安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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育ちが知れる
「ほらあの子、・・・、だから・・・ねぇ」

こそこそと交わされるやりとり。
ぼくはいい。
別に、本当のことだから。

でも、この子は。

「こんにちは」

噂話の主役だと知ってか知らずか、ぼくの手をぎゅっと握って、幼い息子がにこりと笑う。
二人の主婦は虚を突かれたような顔になり、それからちらりとぼくを見て罰が悪そうに立ち去った。

この子は、こんなにいい子なのに。
ぼくの所為で。
つい、顔が曇る。

周囲を見ながら楽しそうに歩いていた息子が、ぼくを見上げて足を止めた。

「大丈夫だよ、お母さん」

にこっと、花が咲いたように、笑う。

「普通にちゃんとしてれば、みんなわかってくれるから。全然、大丈夫だよ?」

『親があれだから、どうせ子供も・・・・・』
『育ちが知れるって・・・』
『匠くんとは仲良くしちゃダメよ』

聞こえる言葉。
聞かされる、言葉。

「占い師」なんていう職業と、父親の不在が、噂話に拍車を掛ける。
尾鰭が生え背鰭が生え、生きもののようにびちびちと跳ね回る。

それはまるで、見えない蜘蛛の糸のようにぼくを縛った。



君は強いね。



称賛の気持ちが沸いて、微笑んだ。
丁度手の置きやすい位置にある頭を、優しく撫でる。

「うん。そうだね。ごめん、匠。帰ろうか」

繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら、また歩き始める。
ぼくが笑ったことに安心して、息子はまたきょろきょろと周囲に関心を移した。

ふと。
視えてしまった、未来を思う。

ああぼくは。



後どれくらい、君と一緒に居れるんだろう。










//25歳・・・くらい?
コメント(0)トラックバック(0)21歳以降
 


ひとでなし
「このっ・・・ひとでなしっ・・・!」

痛い言葉。
否定できない、言葉。
胸を抉る。

「ひと」でないなら、ぼくは。
一体何だろう。

ひとの形をした悪魔だとか、化け物だとか。
言われ慣れているけれど、でも。
それでもぼくは、「ひと」なのに。

それとも。
本当に、ぼくはひとではないのだろうか。

だから。
だから、いつまでもぐずぐずと、どちらにもなりきれず、生きているのか。

ひとならば。

こんな選択をする前に、ちゃんと、死ねたのだろうか。

生きていてもいいことなんてないと、諦めることが、できたのだろうか。

「ひとでなし」、と。

言われるたびに、ぼくは欠陥を指摘されたように、心を冷やす。











//13歳
コメント(0)トラックバック(0)10〜15歳
 


真打ち登場!
初めて会った時、ぼくは少し嬉しかった。
買われてからずっと、同じくらいの子供には、殆ど会ってなかったから。
だから実は、ほんの少し、期待したのだ。

友達に。
なってくれるかも、知れないと。

・・・期待なんて、無駄だと教えられていたのに。

男の子を連れてきた黒服の幹部が言う。

「ディス。これが噂の“時計”だ」

男の子は、最小限の動作でぼくを一瞥して。
そして、笑う。

それはそれは、楽しそうに。

嗤う。

「ヘェ・・・へーぇ、コレが。コレがねぇ!」

反射的に、理解した。
ああ、この人は。

「ハジメマシテ、時計ちゃん。俺はディス。ファミリーネームはないからオトナシクそう呼んで?ああうん、いいねぇ、いいジャン」

あの人とは違うけど、怖い、人。

何も言えないぼくに顔を近付けて、猫のような眼を細める。

「俺はアンタが要らなくなったら棄てる役。完膚なきまでに殺し尽くしてヤるから、安心してな」

出来るだけ早く逃げたり使えなくなってくれると、とっても嬉しい。

――――――――それが、初対面。

もう10年くらいは、経つのだろうか。
その時から。
わかっていた。覚悟はしていた。

ぼくは彼に殺されるのだろう、と。

「フッフッフー。真打ち登場!って感じか?」

大人になったあの時の「男の子」は、笑う。
とてもとても、楽しそうに。

あの時と同じように猫のような眼を細めて、言った。

「待ちに待ったなぁ、フドウカリン」

さぁお楽しみの、オカタヅケだ。

――――――・・・彼は、ディス。

マフィアの世界でも名高い、腕のいい、殺し屋。










//24歳?
コメント(0)トラックバック(0)21歳以降
 


歪な愛
これは愛なのだろうか。
多分違うのだろう。


愛ならば、もっと狂おしく、そして、もっと暖かいはずだから。


「・・・・・・ディス」

呼んでも起きないのはいつものこと。
もとより期待していない。
起きなくていい。
起きなくて、いいのだ。

一度呼んだだけでは安心できず、もう一度、呼ぶ。



「ディス」



彼にも私にも、最初は名はなかった。
これは私たちを買う彼らが、適当に付けた名前。
でも別にいい。
それについては、何の感慨もない。

名前など、どうでもいい。

肝心なのは、そう。

手に慣れた銃を取り出すと、心が高鳴った。
つい、微笑みそうに、なる。
身体がぞくぞくして、えもいわれぬ快感に瞳が潤んだ。

肝心なのは、大切なのは、名前なんかではなくて。



この手であれを殺すこと。


「・・・・・・あー・・・。・・・朝?」
「・・・・・・違う」

ああ残念だ。
とても、残念だ。

今日もまた、殺せなかった。






これは、愛なのだろうか。
否、多分違うのだろう。


愛ならば、もっと狂おしく、そして、もっと暖かいはずだから。













//ディスとフィア
コメント(0)トラックバック(0)その他
 


初々しい
「あら、初々しいこと」

真新しいランドセルを背負って走る。
近所の顔見知りのおばさんが、そう言って頭を撫でてくれた。
走るぼくを見守りながら、両親が優しい顔で後ろを歩いていた。

「花梨、走ると危ないわよ?」
「転ばないようにな、花梨」

掛かる言葉も優しく、暖かい。

「だいじょうぶ!」

ぼくは根拠もなく、そう返した。

淡い記憶。

「小学校」が嬉しくて楽しくて、希望に満ち溢れていた幼い日。

もうほとんど葉桜の桜がひらひら散って、地面はまるで疎らに絨毯を引いたような有様だった。

春らしい日だった。

パステル色の、柔らかい、日だった。

ぼくはだから、春が好きだったのに。






それから少し後に放り込まれた闇色の世界で、桜は血溜りの上に不安定な波紋を描くことを知った。

花びらは皆、真っ赤に染まることを、知った。


春を嫌いにはならなかったけど。
ただもう、あの頃のように無条件に浮かれることはできない。










//6歳
コメント(0)トラックバック(0)0〜9歳
 



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