体温計 |
2008年2月21日 22時37分
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この世の終わりのような声だった。
悲痛で悲嘆に呉れた、悲鳴のような。
「ない・・・ない。どうしましょう・・・・・!」
どうしたの?
と、ぼくは聞く。
取り乱している母は、一心不乱に引き出しを探しながら、独り言のようにぼくに答えた。
「体温計がないの・・・!」
父が熱を出して。
母が心配そうに、涙目で看病していた。
ぼくは一人でお絵描きをしていた。
父と母の仲が良いのはずっと知っていたから、そんなやりとりも然程珍しくはなくて。
ぼくも父は心配だったから、力を使った。
「体温計が見つかる未来」が視えるまで、母の未来を探る。
その未来は少しだけ先で、ぼくは立ち上がった。
未来を視たと気付かれないようにと幼心に考えながら、母の服の裾を引く。
「この前、あっちの上においたの、見たよ」
そして体温計は見つかって。
母にありがとうと撫でられて、ぼくは嬉しかった。
覚えている。
よく、覚えている、光景。
『―――――ありがとう、花梨。よかったわ』
テレビのスピーカーから、声が流れる。
何か、虚脱感のような、喪失感のような、判断のつかない感情が体を支配していた。
「面白かったか?花梨」
そのビデオは、隠し撮りだった。
ぼくの瞳が青く変わり、失せ物の位置を告げる様子が、一部始終写っていた。
ぼくの後ろで、ぼくの「持ち主」が目を細める。
「理解したか?」
それは。
ぼくを此処に売るために、両親がぼくの能力を証明しようと提出した、テープの一部だった。
理解、する。
もう、ずっと前から。
暖かい、ぼくが「家族」と無条件に信じていた、日常の時から。
――――――・・・二人はぼくを売る気だった。
感じていた「暖かさ」、なんて。
全ては。
「帰る場所なんて、端からない」
まぼろし。
//10歳
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