安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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邪険にされても
「樹っ!」

最初の呼びかけには、振り返りもしない。
走って前を歩く姿に追いついて、もう一度呼んで。
ようやく、何の感情も篭っていない冷ややかな目線がちらりとこちらに向けられる。
しかし、それだけだ。
応えはない。
視線も長くは持たない。ほんの、一瞬。

「樹、今日の取引には行くの?俺・・・アタシも、親父に出ろって言われてて」

会話という会話も成り立たないまま、歩く樹の後を追う。
自分だけが一人話を続け、ただただ関心を引けるようにと工夫を凝らす。

「あ、そうだ、あの、銃!トカレフを一丁新調したんだけど、まだ試し撃ちしてなくてさ、樹は何使ってたっけ?銃は使わないんだっけ?」

一度として、それが功を奏したことはない。

いつも俺が追って、追って、追って。
樹は逃げるわけでもなく、毛の先ほどの興味も俺に抱かない。
無視されてるわけではない。
視界に、思考に、入らないだけ。
流石にそれは、わかってきた。

この男の視界に含まれるのは、この男の役に立つ人間だけなのだ。

そして俺は、この男に、「役に立たない」と認識されている。

樹にとって、「役に立たない人間」など、人間ではない。
そもそも「役に立つ人間」だって道具であって、「人間」とは認識されないのだから、「役に立たない人間」なんて居ないと同義で当然だ。

それでも、それでも。

幾ら邪険にされても、俺はこの男を追う。

「樹っ!」

俺は。アタシは、あんたが―――――・・・・









ぱちぱちと、炎で木材が爆ぜる。
赤く染まった日本家屋に、呆然と目をやった。

何故か、証拠もないのに確信する。
ああ、これは。
樹が―――――閃月が、やったことだ。

屋敷に居た人間で、生き残りはゼロ。
闘争だとも仲間割れだとも言われて、結局放火で片が付いて。
警察は一人行方不明になった閃月を探したが、見つかるわけもなく。

アタシは、独り立ち尽くす。

届かないことは知っていた。
どれだけ呼びかけても、振り返らないことは知っていた。
でも、でも、それでも。
それでも、きっと。
アタシのためでは決してないけれど、此処に。

此処に、居ると、根拠もなく、思っていた。



「――――――――いつきっ・・・!!」



ああ。

世界が、音を立てて壊れていく。









//?

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