心頭滅却すれば |
2007年8月27日 02時15分
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ぼくがたまに行く店。
古いビルの2階にある、ひっそりとした扉の小さな店。
否、それなりの広さはある。けれど、林立された本棚の所為で、とても狭く見える、店。
「古書喫茶」。
喫茶と言ってもメニューもなくほとんどセルフで、出てきてもコーヒー、という、喫茶とは言えないくらいの喫茶店。
本棚に隙間なく並べられたジャンルの様々な本は、閲覧自由持ち出し可。
図書館と違うのは、あまり大勢の人が来ないところと、24時間何時でも開いているところ。それから、置いてあるのは古書が中心であるところか。
ひっそりとした佇まいのドアには店の名前もなく、「welcome」の札が下がっているだけ。
普通の人は、まず、開けない。
ぼくがその店を知った経緯はまぁ、此処では省く。
「いらっしゃい、花梨さん。まだまだ暑いですね」
そう零したのは人当たりのいい、店主の青(せい)。
彼がこの部屋から出たのをぼくは見た事がない。
この部屋は適度な冷房が効いているし、部屋の間取り的に日光があまり入らない構造なので暑くはない、のだけど。
気を使って話題にしてくれたのか、それとも外に出たのか。それが少し謎だ。
寡黙にコーヒーを青の居るカウンターに置くのは従業員の緑(ろく)さん。
どう贔屓目に見ても中学生の青と30台だという緑さん。
これで店主は青なのだから、それも謎といえば謎。
でも、それはぼくが口を出すことではないし、言ってみれば「どうでもいいこと」だ。
大事なのは、誰が店主か、誰が従業員か、そんなことではなくて。
「そうだね。こんにちは、青。緑さんも。今、誰か来てる?」
「ええ。高埜さんがいらしてます」
「ああ、彼女か」
此処はとても、居心地がいいと、いうこと。
入り口から本棚を縫って奥へ行けば、幾つかのテーブルと椅子。
この部屋唯一と言っていい窓の傍の席に、一人の女子高校生。
この店は、店主も従業員もいい人で。
それから、客も選んだようにいい人だ。
「こんにちは」
「御機嫌よう、花梨さん」
「相変わらずの指定席だね。たまには別のところに座ればいいのに」
「気に入ってるのよ、此処」
全寮制の女子高に通っているという高埜鏡子嬢。
お堅いイメージはあるのに、何故かよくここに居る。
昼夜問わず。夜には少し客が増えるからと、ウエイトレスのようなことすらしていた。
彼女もまた、謎といえば謎だ。
そして次によく会うのは、「謎」の塊。
「・・・・・・暑い」
何時の間に後ろに居たのか、声に振り返ればその謎の塊がひっそりと立っていた。
青よりも更に幼い容姿。
けれど自称、ぼくよりもずっと年上。
「東雲さん」
「御機嫌よう、静里香ちゃん」
「また会ったな。花梨、鏡子」
彼女は。
「魔法使い」なのだと、言う。
真偽を問うたり一笑に付すような無遠慮な人は、此処には来ない。
だからぼくも、本当のところはよく知らない。
それでいいと思う。
本当に魔法使いだったらそれはそれで素敵だと、思う。
というか、結構信じてるかもしれない。
「しかしそなたら、青もだが・・・妙に涼しげだな」
「そうかな?」
「そうかしら?ちゃんと暑さは感じているわよ?」
「佇まいがこう・・・なんというか、暑さも裸足で逃げそうだ」
「それ、高埜さんだけじゃ・・・」
「褒められているのか貶されているのか判断が難しいわね」
「とにかく、「あーつーいー!」という叫びが聞こえん。不思議だ」
「そうね・・・強いて言えば、あれかしら」
「「あれ?」」
此処で緑さんがコーヒーを二つ持ってきてくれて、やはり寡黙にテーブルに置く。
何も言わずに去るかと思いきや、ぼそりと、小さく一言呟いた。
「心頭滅却すれば、でしょうか」
三人で目を瞬く。
それから「あれ」と言った高埜さんが、くすりと妖艶に笑った。
彼女はたまに目の毒だと、思う。
「流石ね。心頭滅却すれば火もまた涼し―――要は気力の問題よ」
なるほどと、ぼくと東雲さんは妙な説得力に感心した。
此処は、場所も店主も従業員も客も、不思議な店だ。
//21歳
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制御し難い感情 |
2007年8月26日 00時55分
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これ以上、彼を好きになってはいけない。
そう思うのに、思うように、上手く行かない。
どうしてこんなに彼は優しくて、ぼくは甘えてしまうのだろう。
もう会ってはいけない。
彼のためを考えれば、間違いなくそれが正解。
ぼくと関わらせてはいけない。
さようならも告げずに、予知を駆使して、離れるのが、ぼくにできる唯一のこと。
なのに。
なのに。
ああ、どうして。
「・・・・こんばんは」
会えてこんなにも嬉しいと、心が叫ぶ。
既に巻き込んでしまった。
ぼくと関わっていたら、きっとぼくは彼をもっと巻き込んでしまう。
それなのに、ぼくは、また、彼に会いたくなる。
会って、話して、笑顔を見たいと、思う。
甘えてしまう。
彼は優しいから。
彼はとても、優しいから。
いけないのに。
今度だけ、これでおしまい――――何度、そう、思ったことか。
ぼくは、なんて、弱い。
制御し難い感情が、風に翻弄される木の葉のように揺れ動く。
ぼくは。
ぼくは彼に、何を返せるのだろう。
//21歳
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奇跡の目撃者 |
2007年8月25日 01時28分
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それは奇跡のような光景だった。
降り注ぐ鉄骨。
不思議な色の瞳をした少女が、その中を泳ぐように動く。
その目は何処も見ていないようで、しかし全てを見通すように煌いて。
必要最小限の動きで歩行者の位置を動かして固定し、時には強引に押し出して。
一人の腕を引き一人の背中を一歩押し、少し離れた次の一人に走る。
遥かな高さから落下したビルの骨組みである鉄骨は、少女が最後の一人を押し倒した瞬間に、爆音のような音を立ててコンクリートに突き刺さるように到着した。
土煙が舞って、視界が不明瞭になる。
一部始終をただ眺めていた野次馬が、一拍遅い悲鳴を上げた。
爆音と悲鳴に感化されて、野次馬は一層増える。
僕は思わずぎゅっと拳を握って、彼女と通行者たちの末路を確かめるべく目を凝らした。
そして土煙が収まった、歩道には。
通行人を避けるように林立した、無骨な鉄骨の、林。
皆何が起こったかわからないという顔で、呆然と立っている。
斜めに地面に刺さっている鉄骨もあれば、横倒しになっているものもある。丸太を組み合わせたように刺さっているものもある。
なのに。
誰一人として、怪我人は居なかった。
戦慄する。
僕だけなのだろうか。気付いたのは、見ていたのは、僕だけ?
彼女が、あの、わけがわからないといってもいいような動作で、次々と通行人を動かしていかなければ、鉄骨の下敷きになった人間は絶対にいた。
それはまさに、奇跡のような、光景。
彼女はほっとしたように微笑んで、そして自分は何もしなかったかのように、立ち上がる。
誰も止める者がいないことを幸いと、そのまま、何も言わずに踵を返した。
僕は奇跡なんて信じたことはなかった。
そんなものはないと、迷信だと、思っていた。
けれど、これは。
これは、正しく――――・・・。
「奇跡って、本当にあるんだ・・・・」
この日から、僕の人生観は少し変わった。
//20歳
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あたかも爆発したかのように |
2007年8月24日 03時16分
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視界の中で、閃光が弾けた。
いきなり白で視界が埋め尽くされて、びくりと身体が揺れる。
「まだだ」
肩を掴まれて耳元でそう囁かれ、ぼくはぎゅっと目を瞑る。
目を閉じても意思を持って切らない限り、視界は映像を映す。
今ではない未来の、映像を。
「まだ視続けろ、花梨」
それはあたかも爆発したかのように、見えた。
否、違う。
「あたかも」でも、「ように」でも、なくて。
恐い。
恐い、恐い、こわい。
――――これ以上、視たく、ない。
閃光が収まったその場所には、黒く煤焦げた地面と、飛び散った赤い水の跡、それから。
鮮やかな、鮮やか過ぎるピンク色の肉と真っ白な骨をむき出しにして倒れる、下半身。
上半身はまるで破裂した水風船のゴムのように、バラバラになって周囲に――――・・・
「・・・・・・っ・・・・ひ、ぃ、やぁあっ!」
そこでぼくは目を開けた。
集中力が切れた所為で映像がぼやける。
恐怖と嫌悪で流れた涙も、更に映像を揺らした。
首を振る。
「や、いや・・・・ぃやっ・・・!」
「・・・・花梨」
ぼくの通訳兼お目付け役を命じられた男、ぼくと契約した男、野心家の日本人は、ぼくの目を覗き込む。
底の見えない黒い目から逃れたくて顔を背けようとしたら、顎を取られて固定された。
それでも、小さく首を振る。
「ぃゃ・・・・・」
「これはビジネスだ、花梨」
びくん、と。
身体が揺れた。
これは。
ぼくの、生きる道。
たった一つの、ぼくの、生き方。
「こいつが三日後にちゃんと死ぬかどうか。知りたいのはそれだ。さっさとお前の仕事をしろ、花梨」
震える身体を押し殺して、目を、閉じる。
どうしてと、何度も何度も何度も、心の中で叫んだ。
どうして。
どうして、どうして、どうして、こんなっ・・・!
掠れた声で、未来を、告げる。
――――ああ。
知っているのに何もできないと言うのは、何て。
何て、最低の、ことだろう。
ぼくは、罪のかたまり。
//11歳
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歓喜の渦中 |
2007年8月23日 01時39分
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宴も酣。
宴会なんてどこの世界も変わらない。
酔っ払いの喧騒も、祝杯の酔い易さも。
今宵宴に参加しているのは、下克上が成る前から、「ボス側」だった人たち。
ぼくという「コマ」やボスの性格、能力を鑑みて、ボスに・・・・つい最近名実共に「ボス」になった彼に追従することを決めた、部下たち。
これは歓喜の声が木霊する、勝利の宴。
その騒ぎの渦中で、ぼくは一人寡黙に座っている。
ぼくに構う人は誰も居ない。
ぼくは道具で、今は宴で。
現時点で必要のない道具は、ただあるだけなら背景と化す。
ぼくが此処に買われたのは10歳の時。
もう、10年。
モノ扱いにも、背景になることにも、もう、慣れた。
彼らの喜びはぼくには関係ない。
同時に、ぼくの感情も、彼らには関係ない。
何故ぼくは此処に居るのだろう。
何度も考えたことがある。
でもそれももう、終わりだ。
あの日。
ボスとぼくが交わした契約は、果たされた。
ぼくはボスが―――彼が「ボス」になるまで彼の言を最優先に予知を行う。
その予知に対して、組織とは別に彼がぼくに報酬を払う。
その報酬は、ぼくを買う際に両親に支払われた金額―――ぼくの「借金」の、返済に充てる。
これは、ビジネスだ。
ぼくの「借金」は、彼が「ボス」になった日のあの予知で、消化し終えた。
だから、ぼくは。
明日から、此処を出ることができる。
「仕事」から逃れることはできないが、それでも。
ぼくは。
自由を手に入れた。
大勢の歓喜の渦中で、その喜びとは無関係に、ぼくは静かな歓喜に身を染めていた。
//20歳
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