安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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目には映らなくても
「お兄ちゃん?」

幼いぼくは、確か目を瞬いたと思う。
ぼくはずっと一人っ子だと思っていたから、とても、驚いた。
母さんは頷いて、自分が16歳の時に生んだ子だと言った。

「今どこに居るの?」
「解らないわ。売ってしまったから」

それはとても自然に言われた言葉で。
ぼくは一瞬、意味を掴み損ねた。

「売って・・・・・?」
「仕方なかったの。あの子は可愛かったわ。でも、あの頃私たちには生きていくためのお金が必要だったし、それに・・・」
「・・・それに・・・・?」

母さんは、にこりと笑う。
次の言葉も、やはり自然に紡がれた。

「それに、あの子は化物だったんだもの」

更に質問を重ねて、ぼくはその「兄さん」がテレパス、つまり思念だけで話をすることができる能力者だったことを知った。
そして両親は、幼い「兄さん」を研究施設に売ったのだと、理解した。
22歳も年が離れていた。
けれど、ちゃんと、血の繋がった「兄さん」がぼくに居たのだと、知った。
ぼくと同じ、異能の。
その後ぼくも「兄さん」と同じく人に売られ、マフィアで「兄さん」の研究データを見つけた。
『「不動匠」こと実験サンプルA-1に関する実験データ』
その書類は、そう銘打たれていた。
蛇の道は蛇、ということなのか、ぼくが買われたマフィアの研究室に、それはあった。
「兄さん」は、ぼくとは違い色々出来た。透視、テレパス、霊視。ぼくと同じ予知もできたらしい。
だから、データは豊富にあった。
書類の最後は、「目標喪失(ロスト)」で終っていた。
一度も会った事のない「兄さん」。
けれど、ぼくはその兄さんが、好きだった。
どんな人か、知らないけれど。
親近感が、あった。
血の繋がりからか、それとも「同類相憐れむ」なのかはわからない。けれど、ぼくは両親よりもよほど見知らぬ兄さんが好きだった。
どんな人だろう。
ずっと、そう、思っていた。
生きているなら、会いたかった。
話して、みたかった。
親子ほどに年の離れた兄さんだけど、妹と、呼んでくれるだろうかと。
そして死んでいるなら。
せめて、お墓を、参りたい、と。
思っていた。


「――――此処が、藍螺のお墓」


ぼくと兄さんは似ているらしい。
ぼくはこの人に呼び止められる未来を視ていた。
呼び止めて、ぼくではない人の名を、この人が呼ぶのを。

この人は、兄さんの友達だった人。

兄さんは。

17歳で、亡くなった、らしい。

実験施設で「A-1」としか呼ばれなかった兄さんは、その研究施設が破棄された後、自分の名前を思い出せなくて。
兄さんを助けてくれた人が、兄さんに名前を付けてくれた、そうだ。
お墓には、桐原藍螺と、名前があった。

兄さんの友達は、お墓の前で微笑む。
けれど目線はお墓ではなく、その、少し上だった。

「少し久しぶりだな、藍螺」

まるでそこに。
誰かが、居るように。
その人は、語りかけた。

ぼくには霊視の能力はない。
けれど。
けれど、けれど。

目には映らなくても、きっとそこには、誰かが居た。

「・・・・・兄、さん・・・?」

ねぇ、あのね、ぼくは。

「・・・・・・・一度でいいから、あなたに、会ってみたかった、よ」

ぼくが生まれた頃には、もうあなたはこの世にはいなかったなんて、そんなの。

ずるい。

手を伸ばしても、やはりそこには何もなかった。










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