安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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君が描いた僕の顔
「何を描いているの?」

聞けば、きみはぱっと顔を上げて、太陽のように笑う。
そして少し得意げに、言った。

「おかあさん!」

軽く目を瞠る。
それから瞬いて、言葉が脳に浸透した辺りで微笑んだ。

きみは知らないだろう。
ぼくがどんなに嬉しいか。
ぼくがどんなに幸せか。
ぼくがどんなに。

きみの一挙一動に、心を踊らせているか。

細いストレートの髪は、撫でるとさらさらと揺れる。
また紙に目を移したきみは、小さくて、でも、とても、大きい。
きみが今、此処にいる。
それがこんなにも、泣きたいくらい、嬉しい。

「かけたらあげるね!」
「・・・・・・うん。ありがとう」

きみが描いたぼくの顔。
ぼくは笑っているだろう。
だってきみがいるだけで、ぼくの世界から悲しみは消えるから。

「ねえ、匠」

ぼくはね。

本当に、申し訳ないくらい、幸せ、なんだよ。

「宝物に、するね」

ぼくがこんなに幸せになってしまっていいのかと、考えてしまう、くらい。





生まれてきてくれて、ありがとう。











//29くらい?(本当に実現するかは微妙・・・生きてれば多分
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どうあがいても相容れない
ゆるゆると。
もしくは、ゆらゆらと。

思考が揺れて薄れて歪んで、何もわからなくなっていく。

何も感じなくなっていく。

心が冷えて、固まって、砕けて消えてしまったように。

夢を見た。
ぼくの好きな人が、ぼくと話している夢。
彼がぼくを。
恐がる、夢。
誰のものかわからない声が言う。

所詮。
所詮、お前はどうあがいても―――――・・・

「ばけもの」と。
彼の口が、動く。

また声は、言う。

―――――人間とは、相容れない。


お前はバケモノだ。


夢。
ゆるゆると。
或いは、ゆらゆらと。

思考が揺れて、薄れて、歪んで。

夢と現実の境界が消えていく。

あれは、ほんとうに、ゆめ?
あれは、ほんとうの、きおく?

ほんとう、って。



なに?



ぼくはそこで、考えるのを、止めた。

ぼくは。
とてもとてもとても、弱い。

こえ、が、いう。

「・・・・・いい子だ、花梨。・・・いや」

ぼくは、みみを、ふさいだ。

「違う名をやろう。『花梨』など捨ててしまえ」

ぼくは。

言われるままに、「ぼく」を、切り離した。

だってそれが、いちばんらくだったから。








//22歳?(多分)
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半信半疑
ボスが死んだ。

そう聞いても、一瞬理解出来なかった。

あの人が。
あの、恐い、人が。
悪魔のように狡猾で、人ではないように冷徹だった、ボスが。




本当に?




信じていいのか。
喜んでいいのか。
ぼくは。
ぼくは――――・・・?

じゆう、に?


「・・・・・本当に?」


ぬか喜びではないのだろうか。
本当は生きていて、此処から出た瞬間、あの目がぼくを見るのではないだろうか。
本当はそこに居て、ぼくを嘲笑(わら)っているのではないだろうか。
本当は。
今もぼくを処分しようと、目を光らせているのでは、ないの、だろうか。

信じたい。
信じたいのに・・・・っ!!



信じて裏切られるのが恐いのも、また、紛れもない事実。









//22歳くらい?
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体温計
この世の終わりのような声だった。
悲痛で悲嘆に呉れた、悲鳴のような。

「ない・・・ない。どうしましょう・・・・・!」

どうしたの?
と、ぼくは聞く。
取り乱している母は、一心不乱に引き出しを探しながら、独り言のようにぼくに答えた。

「体温計がないの・・・!」

父が熱を出して。
母が心配そうに、涙目で看病していた。
ぼくは一人でお絵描きをしていた。
父と母の仲が良いのはずっと知っていたから、そんなやりとりも然程珍しくはなくて。
ぼくも父は心配だったから、力を使った。

「体温計が見つかる未来」が視えるまで、母の未来を探る。
その未来は少しだけ先で、ぼくは立ち上がった。
未来を視たと気付かれないようにと幼心に考えながら、母の服の裾を引く。

「この前、あっちの上においたの、見たよ」

そして体温計は見つかって。
母にありがとうと撫でられて、ぼくは嬉しかった。

覚えている。
よく、覚えている、光景。



『―――――ありがとう、花梨。よかったわ』

テレビのスピーカーから、声が流れる。
何か、虚脱感のような、喪失感のような、判断のつかない感情が体を支配していた。

「面白かったか?花梨」

そのビデオは、隠し撮りだった。
ぼくの瞳が青く変わり、失せ物の位置を告げる様子が、一部始終写っていた。
ぼくの後ろで、ぼくの「持ち主」が目を細める。

「理解したか?」

それは。
ぼくを此処に売るために、両親がぼくの能力を証明しようと提出した、テープの一部だった。

理解、する。

もう、ずっと前から。

暖かい、ぼくが「家族」と無条件に信じていた、日常の時から。

――――――・・・二人はぼくを売る気だった。


感じていた「暖かさ」、なんて。

全ては。


「帰る場所なんて、端からない」


まぼろし。









//10歳
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何か恵んでください
「ひーちゃんひーちゃん」

かつて人であった時の名を連呼する声に、ゆっくりと振り向く。
否。正確に言えば、かつて人であった時の名を勝手に愛称化して連呼しているわけだが。

「・・・・・・」
「何か恵んで」
「・・・・・・・・・」

・・・唐突すぎて何が何だかさっぱりわからない。
そもそも相手にする気が失せてくるのは私の所為だろうか。いや、恐らく違う。

「・・・・・・」

数秒だけ、正面から声の主を一瞥して。

両手を器にしてにこにこ笑っている顔にため息を吐き、次の瞬間。

無視することに、決めた。

ふいと顔を逸らし、姿を消す。
どうせいつもと同様、することは何もない。
ただこの世のどこかに、在ればいい。

「あー!ひーちゃん酷い!何かくれたっていいじゃん!!」

消える寸前聞こえた声に、眉を寄せた。
まぁどうせ、目隠しで見えはしない。

何故私がお前に何か恵まねばならん。

お前に何かやるくらいなら、それこそあの子に何か渡す。









//カミサマ
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