安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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クイズ!
「どっちでしょーか!」

唐突にそう聞かれて、ぼくは首を傾げた。
何が?
そう答える。
聞き返された彼は、確か、つまらなそうに口を尖らせたのだ。

「こういうときは適当にでも答えろよな。つまんねーの」

御免、と、ぼくは謝って。
小学校のクラスのムードメーカーだった彼は、すぐに表情を変えた。
くるくると、表情の変わる男の子だった。
明るくて、ちょっと不真面目で、勉強よりも体育が好きな、普通の。
どこにでもいるような、男の子、だった。

「ま、いいや。クイズクイズ。椅子は「ある」、机は「ない」。糸は「ある」、紐は「ない」。では本は「ある」か「ない」か!どっちでしょう?」

テレビでやっていたのだったか。
その時は、そんなクイズが結構流行っていて。
最初の言葉がようやく繋がって、ちょっと考えてぼくは「ない」と答えた。
彼は、悪戯が成功したときのように、嬉しそうに、笑った。

「ハズレー!」

遠い思い出。
在りし日の、他愛もない、ワンシーン。
なのに。
どうしてこんなにも、哀しいのか。
どうして。
何度目かに、そう、思った。
ぼくを見て、彼は目を瞠る。
そして何か納得したように、薄く笑った。
苦笑の、ようだった。
彼もまた、過去を懐かしんだのかもしれないと、少し、思った。
彼が口を開く。

「・・・・・「再び見る」と「神の御加護を」と「平和を求める仕草」。共通する意味は?」

ぼくの隣で、黒服の男が眉を寄せる。
とうとう壊れたか?と、嘲笑した。

泣きたくなった。
人違いであって欲しかった。
ぼくの勘違いであって、欲しかった。

でも。
その願いは裏切られた。

ぼくはクイズに答えられない。
彼は、あの時とは違って淡く、口元だけで、笑った。

「・・・つまらない奴だな。適当でも、答えろよ」

こんなところで。
会いたくなかった。
会うことはないと、思っていた。

どうしようもない答えがわかってしまって、顔を歪める。
御免、と、あの時と同じ言葉を、言った。

「ハズレだ。正解は―――――・・・」

黒服の男に腕を引かれる。
ぼくの仕事は終った。
彼ではない、もう一人の男の未来を見て、それで。
だからもう、この部屋には居られない。
庇えない。
助けられない。
そして彼は、それを、知っている。
恐らく捕まったときに、もう。
悟っていて。

「正解は、「さようなら」だ」

その声と同時に、部屋の扉が、音を立てて閉められた。

どうしてと、それだけを、思った。









//19歳
コメント(0)トラックバック(0)16〜20歳
 


たまには寄り道も
たまには寄り道もいいよな、って。
悪戯するときみたいに二人で笑って、いつもは通らない道を通る。

学校帰りの寄り道はあまりしない。
話の流れで皆で、と言うときは乗るけど、二人で帰るときは大体まっすぐ帰る。
だってあんまり遅いと母さんが心配するし、俺たちは家が好きだ。

双子の俺たちはもう近所では有名で慣れたもので、並んで歩いていても驚く人はあまりいない。
たまにこの辺りの人じゃない人が、振り返ったりするくらいだ。

振り返った人は、女の人で。
普通なら振り返って暫く見ていたとしてもそれで終わりなのに、何故かその人はそれで終らなかった。
声を、掛けられる。

「あの、君たち」

俺たちは立ち止まって、顔を見合わせて首を傾げる。
知り合いか?とお互い聞きあって、両方が首を振った。
誰だろう、と、思う。
知らない女の人は少し戸惑った表情をした後、考えながら口を開く。

「・・・・・・寄り道?」

俺たちはまた、顔を見合わせた。

この辺の人じゃない。
・・・・のに、なんで、知ってるんだろう?
隣の片割れの顔に少し警戒心が混ざる。
恐らく俺の顔も、同じだろう。
女の人はちょっと「しまった」というような困った顔をして、それからまた言葉を紡いだ。

「寄り道は、止めないんだけど・・・・この道は、左に曲がらない方がいいよ」

俺たちは、三度顔を見合わせて。
片割れが、口を開いた。

「どうして?」

女の人はやはり困ったような顔で、「危ないから」という。
よくわからない。
でも。
別に悪い人ではないように、思えた。

「・・・・どうする?陽」
「まぁ、別に左に曲がる必要はないよな?」
「寄り道だしな」
「・・・・・右に曲がる?」
「そうするか」

この会話に、女の人はほっと息を吐く。
それから「いきなり御免ね」と言って、踵を返した。
その後姿を見送って、ちょっと眉を寄せる。
ふと見れば隣も同じように考え込んでいて。
やはり俺の表情に気付いて、視線を宙に投げた。
元の通りに、歩き出す。

「・・・・なぁ、陽」
「んー・・・ねぇ、いち」

問いかけは、同時。

「「さっきの人、誰かに似てた気がしない?」」

誰だっけ。
その問いは、家に帰って父さんの部屋の写真を見て、ようやく答えになる。
父さんの親友だったという人に、女の人は酷く似ていた。









//21歳
コメント(0)トラックバック(0)21歳以降
 


舞い散る羽
ふと、顔が綻んだ。
チチチ、と、可愛らしい声が、する。

ぼくに用意された部屋には、窓はない。
あるのは廊下。
その廊下の高い位置にある窓から、小さな鳥が顔を出していた。
種類はしらない。
尾の長い、白黒の、鳥。

「こんにちは」

そう言って手を伸ばせば、その指に止まる。
いつからか窓で歌っているのに気付いてから少しずつぼくに慣れてくれた小鳥は、とても可愛かった。
ぼくは小鳥に癒された。

少し羨ましかったのかもしれない。
飛んでいける鳥。
ぼくは窓には絶対に手が届かなかったし、翼もない。
それに、飛んでいける場所も、ない。

「・・・・鳥さんは、いいね」

つい、漏らした。
それが間違い。

「ふうん?」

監視されていることは知っていた。
この建物で、ぼくの行動がわからない場所などないことは、理解していた。
最初は視線を感じるようで苦しかったが、もう4年――――人間、どんな環境にも慣れることができるのだと、実感した。
知っていたのに。
甘かったとしか、言いようがない。

声を聞いた瞬間、ぼくは乱暴に手を挙げる。
驚いた小鳥が、ぱたぱたと羽ばたいた。
叫ぶ。

「――――行ってっ!」

折角ぼくに慣れてくれた小鳥が、裏切られたように窓へ向かって。
けれどそれは、遅かった。

発砲された弾丸とは、比べようもないほどに。

チキィ、と。
普段より甲高い声で、小鳥が鳴いて。

羽が、散った。

ぼとりと。
小さな影が、垂直に落下する。

「そういう思考を持つなと、何度も言ったはずだが?」

羽だけが、ひらひらと、空気に舞い散る。
白い羽と黒い羽、幾つもの、羽。
舞い散る羽は窓からの光に透けて、綺麗にも、見えた。

ぼくは声の主には反応を返さずに、落下した小さな影に走り寄る。
そっと掬い上げたそれは、とても軽くて。
ああ、と、意味をなさない嘆きが、漏れた。
御免ねと、小さく呟く。
ぼくが甘かった。
甘すぎるほど、浅はかだった。

逃げられないことを知れ。
逃げようと思うな。
逃げたいと、期待することさえ無駄だ。
それは何度も何度も、それこそ身体に刻まれるほど、言われた言葉だったのに。

望んではいけなかった。
羨んでは、いけなかった。
少なくともそれを、口に出すべきではなかった。

羽の最後の一枚が、床に落ちる。
同時にぼくの頬から、涙が滑り落ちた。

「来い。わかるまで何度でも、教えてやる」

――――ぼくは、小鳥のお墓すら、作ってあげることはできなかった。









//14歳
コメント(0)トラックバック(0)10〜15歳
 


金の卵を産む鶏。
金のなる木。
何でもいいが、それに等しいモノ。
それが「狂った時計」―――――不動花梨だった。





未来の情報は金になる。
使いようは幾らでもある。
それが的中率90%以上のものであれば、尚更。

信じられないと鼻で笑うものは相手にしない。
追いすがって証拠を見せてやるほど親切じゃない。
見る目のある人間。
鼻の利く人間。
そういう、俺が利用価値を見出せる人間だけが、俺に取引を持ちかけてくる。
俺はその取引に時に応じ、時に応じずそいつらを利用する。

「貸し出し?」
「ああ。金なら幾らでも出す!だから頼む。我々に、『時計』を!」
「幾らでも、ねぇ。具体的に幾らだ」
「・・・、・・・・・1億ドル」
「はっ・・・!寝ぼけてるのか、お前」
「っ、5億までなら出せる!」
「桁が違うつってんだよ。10億ドルでも安い」
「なっ・・・貸し出しだぞ!?」

嘲笑する。
こいつはそれなりに使えるモノかと思ってたが、そうでもなかったらしい。
こんな取引で、俺から金のなる木を掠め取れると思っているとは。
「時計」なら、貸し出す数日で、10億ドルを稼ぐのは難しくない。
もちろん使い方による。持ち主が無能なら、道具が上手く機能しないのは当たり前だ。
嘲笑を顔に刻んだまま、立ち上がった。

「一昨日来やがれ」

取引の決裂を悟って、両隣に立っていた部下が取引相手を拘束する。
俺はその姿を見もせずに、背を向けた。
ぱんっと、軽い音が、する。
その音を聞いて、ああ、と、足を止めた。

「しまった、間違えた。死んだらもう来れないな」

振り返りはしない。肩を竦めるだけで、また足を動かす。
進みながら、ついてきた部下に指示を出した。
あの組織ももう不要だなと、それだけ言う。
それだけで何を言っているかわからないモノは、俺の部下にはいない。
「はい」と頷いて、部下が一人消えた。
そして俺は、エレベーターから足を踏み出す。
そのフロアには、部下は誰も付いて来なかった。
幹部以外、立ち入り禁止。
そういうフロアだ。
重要機密のある、フロア。
ついさっき死んだ男が借りたいと言った「時計」は、そこに居た。

扉を開ければ、俺を振り返る。

「・・・・・仕事?」

未来が見える、気色悪い、バケモノ。

髪を長く伸ばした少女。
着ているのは部下が用意した、適当で簡素なワンピース。
ワンピースである理由は、その方が検査が楽だから、だ。
研究者どもは涎を垂らさんばかりの熱心さで、コレの研究をしてるという。
滑稽なことだと思う。メカニズムを追求して、どうするのか。
バケモノはバケモノ。できるということがわかれば、他はどうでもいい。
研究も使いようによっては役には立つから、やらせてはいるが。

金を生む鶏がこんな姿をしてるとは、他の組織は知らない。

無用な問いをした「時計」に、頷く。
口を開けば、何かを諦めるように軽く目を伏せた。

「他にお前を呼ぶ理由があるか?」
「・・・そうだね」

使いようによっては数日で10億ドルでも50億ドルでも稼ぐ「時計」。
1億ドルで借りたいと言ったが、実は中々いい値ではあった。
1億ドル。
それは。

「行くぞ」

このバケモノを買った値段、だった。

俺はそんなはした金で、この便利な道具を手放す気はない。









//18歳
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だらしのない
「ああ、もう、だらしのない」

そんな言葉が聞こえて、振り向いた。
振り向いた瞬間目に入ったのは、一人の母子。
子供はもう「子供」という年ではない、立派な大人。
けれど母親はどうも若干過保護らしく、一々男の動向に口を出していた。
男が母親の言葉に眉を寄せる。

その、瞬間。

見ている映像が、ぶれた。

未来が映る。

名前も知らないその男の、未来。

わかってしまう。
知ってしまう。

近い、将来。
それは明日か明後日か、それとも一週間後か、一ヵ月後か。
少なくとも、一年以内に。



あの男は、母親を包丁で刺し殺す。



それは発作的な犯行か、それとも計画的な犯行か。
わからないけれど、とにかく、その男は、母親を刺して、そして、母親は死ぬ。
ぼくはその場から動けない。
立ち止まったまま、ただ、その男を凝視する。
ぼくの視線に気付いた男が、ぼくを振り返って訝しげに眉を寄せる。
視線の意味は、「何だコイツ」、だろう。
見知らぬ人。
関わりもない人間。
そんなものが見ていたら誰だって眉を寄せるだろう。
でも。
それでもぼくは、その男から目が離せなかった。

何も出来ない。
未来に罪を犯すから、と言っても、警察は信じてくれない。
それに、未来は変わる。
ほんの些細な切欠で、未来は変わる。
だから、それを根拠に彼を拘束したりはできない。

ちゃんと予知をして、日付を知れれば、ぼくが彼を止めることもできるし、間に合わなくても刺された母親を病院に運ぶこともできる。
そうすれば、死なないかもしれない。
けど。
部屋に見えた。
家に見えた。

鍵が掛かっていたら?
彼らの家が、とても遠い場所にあったら?

ぼくに何かができる、なんて。

ぼくには信じられない。

「あの」

けれどそれでも。
それでも――――――・・・。

「・・・いい、お母さんですね」

放っておくことは、できない。

男の眉根が跳ね上がる。
不快そうな顔。
一緒に居た母親も、いきなりそんなことを言ったぼくに不審そうな顔を向ける。
ぼくはもう一度、言った。

「いいお母さんですね。羨ましいです」

こんなことしか言えない。
それでも、これで。
少し。
少しでも、いいから。

視えた画が、軽くぶれた、気がした。









//20歳(くらい)

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