安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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経験を糧にして
こんなことくらいじゃ、ぼくは泣かない。
ぼくは弱いから、哀しくないとは言わないけど。くじけはしない。

だってぼくは本当にどうしようもない哀しみを、他に知っているから。

完膚なきまでに無視される意思。
使い捨てられていく命。
自分の所為で死んでいく人々。
どこまでも冷たい場所を。

だからぼくは、泣きも嘆きもしない。

大丈夫。

10年の月日を思えば、大抵のことには耐えられる。

経験を糧にして、ぼくは生きる。

少しは強く、なれたのだろうか。









//27歳?(とりあえず22歳以降)
コメント(0)トラックバック(0)21歳以降
 


チョコレート乱舞!
右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても。

「バレンタイン」と「チョコレート」が、目に入った。

流石本番。
と、そんなことを思う。

薔薇を抱えて歩く男の人とすれ違う。
有名チョコレートブランドの紙袋を持った女性のグループが、楽しげに通りすぎた。
男女のカップルが身を寄せ合って歩くのも、多く見える。

こんなに凄かったっけ、と、それが感想だった。

ぼくの記憶の「バレンタイン」は、母さんが父さんに手作りチョコレートを渡す日で。
仲睦ましい両親は、ぼくが居ることを半ば無視してラブラブだった。
だから、かもしれないけど。
バレンタイン近くに繁華街に出た記憶もあまりなくて、こんなにチョコレート商戦が凄いような記憶もなかった。

人並みに甘いものは好きだから、嫌ではない、けど。

甘い、匂いが辺りに充満していて。
くらりと、眩暈がした。



コンクリートの無機質な部屋。
ぼくを囲む白衣の人。
注射針。
響く時計の音。
緩く立ち上る煙。

甘ったるい、香り。



記憶が途切れる、「実験」。


軽く首を振る。
これはチョコレートの香りだ。
それとは関係ない。

「バレンタイン」が溢れる繁華街で、ぼくは一人、喧騒の少ないほうへと歩き出す。









//20歳
コメント(0)トラックバック(0)16〜20歳
 


転んだことにも気付かない
必死で走る。
走って走って走って走れば、きっと、追いつけると思った。
きっと。

「待ってっ・・・・・!」

手を伸ばす。
悲鳴のような声と、荒れた息が、零れた。

「お願い、待って・・・・!!」

お願い。
お願いだから。
お願いだから、それだけは。

一瞬視界がぐら付いて、身体が動かなくなる。
すぐに視界を元に戻して、また必死で駆けた。
走り出してから、ああ今のは転んだのだと、気付いた。
本当に、無我夢中で。
転んだことにも気付かない。
涙で視界が滲む。
ぼろぼろと、まるで小さな子供のように泣きながら、ぼくは、必死で。

「―――――――待って!!」

それは。

それは、ぼくの、大切な―――――――!!









そこで目が、覚めた。

起き上がる。
涙の伝う頬を拭って、目頭を押さえた。

苦笑、する。

なんて、夢。




必死で追うほどに大切なものなんて、今のぼくには何もないのに。









//18歳
コメント(0)トラックバック(0)16〜20歳
 


すっごい殺し文句
「なぁそれって、すっごい殺し文句。自覚ある?」
「・・・・・殺し文句?」
「あ、自覚ない。日本人って謙虚じゃなかったっけ?うわ意外」

一を言うのに百を費やす男が居た。
煩いが、それなりに使い道のある男。
だから今生きていると言えなくもないが。

「もう一度言ってみ?」

にやにやと楽しげに笑って、俺を促す。
付き合う意味があるとは思わなかったが、此処で無視するのはまだ得策ではない。
「これ」の使い方は知っていた。

「―――――・・・・俺の物になれ」

言われた通り繰り返せば、身体をくの字に折り曲げて笑い出す。
一応「同僚」という位置に居るこの男は、言動に無駄が多い。

「お前のその顔でそんなこと言われたら、どんな女もイチコロだな」

笑い終えてから、そんなことを言い。
笑いを収めて、初めてすっと目を細めた。
どうやら満足したらしい。
この男は、こういう「他愛もない会話」が好きで、ついやりたくなるらしい。
無視するより、適度に付き合ったほうが終るのが早い。
これを経ればそれなりに使えるのだから、面倒なことだ。

「じゃ、行くな、樹。あと宜しく」

「ああ」と、適当に答えた。
それから、ふと思って笑う。

ああ。任せておけ。

ちゃんと跡形もなく、お前諸共吹っ飛ばしてやるから。

――――それがその男との、最後の会話だった。

ちなみに「殺し文句」は。
実際は別に殺し文句でもなんでもなく、ただ、そのままの意味だ。









//樹閃月

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コメント(0)トラックバック(0)その他
 


その言葉を心に刻んで
「いいだろう。俺に利のある仕事のみ、金を積み立ててやる」

ぼくの決死の交渉を聞いて、「彼」は笑った。
そして頷く。

「その金額がお前の値段になって、尚且つ俺がボスになったら――――お前は自由だ」

賢しいガキ。
そう言っていた目が、違う言葉を写していた。

愚かで浅はかな、道具。

けれど、ぼくにはそれしか。
これだけしか、方法が見つからなかった。
どうすればいいかなんて。
わかるわけが、ない。

ぼくは「彼」が言った、その言葉を心に刻んで、生きた。

嫌でも、辛くても、悲しくても。
ぼくが未来を視て、「彼」が、ボスになれば―――――・・・。



そうしたら、ぼくは自由に。



「オメデタイな、お前は」

「彼」は。
今は「ボス」であるかつての「彼」は、あの時と同じように、笑う。

愚かで浅はかな道具だと、その目はやはり言っていた。



「お前に自由なんて、あるわけがない」



それはあえて目を逸らしてきたこと。
それは気付かないようにしてた、事実。

ぼくは。

「嫌がるお前を使う方法なんて、幾らでもあるんだよ」

ぼくは、嘘でもそれを、信じたかった。



そうじゃなければ、生きられなかったから。









//21歳?
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