安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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人は悩んで大きくなるの
遠い昔、言われたことがある。
確かあれは、小学校の先生だった。

「悩み事?」

友達の少ないぼくを、何かと気遣ってくれた若い先生。
義務だったのか同情だったのか、それはよくわからないけど。
ぼくはその先生が好きだった。
・・・・あの頃ぼくに、嫌いな人なんていなかったけど。

それはぼくが売られる未来を視た頃。
授業の時間も休み時間も、そのこと以外考えられなかった頃。

頷くぼくに、先生は「そっか」と頷いて、隣に座って。
微笑んで、言ったのだ。

「悩むのは悪いことじゃないわ。人は悩んで大きくなるの」

答えが出ない悩みでも。
それは有意義なのだろうか。
悩めば悩むだけ、神経は磨り減り心は傷つくことでも。
悩んでも、悩んでも。
誰かを傷つける答えしか、見つからない悩みでも。

それは、いいこと?

取捨択一。
ぼくは選んだ。

「――――その、人が」

近い未来入ってはいけない場所に入る、二人の人。
一人の未来(さき)には待っている人が居て。
一人の未来(さき)には、家族はもう誰も居なかった。

誰もいないとは。
ぼくには、告げられない。

だから。

悩んで悩んで悩んで、そして。

ぼく、は。


決める。




「あの部屋に入ろうとする、人」




なんて、傲慢なんだろう。
ぼくにどんな権利があるというのか。
死ぬのが恐い、自由になりたいと、それだけで。
誰かを犠牲にするのを選ぶとは。

――――――御免なさい。

御免なさい、ごめんなさい。

ごめんなさい。



ねぇ、先生。

これでもあなたは、悩むのはいいことだと、言えますか。









//14歳
コメント(0)トラックバック(0)10〜15歳
 


いわゆる川の字ってヤツ
仕上げに火を放つ。
日本は基本的に木造住宅だから、少し灯油を撒けばマッチの火はあっという間に広がった。
もう止めようがないほど急速に燃え上がった炎を確認してから、その火に背を向ける。
そのまま歩き出そうとしたら、一緒に来た同僚(ばか)の一人が間抜けなことを聞いてきた。

「終わったのか?」

唇に、薄い笑みを刻む。
馬鹿な問い。
考えてからものを言うことを、覚えればいいのに。


仕事も終わらせずに、目的を果たさずに、帰ってどうする?


思ったことは口に出さずに、軽く肩を竦めて。
「ああ」と一言で、頷いた。

始末する標的は一人。
家族はジジイを入れて5人。
女と、ガキ二匹と。
これはファミリーのけじめ。
全ては同罪に。一家の主の罪は、家の罪。
見せしめの意味もある、日本(ここ)で言う一族郎党皆殺し。
欧米(むこう)で言うなら、多分。
家名を経つ、と、言うこと。
どこに逃げたって、無駄だってことだ。

同行の馬鹿は正真正銘に馬鹿らしく馬鹿っぽい口笛を軽薄に奏でて、皮肉のつもりかちょっと笑う。

「日本人は温厚で決断しないなんて聞いてたが、ありゃ嘘か」

くくっ、と。
今度は薄い笑みではなく、はっきりとわかる嘲笑を、相手に贈った。
やはりというか漸く気付いて、馬鹿が気色ばむ。
軽く流して、携帯を開いて耳に当てた。
馬鹿に付き合っているほど、俺は暇じゃない。
ツーコールですぐに、今の上司は電話に出た。
報告は簡潔に、躊躇なく。

「終わりました」
『そうか。ちゃんと全員殺したんだろうな?』

――――ああ。
コイツもまた、馬鹿か。

あんまり連続すると、笑う気さえ失せる。
馬鹿なんてのは、たまに居るからピエロになれるのに。
陳腐すぎて、道化にすらなれはしない。




この世は使えないモノが多すぎる。




「――――ええ。いわゆる川の字ってヤツで仲良く炎の中に寝てますよ」




俺が上まで上り詰めたら、使えないモノなんて一掃するのに。









//樹 閃月
コメント(0)トラックバック(0)その他
 


切断面
自分の身体から離れた自分の腕の、切断面を、見て。

不覚にも。


―――――綺麗だと、思った。



一瞬後、それは恐怖に変わり。
さらに一瞬後、焼けるような痛みと苦痛に変わる。

「っあ゛・・・!ぁ、ああっ!!」

言葉にならない悲鳴が口から漏れる。
痛い、熱い、痛い。
左手の先についさっきまであったはずの重さが、ない。
血が溢れて、ぼたぼたと冗談のように地面に血溜まりを作った。
赤い。
くらりと脳が揺れる。
怖い、恐い、コワイ。

「・・・っ、うっ、あ、ぁあ、あああっ・・・・!!」

身体の至るところから嫌な汗が出て、生理的に涙が滲み、意味のない音声だけが響き渡る。

ぼくの左腕を持った男は、それはそれは嬉しそうに笑って、べろりとぼくの腕の切断面を「舐めた」。
軽く肉を齧り、引き千切る。
めち、ぐちゃ、と、背筋に悪寒が走るような音がした。

男は口周りにぼくの血を付けながら、ちょっと首を傾げた。

「んー・・・ウマイ、気がする?」

切断された箇所の直ぐ上を手で押さえて止血を試みるけど、ぼくの握力では血を止めるのに全然足りない。
何か細い布か紐か、とにかく何かが必要だった。
ぼた、ぼた、と、血は止め処なく流れ落ちる。

男は傾げていた首を元に戻して、ぼくの左手をぺいと投げた。

また、嬉しそうに、楽しそうに、笑う。

「やっと殺せる。やっとコロせる、やっと!ああ、この気持ち、いい気分!」

逃げなくては。
逃げられるのか。
逃げないと!
逃げるって?









何処へ?









白刃が煌く。
次は左手を押さえていた右手から、血が噴出した。

また切断面が目の前に見えて、その鮮烈なピンク色に、一瞬。

目を奪われて。



間。




「―――――あはははははっ!!!ハハハッ!イイ気分だ!!」



次の切断面は、ぼくの?



「一緒に楽しもうぜ、なぁ、フドウカリン!」



有り難くないことに見知ってしまっていた死神は、にたりと、今度はナイフを舐めて、笑った。









//27歳?(26歳以上)

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めぐりあい
人の時は巡る廻る。
だから出会いもまた、巡り廻る。

私たちのすることは世界を維持すること。
それぞれが存在し続けることで、世界は存続していく。
居ることが、意義。
こう言えば聞こえはいいが、ただ人身御供と何が違うのかと昔思った。
今は思わない。
そんなことを思うのも、馬鹿らしい。無意味だ。
幾ら考えても、私はもう人ではないのだから。
私たちはただ世界を眺めている。
人間が何をするのかを見ている。
世界が壊れていく様を見ている。
哀れなと思いながら、すぐ傍でただ、見ている。

他にすることもないし、出来ることもない。

出来ることといえば、そう。
私が見える人間に、何かをしてやるくらい。
例えば、少し前に神社にやってきた赤子に、私の目を譲ったように。

出雲に神が集まる季節だった。
紅葉を眺めていた私を、じっと見る視線。
穢れのない、澄んだ、幼い瞳。
まだ自我もはっきりしていない赤子に穢れや汚れがあったらその方が逆に驚くが。
神主の一族であるわけでもないのに神が見える目は久しぶりで、不意に気紛れが擡げて。
じっと、私を見る赤子に、笑みを向けた。
まだ自分は笑えたのかと、軽く驚いた。

私はその子が好きになった。

「―――――いい子だね。お前に贈り物をあげよう」

言葉などわかるはずもない赤子は。
私が近づいていっても、やはりじっと、私を見ていた。

その、目に。

そっと手を、翳す。

その瞬間、自分の視界から世界が消えた。

「次に会ったら、返してくれ」

気紛れ以外のなんでもない。
もしあの子が死ぬまで私に会わなかったとしても、大した時間ではない。
それまで盲目というのも、変化があっていい。
私はそれで満足して、踵を返す。

そして。

あの日とは違う神社、喚ばれた神に興味をもって立ち寄ったそこで。
私は再びあの子と会った。

時は巡り廻り。
あの子は赤子ではなく、けれどあの子だった。
見えない目でも、あの子が私を見ているのがわかる。
あの日と同じように、私の隣には紅葉があった。

「ずっと見てたけど、会うのは久しぶりだ」

私は。
ふと、微笑んだ。

ああやはり、私はこの子が好きらしい。

少女を通り越して女性に成長した赤子が、私をただじっと見る。
目隠しをした、私を。

「約束通り、返してもらうことにしよう」

時は巡り廻り。
人は時とともに変わり。
出会いは、巡った。

私は何も変わらない。

私を見つめるその目に手を翳せば、暫く見ていなかった視界が私に戻ってきた。

「あ・・・・・・・」

そこで、初めて。
彼女が、言葉を漏らす。
私の目ではなくなった瞳から、涙を零した。

「あっ・・・・・ぁ・・・・・!」

嬉しいのか、悲しいのか、それとも、苦しいのか。
わからない感情が視える。

このめぐりあいがあの子にどんな変化を齎すのか、それは私が決めることではない。

だから私は言う。

「さよなら、不動花梨」

たぶんもう、会うことはないだろう。









//26歳(予定)
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邪険にされても
「樹っ!」

最初の呼びかけには、振り返りもしない。
走って前を歩く姿に追いついて、もう一度呼んで。
ようやく、何の感情も篭っていない冷ややかな目線がちらりとこちらに向けられる。
しかし、それだけだ。
応えはない。
視線も長くは持たない。ほんの、一瞬。

「樹、今日の取引には行くの?俺・・・アタシも、親父に出ろって言われてて」

会話という会話も成り立たないまま、歩く樹の後を追う。
自分だけが一人話を続け、ただただ関心を引けるようにと工夫を凝らす。

「あ、そうだ、あの、銃!トカレフを一丁新調したんだけど、まだ試し撃ちしてなくてさ、樹は何使ってたっけ?銃は使わないんだっけ?」

一度として、それが功を奏したことはない。

いつも俺が追って、追って、追って。
樹は逃げるわけでもなく、毛の先ほどの興味も俺に抱かない。
無視されてるわけではない。
視界に、思考に、入らないだけ。
流石にそれは、わかってきた。

この男の視界に含まれるのは、この男の役に立つ人間だけなのだ。

そして俺は、この男に、「役に立たない」と認識されている。

樹にとって、「役に立たない人間」など、人間ではない。
そもそも「役に立つ人間」だって道具であって、「人間」とは認識されないのだから、「役に立たない人間」なんて居ないと同義で当然だ。

それでも、それでも。

幾ら邪険にされても、俺はこの男を追う。

「樹っ!」

俺は。アタシは、あんたが―――――・・・・









ぱちぱちと、炎で木材が爆ぜる。
赤く染まった日本家屋に、呆然と目をやった。

何故か、証拠もないのに確信する。
ああ、これは。
樹が―――――閃月が、やったことだ。

屋敷に居た人間で、生き残りはゼロ。
闘争だとも仲間割れだとも言われて、結局放火で片が付いて。
警察は一人行方不明になった閃月を探したが、見つかるわけもなく。

アタシは、独り立ち尽くす。

届かないことは知っていた。
どれだけ呼びかけても、振り返らないことは知っていた。
でも、でも、それでも。
それでも、きっと。
アタシのためでは決してないけれど、此処に。

此処に、居ると、根拠もなく、思っていた。



「――――――――いつきっ・・・!!」



ああ。

世界が、音を立てて壊れていく。









//?

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