安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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鏡の中の偽り
ぼくには霊視の能力はない。
そもそも、霊感と言うものが皆無に近い。

だから無理だと言ったのに、ぼくが連れて行かれたそこには、一枚の姿見が置かれていた。

「・・・・・・これが?」

それは、未来を映すと言う噂の、鏡だった。

よくある話、だと思う。夜中の何時に見れば、死ぬ時の顔が映るとか、結婚相手が映るとか。
けれどこの鏡は噂に留まらず、未来かはわからないが、覗いた人の姿以外のものが、映ったらしい。
人々は鏡に幽霊が宿っていると口々に証言した。

本当に未来が映るのか。
その検証に、既に効果が実証されているぼくが呼ばれた。

未来だとしたら、何の、いつの未来か。
同じ力を持つぼくなら、何かを感じ取れるかもしれない――――・・・そんな風に、言われた。

けれど噂の「それ」を目にしても、ぼくは何も感じない。
目立った反応をしないぼくの代わりのように、ぼくを連れてきたボスが、口の端を持ち上げて薄く笑った。

行けと促されて、鏡の前に、立つ。
鏡の中には、左右逆のぼくがいた。
人の未来を視る要領で鏡の未来を覗こうと、束の間目を閉じて意識を切り替える。
相手が動かない鏡だから視えた光景が未来か今かわかり辛くて、鏡に、手を伸ばす。

とん、と。
背中を、押された。

「え・・・・・・・・・」

体勢が崩れて手が鏡に触れる、寸前に。





鏡の中で、立ったままの、ぼくが。

ニィと、笑った。





何か電気が走ったような感覚と派手な音がして、ぼくは膝から崩れ落ちた。

そして。

ボスが、面白そうに、嗤う。





―――――ぼくが覚えているのは、そこまで。









//21歳?
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星降る夜
降るような星空が、ぼく眼前に広がっていた。

暗い室内。
身体を預けるのは、座り心地のいいリクライニングシート。
ドーム上のホールの中央に、大きな機械。
柔らかな声と優しい調べが、耳に届く。

最近のプラネタリウムはただ東西南北の星を映すだけじゃなく、色々なものを映し出す。
それは物語だったり、綺麗な絵だったり。
ストーリーに沿ってアロマの香りが施される、なんていう上映もあった。

ぼくはそれを、飽きもせず、ずっと見ていた。

外に出れば、本物の星空が頭上に広がっていて。
冷たい空気に、吐いた息が白かった。
冬は星と月が綺麗で、見ていて楽しい。
折りしも今日は、満月だ。

またぼくは、プラネタリウムと同じように、その空をじっと見つめる。

ここに居れば会えることは、視て知っていた。

「不動さん」

声が聞こえて、振り返る。

今日は。

「・・・・・・・・こんばんは」




あなたにさよならを、言いに来た。











//21歳
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一生分の運
僕は多分あの時、一生分の運を使い果たした。
そう、思う。

だからこんなに、不幸なんだろう。

「・・・・君に会ったことは奇跡のような幸運だったよ」

微笑んだ。
確かに運が良かった。
彼女に会わなかったら、きっと僕は死んでいたから。
でもだから、その後にいいことは何もなかった。
彼女の所為で。
彼女の、所為で。

たまたま、すれ違って。
いきなり「行かないほうがいい」と真剣な目で言われ、なんだこの人と胡乱な目を向けて。

でも数十分後、彼女の言葉の真意はわかった。

彼女に呼び止められなければ、ぼくは玉突き事故に巻き込まれて死んでいた。
轢かれて血を流して、痛いし苦しい最後だっただろう。
僕が相手にしなくても彼女が食い下がってくれたおかげで、僕は間一髪巻き込まれずに済んだ。

それが幸運でなくて、なんだと言うのか。

「――――――でもだからこそ、君が憎い」

それは一生分の幸運。


使い果たして枯渇した運は、僕に不幸ばかりを連れてくる。


例えばその日のすぐ後、空き巣に入られた。
その後は、父が入院して。
彼女には振られてしまい、バイトも首になって。
こんな汚い仕事に、手を出すはめになった。

君があの時、ぼくに会った、その幸運の、所為で!

微笑みは、酷薄な笑みへと、変わる。



「ねぇ。僕にどう、償ってくれるの?」



僕は、君を許さない。









//21歳以降
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それが親心
子供の幸せを願わない親は居ない。
そんな言葉を見るたびに、思うことがある。

――――――――本当に?

「それが親心というものです」
「そうですよね」

確か話していたのはテレビの中の、有名なコメンテーター。
相槌を打っていたのは、アナウンサーだっただろうか。
よく覚えていないが、とにかく、そんな会話を耳にして。

“親心”。
ぼくは「それ」がよくわからない。
ぼくは「それ」を、知らない。

あの人たちの中にも、そんな心はあったのだろうか。

いつも笑っていた母。
優しい父。
けれどぼくも兄さんも、簡単にお金に変えた人たち。

幻聴が、聞こえる。

歌うような声で。
優しい穏やかな声で。
覚えている、好きだった声で。





「お母さんはね、花梨が大好きよ」
「もちろん、父さんもそうだ」

「だって、あなたは高く売れるんだもの――――――・・・」




首を振る。
違う。あの人たちは、そんなに酷い人たちではなかった。
ただ、普通ではなかっただけで。
ただ、普通とは違っただけで。
ただ。
それが「酷い」と、理解できなかっただけで。

計算尽くではない。
本当に純粋に、ただ、ぼくを売ればお金が手に入ると気付いてしまっただけ。

「大好きよ、花梨」

それは偽りのない本心。

「さようなら、花梨」

これも偽りのない言葉。

「「元気でね」」

これすらも。
紛れもない、真剣なエール。

二人はぼくの幸せを願っていた。
でもぼくを幸せにしてくれる気はなかった。
二人はぼくを好きだった。
でもそれよりも、お金の方が好きだった。

ねぇ。

おやごころ、って、なんですか?









//14歳
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胸の痛みの理由
締め付けられるように、胸が痛い。
「悲しい」に、似てる痛み。
「苦しい」に、近い痛み。

けれどそのどちらでもない、無視できない痛み。

嘘を、つく。

さぁ、何でもないように、綺麗に笑って?



「大丈夫。なんとも、ないよ」



ごめんなさい。

また一つ、謝罪する。
ぼくの人生は懺悔が多すぎて、一つくらいの謝罪ではあまり意味がないかもしれないけれど。

ごめんなさい。

それでもやっぱり、ぼくは、心の中で謝るのだ。
謝るのは卑怯で、ぼくには謝る資格すらないと解っていても。
謝らずには、いられない。

ごめん、なさい。




けれどあなたは、こちらに近づいては、いけない。




嘘付きで御免なさい。
騙すような形になってしまって、御免なさい。
あなたのためだと言ったら、傲慢だと言われそうだけど。
それでもやっぱり、ぼくは。









「用があるから、行くね?・・・・・・さようなら」









もし、もしも、また、会えたなら。
そしてこんな嘘をついたぼくを、許してくれるなら。
その時は、この嘘を叱ってください。









//23歳
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