白く埋めつくす |
2008年1月6日 22時35分
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そこは「カジュ」と言う名の、国境近くの小さな村だった。
一面の白に煉瓦の壁の家。
大きな建物と言えば教会一軒くらいの、こじんまりとした集落。
さくりと雪を踏んで丘からその村を見下ろして、思わず目を逸らした。
それは数日前、視た景色。
ああ。
着いて、しまった。
隣で神父の格好をしたぼくの「持ち主」が、唇を持ち上げる。
「間違いないな?」
ぼくは逸らした目をもう一度村に向け、教会をじっと見て。
首を振りたい衝動に駆られる。
頷きたく、なかった。
此処は未来の分岐点。
「花梨」
答えを促す声。
鋭い眼差し。
びくりと、肩が震えた。
そしてぼくは。
血が出るほど強く手を握って、ゆっくりと、頷いた。
・・・・・・頷いて、しまった。
数日前に命じられて未来を視た男は、これから此処に来る。
ぼくらと同じく不法入国をして、勝手に作った秘密の地下通路から教会へ。
・・・・・撃たれた足を、引き摺りながら。
この村は彼の避難所だった。
そして彼はまず、何も知らずに教会に住んでいる、神父さんを―――――・・・
・・・・・・けれどぼくが未来を告げたから、未来は変わった。
彼は。
これから入れ替わるぼくの隣の「神父」に、・・・・・・殺される。
彼にしてみれば、返り討ちに会う形だろうか。
そして本物の神父さんは。
最初の犠牲者に、なる。
「お前は此処に居ろ。・・・ディオ」
「はい。持ち物の管理は私にお任せを」
「任せる」
つい、反射的に行かせたくないと体が動く。
雪の影響もなく滑らかに動く「神父」の服の裾を掴もうとした腕は、背後に控えた男――――「ディオ」に取られて背中に回され拘束される。
「っ――――――!」
関節が悲鳴をあげた。
片手であっさりとぼくの動きを封じた「ディオ」は余った片手で銃を抜く。
冷たい感触が首の裏に当たって、ぼくは声を飲み込んだ。
「イツキの邪魔をするな」
低く冷たい、小さな声。
けれどそれで、十分すぎるほど十分だった。
でも。
だって、どうして。
どうして止めないでいられる?
白い雪に被さって視える色彩。
静かな今では想像も出来ない、音。
ぼくにはそれがわかるのに!
ぼくが。
ぼくの言葉が、それを引き起こしたのに!
何かできないのかと焦燥を浮かべたぼくに、ふと、小さな笑い声が聞こえる。
銃口はそのままに、腕だけが離された。
ぼくは知っている。これは。
蔑む、視線。
「今更」
心臓に太い杭を打ち込まれたように、衝撃が駆け抜けた。
今更。
今更、何を言うのか。
「ディオ」は、そう言ったのだ。
言葉がぼくを深く抉る。
それは聞きたくなかった事実で、だからたった一言で感情はずたずたに引き裂かれた。
いまさら。
もう、遅い――――――・・・・・
お前のそれは偽善だと。
此処であがくことが何になる、と。
彼は嘲笑った。
そしてそれは、その通りなのだ。
たーんっ、と。
長く響いた猟銃の音が雪に溶ける。
それが惨劇の始まり。
つい数分前に視た画が、聴いた音が、現実になる。
神父服のぼくの「持ち主」が戻ってきて、「ディオ」は銃を下げる。
それから彼に一礼して、白い斜面を下りていった。
ぼくは。
何もできない。
「止めたい」と思うことすら、烏滸がましい。
自ら、引き起こしておいて、今更。
何ができると言うのだろう。
「生存者は?五分後、動いてる人間は居るか?」
視界に映ったのは、雪の降る中をよろけながら必死に進み穴を掘る、一人の少女。
ぼくは目を閉じて、そして。
「いない」と、答えた。
惨劇が終わり。
再び静かになった村に雪が降り積もる。
雪は、まるで何事もなかったかのように、村を白く埋めつくした。
そして消えない罪がまたひとつ。
//15歳
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