安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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全ての恋人たちに贈る
町は赤と緑のクリスマスカラーが彩って、ネオンではない光が至る所に溢れる。
可愛らしい形のモニュメントが並んで、赤と白の服を着た人もちらほら見える。
そんな日。
今日は、クリスマスイヴ。

仲睦まじく寄り添って歩く恋人たち。
ケーキ屋さんの前で笑顔を零す母子。
片手に包みを持って、急ぐ人。

街が「幸せ」に溢れている。

街角で風景に埋没しながら、ゆっくりと目を閉じる。
人通りの多い通りは、ぼくには幾つもの風景が重なって見える。
その風景は、目を閉じても消えない。
見えるのは、通り過ぎる誰かの断片的な未来。
近いもの遠いもの、暖かいもの綺麗なもの。
判断できるほどちゃんとは見えない。
ただなんとなく、そんなイメージを感じる画たち。

暫く経ってから目を開けて、上を見上げた。

漠然と、雪が降ればいいと思う。
意識を凝らせばこの場所の未来は見える。
暗い空からちらほらと降る、白い、花。

ああ。

自然、微笑んだ。

それは全ての恋人たちに贈る、空からのプレゼント。

「・・・・メリー、クリスマス」

するりと口から言葉が零れる。
雪はぼくが降らせたわけではないけれど。

なんとなく、嬉しい気分になった。









//21歳
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雪の結晶
ぼくは普段、暇さえあれば外に居る。
特に目的もなく、ふらふらと。
朝でも昼でも夜でも、関係なく。
寒くても、暑くても。

「外」は。
ぼくにとって、「自由」の象徴だから。

自分で借りているアパートの一室も、嫌いではない。
あまり個性のない部屋だけど、少しずつ、ぼくの「色」が見える部屋には、なってきたから。
本当はもっとインテリアがあればいいのだけど、買っていないのだから仕方がない。
「自由」であるのにあまり物を買えないのは、ぼくが弱いから。
物を買えば、執着が出来て。
愛着が、沸く。
それが恐い。
大切なものが、増えることが、恐い。
だって、破壊は一瞬だ。
あの人が少し気分を損ねれば、あっというまに、消えてしまう。
物でも。
人でも。
どちらにしろ、関係ない。
あの人は・・・・ボスは、恐い、人だから。

それはぼくに刻み込まれた真実。
何度も何度も「教えられた」、コト。

だから部屋の中が淋しいのは仕方がない。
誰の所為でもない、ぼくの、所為。

それでもインテリアを見るのは好きで、服やアクセサリーだって、見ているのはとても楽しくて。
例え窓越しであっても、何処か心躍るものだ。
ぼくも、一応、女の子、なのだし。
可笑しくはないと、思う。
否。
思ってから、苦笑した。
もう。
「女の子」という、年ではない。
その年代は、何処かへ行ってしまった。

「あ・・・・・・・」

ショウウインドウの中央に、小さな銀のアクセサリ。
雪の結晶を象った、プラチナ。
小さな水色の宝石も一緒に鎖に通されている、ネックレス。
目が留まって、そしてその場に立ち止まる。
ついガラス窓に手を付いて、じっと覗き込んだ。

「・・・・・・可愛いな」

実はぼくはまだ、本物の雪を見た事がない。
10歳までに居た場所にはあまり雪が降らなかったし、それ以降、「仕事」で外に「持っていかれた」ときも、雪は降っていなかったから。
映像では見たことあるし、イメージは、わかるけど。
本当にこんな形をしているのだろうかと、つい思う。
これを見たことのある人は、あまり居ないのだろうけど。

どうしてもそれが気に入ってしまって、買おうかどうか、踏ん切りがつかないながらも店の扉に手を伸ばして。
取っ手を引こうとした瞬間に、コートのポケットから甲高い機械音が鳴り響いた。

―――――――――・・・・

店の取っ手から、手を、離す。

ショウウインドウを一瞥して、軽く目を伏せて。

それからくるりと、踵を返した。

電話に、出る。

「・・・・はい」

もう一度も、振り返りはしなかった。









//21歳
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どんな卑怯な手を使っても
「このっ・・・卑怯者が・・・!!」

それが、俺が撃った男の最後の言葉だった。
つまらない台詞だと思う。
卑怯の何が悪い?
正攻法で行かなければならない意味はどこだ。
察せなかった己を呪え。
色々言い返せる言葉はあったが、あえて何も言わない。
言う意味はない。
どうせもう、冷たくなっている。

死体をそのままにドアへ向かえば、入り口に立っていた男が跪く。
感慨もなく見下ろして、視線だけで発言を促した。
男は淡々と、頭を垂れる。
この男は、それなりに使える道具だった。

「もとより私の『持ち主』は貴方ですが、今日からは『ボス』になられたので、一応改めさせて頂こうかと」

どうでもいい。
そういえば、そうですかと返事を返し、男は立ち上がる。
これでこのファミリーは俺の物だ。
だが、今のままでは使えない道具が多すぎる。

「無駄なことをしている暇があるなら、動け」
「はい。まずは誰を」

此処で「何を」と問わないところが、コレの使える所なんだが。
他はほとんどが、そうはいかない。
無能で無意味な烏合の衆。
考えようによっては、鳥よりもたちが悪い。食えるわけでもない。
塵か埃。
ゴミを捨てていかなくては、鬱陶しくて仕方がない。

「まずはキースとグレイン。その部下数名」
「末端は私の判断で構いませんか?」
「末端はいい。どうせ邪魔にすらならない」
「わかりました」

「上」へ上ると俺は決めた。
俺の考える「上」は、こんなところではない。
まぁ頂点に上ったからと言って、何があるわけでもないが。
こうでもしていなければ、この世はあまりにも暇すぎる。

これから更に、俺は高みを踏む。

そう、それこそ。



どんな卑怯な手を、使っても。









//樹 閃月
コメント(0)トラックバック(0)その他
 


静寂
耳が痛いほどの静寂。
まるで世界にぼくだけが取り残されたような、無音。

自分の吐息や心臓の音すら、聞こえない。

静かに、静かに。

朽ちていく。

此処は何処だったろう。
ぼくは何だっただろう。
大切なものは、何かあった?

思考も静寂に溶けていく。

侵食するように、蹂躙するように、無という有が身体に染み込んでぼくを分解していく。

ぼくは。
何か望んでいた、気がする。
ぼくは。
・・・ぼくは?


わたし、は。


愚かしく浅ましくも、生きて、いたかった。
死にたくなかった。

今なら、笑える。
声も息も、音にならずに静寂に溶けたけれど。
そう。


生きている資格なんて、わたしにはなかった。


唇が、動く。
紡いだのは誰に言うわけでもなく、自分に言い聞かせるような、言葉。
声帯が壊れているのか、声は、やはり出なかった。




だいじょうぶ。



だいじなものは、みんなおいてきたから。









//27歳以降?とか。
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幻に惑わされ
追いかけていた。
半透明に見えるその背中。
どんどん遠ざかっていくその人を、ずっと追いかけていた。

「―――――・・・・さん・・・!」

呼ぶ。

走りながら声を絞り出しても、その人は振り返らない。
背中との距離は、一向に縮まらない。

「・・・・・い、さ―――――――」

ぼくと同じ色の髪が、軽く揺れる。
ぼくより高い背の、少年。



「にいさんっ!」



待って。
行かないで。
ぼくを、一緒に―――――・・・

何かに足を取られて躓いて、ぼくが身動きできなくなった、その瞬間。

追っていた人は振り返って、そして、「笑った」。

―――――あ。

それは死者への冒涜。
それは弔意の利用。
愛しさも繋がりも悲哀も望みも、全てを馬鹿にした、行為。

罠に掛かったことを、確信した。

涙が頬を伝う。
悔しかった。
哀しかった。
苦しかった。
だってやっと、それが幽霊でも、ずっと会いたいと!
暴力的なまでに、その心が踏みにじられたのを感じる。
心が血を流したように、悲鳴を上げた。

―――――兄、さん。

呼び声は、空虚に響いて。
そして消えた。

ぼくには霊視の力はない。
会えるはずが、ないのだ。






すべてはまぼろし。









//22歳(頃?)
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