安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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素振り
優しい素振りをしたって、あたしは知ってるんだ。
アレは、『時計』は、悪魔だ。
心を痛めている素振りを見せたって、あたしは信じない。
悪魔はきっと、内心犠牲者を嘲っているに違いない。
簡単に自分の言葉を信じる、このファミリーを笑っているに違いない。

「――――御免なさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

泣いていたって、何とも思わない。
どうせ嘘泣きに決まってる。

「ごめんなさい・・・・・っ!」

こんな声に宿る悲痛な色なんて、装飾で。

「ぼくの、せいで・・・・、・・・・!!」

御免なさい、と。
何度も何度も泣きながら言う子供。
小さな身体に罪の意識と自己嫌悪を詰め込んで、壊れそうになっている、子供。

そんな姿、なんて。
偽りに、決まって。

「――――――いきたい、なんて」

死体の前で、儚く散った命の悔恨を引き受けようとするように、搾り出す、声だって。

嘘に。

「生きたいなんて、思って、ごめん、なさっ・・・!ごめんなさいっ・・・・!!」

―――――――――決まって、いるのに。

寸分違わず頭部を狙っていた銃を下ろす。
はらはらと涙を流し続けていた子供が、虚ろな目でこちらを見やった。
深淵を覗いたような、暗い昏い、悲哀を映した、瞳を。
あたしに向ける。

また涙が一筋、その瞳から零れ落ちた。

「・・・、・・・どうして、うたない、の」

もう。
こんなの、いやなのに。

小さく微かな声は、正真正銘、絶望に彩られた、空虚なもので。
解ってしまう。
否、本当は最初から、解っていた。
許しを請う声も、死者を惜しむ涙も、胸を焦がす後悔も。
この子供は本当に、感じているのだろうと。
素振りでも、偽りでも、なく。

本当に、絶望しているの、だと。

「・・・・・・・・・・・っ・・・・!!!」

銃口を向けていた相手の小さな手を取って、反射的にドアへ向かおうとする。
理屈じゃない。
憎い『時計』。
悪魔。
でも、でも、でも。



泣いている、子供だ。



呆然としていた子供が、驚愕に目を見開いて。





「だめっ・・・・・!」





ぱんっ、と、笑えるような音が、最期。
泣き声は止まず、更なる悲痛な絶叫が空気を裂いた。









//12歳

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弾むように歌う声
Jingle bells, jingle bells, jingle all the way
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh―――・・・

ショーウインドウのディスプレイに触発されて、小さく歌を口ずさむ。
ハロウィンが過ぎればすぐにクリスマス。
それが過ぎれば今度はお正月。
商戦は常に一歩先へ進んでいる。
まるでそれは、ぼくの視界のように。

Jingle bells, jingle bells, jingle all the way
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh

自然と浮かぶのは微笑み。
楽しい歌は、人を楽しい気分にさせる。
クリスマスもお正月も、ぼくにはあまり関係ないけれど。
それでも、心が軽く浮き立っていく。

A day or two ago,I thought I'd take a ride,And soon Miss Fanny Bright
Was seated by my side;
The horse was lean and lank;
Misfortune seemed his lot;
He got into a drifted bank, And we, we got upsot.O

口ずさんでいただけの歌声は徐々に音量が上がり、ぼくは人目も気にせず歌いながらメインストリートを歩く。
人の波を縫えば、何人かがぼくを振り返った。

Jingle bells, jingle bells, jingle all the way!
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh
Jingle bells, jingle bells, jingle all the way!
O what fun it is to ride In a one-horse open sleigh――――・・・

気分が乗れば足取りも軽く、ショーウインドウの立ち並ぶ通りを軽快に歩いていたぼくの足が、そこで止まる。

コートのポケットの中で、初期設定のままの電子音が鳴り響いた。

「・・・、・・・・残念」

視えてしまった。
この携帯が、鳴る光景が。

「――――・・・Jingle bells, jingle bells, jingle all the way・・・」

無視はできない、電子音。
それでも数回のコールは無視して、ようやくポケットから取り出した。

周囲の喧騒と明るいディスプレイ、「日常」が、急速に色を失い冷えていく。

目を閉じて、細く長く息を吐いた。
吐く息が、白い。

「・・・・・・・・はい」

仕事だ、とは、聞かなくても視なくても、わかる言葉だった。









//21歳
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冷たい
ぼくはその日、生きているということはとても温かいということなのだと、実感した。

血の通った手も、腕も、頬も。
触れればほっと息が漏れるくらい、温かい。
それが当然だと思っていた。
それ以外の温度なんて、知らなかったから。

そっと、もう一度、白い滑らかな頬に触れる。

目を、伏せた。

悲しく、なる。
けれど、涙は出ない。
現実が、酷く遠かった。


「――――――――・・・・つめたい・・・・」


どうしてだろう?
答えは簡単だ。

彼は、死んでしまったから。

もう生きて、いないから。

死ぬって何だろう。
生きているって、何。
動くこと?
話すこと?
笑うこと?

どれも当たりで、どれもハズレ。

死ぬって、冷たくなること。
生きているって、温かいこと。

ひやりとした感覚が指先から身体の芯まで伝わって、ぱっと手を頬から離した。

ああ。
ああ、ああ、ああ。

そうか。

この人は、死んでしまったのだ。


―――――――――ぼくの所為で。


逃げようと。
ぼくに言った、人。



「―――――――――・・・っ!!」



突然現実が戻ってきて、ぼくは悲鳴のような慟哭をあげる。
そして思考は暗転した。

ああ。

ああ、ああ、ああ、ああ。









優しさを与えてくれたのに、ぼくは悲劇しか返せない。









//12歳
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この気持ち、文にしたためて
大好きなあなたへ。

手紙なんて書いたのは久しぶりで、少し緊張してます。
字が下手で読めないなんてことがないといいけど。
書き出しから悩んでしまって、書き終わるまでにどれだけ時間がかかるかが疑問です。

今更こんな手紙を書いたのは、伝えたいことがあったから。
口で言えば早いけど、たまにはいいかなって。
流石に投函はしないので、すぐに読んでもらえるといいなと思ってます。
別に返事は要りません。ぼくが言いたいだけだから。
・・・返事、読めるなら、嬉しいけど。

あなたと会ったのは何年前だっただろう。
ずっと昔だったなら嬉しいのに、まだそう経ってないよね。
あなたと出会えたことは幸運でした。
本当に、ぼくには勿体無いくらいの幸せ。
あなたは多分知ってるかな。
ぼくが、とてもあなたを好きだったこと。
あなたが笑ったら嬉しくて。
あなたに呼ばれたらくすぐったくて。
あなたの行動に、一喜一憂していた。
とても。とても、幸せなこと。

ぼくはあなたが好きです。

だから、言わせて欲しい。
ありがとう。
そして――――――――――――・・・・・









ごめんなさい。









//26歳?(26歳以降)
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ゾロ目
彼はよくぼくをカジノに連れていった。
それは合法的な場所から、違法な場所まで幾つもの。

「―――――赤の5」

ぼくは賭けたりはしない。
ただ、彼が座った場所の、未来を見て告げるだけ。

ルーレット、ブラックジャック、ポーカー。
一番視易いのはルーレットだったけど、一番未来が変わりやすいのもルーレットだった。
それは解りやすく言えばイカサマで、ぼかして言えばディーラーの腕。
いつも当然のように、彼はスロットなど目もくれず、テーブルに向かう。
当たりすぎてイカサマと呼ばれても、彼はびくともしない。
そして当然、イカサマの証拠はどこにもない。
彼はそれもまた、自分の利益として役立てる。

日本にもカジノはあった。
それは全て裏の、非合法なカジノ。
日本では賭博が認められていないから、お金を賭けていればどこでやっても非合法だ。
欧米と同じように、ルーレット、ブラックジャック、ポーカー。
そして。

「丁、半。どちらかに御賭け下さい」

サイコロ。
これも古き良き、というのだろうか。
江戸から続く、裏の賭け事。

黙っていれば、彼はぼくを見て。

ぼくは口を開く。

「・・・・・、・・・・6と6の、ゾロ目」

今日はどれだけ、勝つのだろうと。
そんなことを、思考の端で思った。









//21歳
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