風が運ぶもの |
2007年10月26日 04時30分
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鳥に憧れたことがあった。
風に憧れたことがあった。
世界に憧れたことがあった。
――――全ては昔のこと。
銃口を額に突きつけられて、鉄の冷たさに軽く眉を寄せる。
死にたいとは思っていなかったから、逃げていたけど。
どうやら、行き止まりらしい。
銃を持った目の前の男とは、思えば長い付き合いだ。
ぼくは最初からずっと変わらず、この男の道具だった。
この男は最初から変わらずすっと、ぼくを使役した。
もう16年は越えた、主従―――否、それでも少し弱い。ぼくたちの関係は常に「所有者」と「被所有物」だったのだから。
「・・・・最後のチャンスをやる」
男は口を開く。
額に触れる拳銃は、1ミリたりとも動かさずに。
「10秒後俺が懐から何を取り出すか予知してみろ。できたら、まだ使ってやる」
ぼくは。
今までずっと仕事の時にそうしていたように、一度目を閉じる。
数秒で開いて、そして。
くすりと、笑った。
「無理だよ。予知はもう、ぼくの中にない」
男は何も言わない。
そして男が10秒後に取り出したのは、オイルライターだった。
慣れた手つきで、片手で煙草に火をつける。
片手の人差し指が、あっさりと引き金に掛かる。
躊躇いもなく、引き金を引く。
煙草に火をつけるのも、ぼくを殺すのも、この男にとっては何も変わらない。
「役立たずは要らない」
ぼくにこの言葉が聞こえていたかは、よくわからない。
痛いとも熱いとも思わなかった。
ただ急に、総てが消えて。
それだけだった。
ああ、ぼくは鳥に憧れたことがあった。
風に憧れたことがあった。
世界に、憧れたことがあった。
死んだら世界に溶けるのだろうか。
空気に溶けて、風になれるだろうか。
それでなければ生まれ変わって、今度は鳥に?
そんなことが有り得るのか、誰も知らない。
難しいのではないかと、思う。
けれどじゃあ、せめて。
このまま意識を風に運ばせて、空に―――――・・・・
「ぼく」は、そこまでで、本当に綺麗になくなった。
//27歳?(26歳以降)
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偽りの私 |
2007年10月25日 00時10分
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――――意識を、切り替えろ。
素っ気無い機械音。
耳障りな甲高い、一定の。
思わずびくりと身体が揺れた。
「不動さん?」
初期設定のまま変えていない着信音。
持たされている携帯は、通話中ぼくの居場所を「本部」のモニターに表示させる。
此処で、出るわけにはいかない。
出来る限り、可能な限り、此処から。
離れなければ。
「・・・、・・ごめん、帰らないと。・・・勝手に来て勝手に帰るなんて失礼だよね・・・本当、御免」
ああ、いけない。
切れてしまえば、それもまた危険だ。
「電話には必ず出る」――――それが自由である、条件の一つ。
手短に謝罪と退出の言葉を告げて、足早にそこを出る。
段々と余裕がなくなって、仕舞いには駆け足になって一歩でも多くあの場所から離れた。
巻き込むわけには、いかない。
絶対に。
巻き込みたく、ない。
「―――――――・・・・・はい」
さぁ、切り替えろ。
感情は要らない。
余計な情報は渡せない。
これは偽りの私(ぼく)。
けれどこんなもので巻き込まなくて済むのなら、幾らでも。
「・・・・・はい。今すぐに」
幾らでも、偽ってみせる。
//21歳
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逸話 |
2007年10月24日 01時39分
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神無月。
神々は皆、出雲に出向く。
出雲大社を見下ろす高い神木の枝に立つ人影が一つ。
神主のような袴に打掛を羽織り、吹く風に髪を靡かせもせず下界を見下ろしている。
こんな所に風の影響を受けずに立っている者が、ただの人間であるはずがなく。
実はこの男、出雲に滞在中の八百万いる神の一人だった。
長い髪は腰まで流れ、整った輪郭はすっきりと細い。
整った顔をしていると思われるが、断定は出来ない。
何故ならその神の、瞳のある場所には白い布で目隠しがされ、容貌の全ては晒されていなかったからである。
目隠しの神は盲目であることを感じさせもせず細い枝を歩き、先端で足を止める。
体重がないかのように枝は軋みもせず、神もその場から暫し動かない。
そんな折、同じ枝にまた一つ影が現れる。
つい今の今までは確かに誰も居なかったのである。これもやはり同じく、人間であるはずがなかった。
「何してるの?」
「会議には飽いた」
「ふーん。まぁ、もう皆飽きて来てる気がするけど」
「そうかもな。・・・流石に此処は空気がいい。そうでなければ来ないが」
「人間たち、面白い?」
「そうだな。―――ああまたあの子が哀しい目にあっている」
「あの子?・・・ああ、ひーちゃんの目を持ってる人間」
「私があの子にあげたんだ」
見えない目で何を見ているのか、目隠しの神はまっすぐ前に顔を向ける。
後から現れたもう一人は、若干つまらなそうに肩を竦めた。
「物好きだよね、ひーちゃん。人間に目をやるなんて」
これまで大半の者に言われた言葉。
目隠しの神は、ひっそりと笑う。
誰も彼も、言うことは同じなのだ。思うことも、同じ。
神とはあまり面白みがないイキモノだ。
私はまだまだ考え方が若いのだろうかと、そんなことを思う。
「私はあの子が好きなんだよ」
「人間だよ?」
「人間、好きだとも。色んな逸話があって飽きない」
「いつわー?ひーちゃん、ちょっと毒されすぎ」
「そうか」
「そうだよ」
二人の神は誰にも聞こえない声でそんな会話を交わして、取りとめもなく話をする。
彼らは両方とも見た目には年若く見え、格好と纏う雰囲気さえ抜けば普通の人間と同じように見えた。
それでも、彼らは人間ではない。
「でもちょっと知りたいかも。どんな逸話?」
完全に傍観者の構えで、人の営みを覗き見る。
「お前も私とあまり変わらないじゃないか」
「だって俺一番若いし?」
「そう言う問題か?・・・・まぁ、いいよ。では何から話そうか――――・・・」
出雲の宮は神在月。
各地の神が集まり、会議を開く。
会議とは情報交換、役割分担。問題修正に、世間話。
何千年と続く、恒例の。
目隠しの神は今年で何百回目か。
数えるのも馬鹿らしく、覚える気もない。
しかしこの神が目隠しをするようになったのは、たった20年程。
そうあれも、この季節。
『おやお前、私が見えるのか』
口も利けない赤子が、親に連れられて参拝に来ていた。
その、数秒間の、会話とも言えない会話。
赤子はただ、その神をまっすぐ見つめただけだった。
『いい目だね。私が見える人は久しぶりだよ』
一方的な、譲渡。
『――――気に入った。お前に私の目をあげよう』
時の神の気紛れ。
それが赤子の人生を変える。
以って生まれた運命を残忍なまでに粉々に壊しつくし、暴虐なまでに作り変えた。
しかしその人生を悲惨なものにしたのは神ではなく、紛れもなく、「人」。
彼女は今も何も知らない。
物心付いた時から未来が見えた少女は、自分が何時から「そう」だったのかなんて、知っているはずがないのだ。
付けられたばかりの赤子の名は、花梨と言った。
//0歳
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私の夢・あなたの夢 |
2007年10月23日 01時40分
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くすくすと、柔らかく、君は笑う。
可愛らしい笑み。
ぼくと同じような簡素な白いワンピース。でも、彼女の方が似合っている。
「花梨ちゃん、あなたの夢はなぁに?」
自由になりたい。
ぼくは答える。
君は純粋に無垢に、ふうんと、頷いた。
一つ年下の、可憐な女の子。
お人形のような、ふわふわとした雰囲気の、彼女。
名前は、「こよみ」。
彼女のことは、この名前くらいしか知らなかった。
けれどぼくは、彼女が好きだった。
暗い淵にいたぼくに、笑いかけた彼女。
動けなくなりそうだったぼくの、話し相手。
「こんにちは」
「・・・・・だれ?」
「私はこよみ。あなたは?」
「・・・・・・・、・・・・・とけい」
「お名前を聞いたのに。とけいちゃん?」
「・・・・・、・・ん・・・」
「聞こえないわ。もう一度、言って?」
「・・・・・かりん」
「かりんちゃん。花に梨でかりんちゃん?素敵ね。私、花梨の蜂蜜漬け、好きよ」
ぼくの話し相手にするためだけに、連れて来られたと聞いて。
申し訳なくて辛くて問い詰めたら、笑って。
首を振った。
「花梨ちゃんとお話するのは楽しいわ」
優しい子。
ぼくに笑ってくれる、人。
ぼくと話してくれる、人。
――――そう。これは、こよみちゃんとの、最期の会話だ。
夢を聞かれて。
ぼくは答えて、「こよみちゃんは?」と、聞き返した。
そして君は笑う。
可愛らしく、はにかむように、優しく。
「褒められること」
誰に?
そう問いかけては、いけなかった。
けれどぼくは首を傾げて、そう問う。
尋ねて、しまう。
「大好きな、ジュダ様」
嬉しそうに。
照れたようにはにかんで、その人の、名を。
紡ぐ。
どうすれば褒めてくれるの?と。
聞く前に、当然のようにぼくと彼女の話を盗聴していた黒服の男たちが部屋に踏み込んで来て、そして――――・・・・。
赤い花が、咲いた。
ぼくには、どうして彼女が撃たれたのか、わからなかった。
答えが知れたのは、彼女の大好きな「ジュダ様」が、ぼくを殺そうとぼくの前に現れた、その時。
彼は言う。
「日本には有名な台詞があったね?歴史上の偉人が言ったらしいじゃないか。鳴かぬなら――――殺してしまえ、ってね。暦は上手く入り込めたんだけど、残念だったな」
ああ、と。
思う。
やっぱりあの子が死んだのは、ぼくの所為だった。
こよみちゃんは、この男が、好きだった。
大好きだと、心酔したような、大切なものを見つめるような目をして、語った。
ごめんね。
夢を奪ってしまって、御免ね。こよみちゃん。
//22歳?(21歳以降)
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自由の象徴 |
2007年10月22日 23時18分
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ぼくは別に、閉じ込められていたわけではない。
部屋には鍵があって自由に出入りは出来なかったけど、理由があれば部屋から出れた。
とは言え「理由」なんて仕事以外の何があるわけもなかったから、どちらかと言えば出たくもないという思いはあったけど。
ぼくの予知は予知の対象者を直接視認しなければ出来ないから、外にも連れ出された。
それも自由には行けなかったけれど、常に誰かが居ただけで、鎖に繋がれていたわけではない。
だから空が見たいとか、自分の足で歩きたいとか、そういうことを思ったことはない。
なら自由の象徴がなかったか、と言われれば、決してそうではなくて。
「あ・・・・」
すれ違う人の、楽しそうな顔。
広場の隅には、移動式の屋台。
クレープの甘い匂いが、辺りに広がっていた。
思わず、立ち止まる。
あれが。
あの頃のぼくの、自由の形だった。
友達と、家族と、恋人と。
他愛のない話をしながら、気軽に屋台の食べ物を買う人たち。
イタリアはジェラートが多かった。
大道芸のピエロの隣には、いつも何かの屋台があって。
楽しそう、だった。
ぼくを連れた「使用者」は例えぼくが立ち止まっても怒るか命令するかするだけで、ぼくもそのまま通り過ぎるのが当たり前だったけど。
「・・・あの。一つ、下さい」
今ぼくは、自由で。
甘い香りのクレープを受け取って、思わず微笑む。
歩きながら、買ったそれを口にした。
嬉しい。
ああぼくはちゃんと、自由だ。
//20歳
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