっと君を褒めると、君は笑った。
照れたようにはにかんで笑う君が、ぼくは好きだった。
唯一の「友達」だった。
心を許せる、たった一人の。
「使用者」と一緒でなければ一歩も建物の外に出られないぼくの、話し相手に連れてこられた君。
ぼくさえ居なければこんな場所には来なくて済んだ、被害者だった。
此処に買われたぼくが、あまりに気の置けない環境に塞ぎこんで。
「仕事」に支障が出始めたための、打開策。
ぼくは彼女が好きだった。
そして彼女は。
ぼくの目の前で、撃たれて死んだ。
笑顔が好きだった。
ぼくが褒めると照れたように笑う顔が、好きだった。
けれどもう、その笑顔は永遠に見れることはない。
動かない過去に、時折振り返るのみでしか、あの笑顔には会えない。
やがて埋もれて小さくなっていく、けれど絶対に忘れられない大切な記憶。
//17歳
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殺して欲しいと願われて |
2007年10月12日 02時01分
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「―――嫌です」
と。
彼はそう、答えた。
切実な願いだった。
心の底からの、願いだった。
考えて考えて、そうして漸く決意した、願いだった。
けれど、彼にはどうしても頷くことは出来なかった。
20歳を過ぎた女性は、何もできない子供のように頼りなく、微笑った。
震える手で、彼の手を取る。
そしてもう一度、同じ言葉を繰り返した。
先ほど彼が拒否した、その願いを。
首を振る。
いやだと我侭をいう子供のように、無意味に、首を振る。
その頬を、涙が一筋零れ落ちた。
「おねがい。おねがいだから―――――」
「お願いだから、ぼくを、殺してください」
彼に、頷けるはずがなかった。
//22歳?(22歳以降)
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