育ちが知れる |
2008年4月21日 19時21分
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「ほらあの子、・・・、だから・・・ねぇ」
こそこそと交わされるやりとり。
ぼくはいい。
別に、本当のことだから。
でも、この子は。
「こんにちは」
噂話の主役だと知ってか知らずか、ぼくの手をぎゅっと握って、幼い息子がにこりと笑う。
二人の主婦は虚を突かれたような顔になり、それからちらりとぼくを見て罰が悪そうに立ち去った。
この子は、こんなにいい子なのに。
ぼくの所為で。
つい、顔が曇る。
周囲を見ながら楽しそうに歩いていた息子が、ぼくを見上げて足を止めた。
「大丈夫だよ、お母さん」
にこっと、花が咲いたように、笑う。
「普通にちゃんとしてれば、みんなわかってくれるから。全然、大丈夫だよ?」
『親があれだから、どうせ子供も・・・・・』
『育ちが知れるって・・・』
『匠くんとは仲良くしちゃダメよ』
聞こえる言葉。
聞かされる、言葉。
「占い師」なんていう職業と、父親の不在が、噂話に拍車を掛ける。
尾鰭が生え背鰭が生え、生きもののようにびちびちと跳ね回る。
それはまるで、見えない蜘蛛の糸のようにぼくを縛った。
君は強いね。
称賛の気持ちが沸いて、微笑んだ。
丁度手の置きやすい位置にある頭を、優しく撫でる。
「うん。そうだね。ごめん、匠。帰ろうか」
繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら、また歩き始める。
ぼくが笑ったことに安心して、息子はまたきょろきょろと周囲に関心を移した。
ふと。
視えてしまった、未来を思う。
ああぼくは。
後どれくらい、君と一緒に居れるんだろう。
//25歳・・・くらい?
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ひとでなし |
2008年4月16日 18時48分
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「このっ・・・ひとでなしっ・・・!」
痛い言葉。
否定できない、言葉。
胸を抉る。
「ひと」でないなら、ぼくは。
一体何だろう。
ひとの形をした悪魔だとか、化け物だとか。
言われ慣れているけれど、でも。
それでもぼくは、「ひと」なのに。
それとも。
本当に、ぼくはひとではないのだろうか。
だから。
だから、いつまでもぐずぐずと、どちらにもなりきれず、生きているのか。
ひとならば。
こんな選択をする前に、ちゃんと、死ねたのだろうか。
生きていてもいいことなんてないと、諦めることが、できたのだろうか。
「ひとでなし」、と。
言われるたびに、ぼくは欠陥を指摘されたように、心を冷やす。
//13歳
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真打ち登場! |
2008年4月15日 18時59分
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初めて会った時、ぼくは少し嬉しかった。
買われてからずっと、同じくらいの子供には、殆ど会ってなかったから。
だから実は、ほんの少し、期待したのだ。
友達に。
なってくれるかも、知れないと。
・・・期待なんて、無駄だと教えられていたのに。
男の子を連れてきた黒服の幹部が言う。
「ディス。これが噂の“時計”だ」
男の子は、最小限の動作でぼくを一瞥して。
そして、笑う。
それはそれは、楽しそうに。
嗤う。
「ヘェ・・・へーぇ、コレが。コレがねぇ!」
反射的に、理解した。
ああ、この人は。
「ハジメマシテ、時計ちゃん。俺はディス。ファミリーネームはないからオトナシクそう呼んで?ああうん、いいねぇ、いいジャン」
あの人とは違うけど、怖い、人。
何も言えないぼくに顔を近付けて、猫のような眼を細める。
「俺はアンタが要らなくなったら棄てる役。完膚なきまでに殺し尽くしてヤるから、安心してな」
出来るだけ早く逃げたり使えなくなってくれると、とっても嬉しい。
――――――――それが、初対面。
もう10年くらいは、経つのだろうか。
その時から。
わかっていた。覚悟はしていた。
ぼくは彼に殺されるのだろう、と。
「フッフッフー。真打ち登場!って感じか?」
大人になったあの時の「男の子」は、笑う。
とてもとても、楽しそうに。
あの時と同じように猫のような眼を細めて、言った。
「待ちに待ったなぁ、フドウカリン」
さぁお楽しみの、オカタヅケだ。
――――――・・・彼は、ディス。
マフィアの世界でも名高い、腕のいい、殺し屋。
//24歳?
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歪な愛 |
2008年4月14日 19時56分
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これは愛なのだろうか。
多分違うのだろう。
愛ならば、もっと狂おしく、そして、もっと暖かいはずだから。
「・・・・・・ディス」
呼んでも起きないのはいつものこと。
もとより期待していない。
起きなくていい。
起きなくて、いいのだ。
一度呼んだだけでは安心できず、もう一度、呼ぶ。
「ディス」
彼にも私にも、最初は名はなかった。
これは私たちを買う彼らが、適当に付けた名前。
でも別にいい。
それについては、何の感慨もない。
名前など、どうでもいい。
肝心なのは、そう。
手に慣れた銃を取り出すと、心が高鳴った。
つい、微笑みそうに、なる。
身体がぞくぞくして、えもいわれぬ快感に瞳が潤んだ。
肝心なのは、大切なのは、名前なんかではなくて。
この手であれを殺すこと。
「・・・・・・あー・・・。・・・朝?」
「・・・・・・違う」
ああ残念だ。
とても、残念だ。
今日もまた、殺せなかった。
これは、愛なのだろうか。
否、多分違うのだろう。
愛ならば、もっと狂おしく、そして、もっと暖かいはずだから。
//ディスとフィア
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初々しい |
2008年4月9日 19時02分
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「あら、初々しいこと」
真新しいランドセルを背負って走る。
近所の顔見知りのおばさんが、そう言って頭を撫でてくれた。
走るぼくを見守りながら、両親が優しい顔で後ろを歩いていた。
「花梨、走ると危ないわよ?」
「転ばないようにな、花梨」
掛かる言葉も優しく、暖かい。
「だいじょうぶ!」
ぼくは根拠もなく、そう返した。
淡い記憶。
「小学校」が嬉しくて楽しくて、希望に満ち溢れていた幼い日。
もうほとんど葉桜の桜がひらひら散って、地面はまるで疎らに絨毯を引いたような有様だった。
春らしい日だった。
パステル色の、柔らかい、日だった。
ぼくはだから、春が好きだったのに。
それから少し後に放り込まれた闇色の世界で、桜は血溜りの上に不安定な波紋を描くことを知った。
花びらは皆、真っ赤に染まることを、知った。
春を嫌いにはならなかったけど。
ただもう、あの頃のように無条件に浮かれることはできない。
//6歳
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