安 蘭 樹 の 咲 く 庭 で

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ゾロ目[2
何故己は、生きているのだろうか。

「呼吸・脈拍・血圧、脳波も全て正常範囲内。肉体疲労による多少の乱れは確認できますが、能力使用による人体への影響はどこにも見られません」
「脳波もだと?今までのデータは」
「能力起動直後に異常値と正常値間でゆらぎがあります」
「先週は断続的にゆらぎが発生していたはずだ」
「脳が変化に対応しているのか」
「いや、対応はもとからしていたはずだ。でなければ能力発動の理屈が合わない」

体から山ほど伸びた針と管。
規則的に無人の部屋に響く、計測機の機械音。
分厚い硝子の「向こう側」で、計測結果に目を向ける白衣の集団。
目に痛い程全てを拒絶する、冷たく白い壁。

目に入る全てを情報として噛み砕き、もう一度思う。

何故己は、生きているのだろうか。

狂った高笑いを浮かべながら自らの能力を使い頭と胴を切断した者が居た。
死にたくない、そう叫びながら暴走した自らの能力で破裂した者が居た。
無言でナイフを心臓に突き刺した者が居た。
首を吊った者も、窓から飛び降りた者も、手首の頸動脈を切った者も居た。
死ぬことも出来ず、外界を一切遮断し思考を止めた者も居た。

始めから居た者も途中から居た者も、例外なく全てが狂って死んでいった。

何故。

己は、生きているのだろうか。

「能力継続の限界に達すれば変化があるのでは?」
「被研体の今までの限界期間は?」
「人体の活動限界時間とほぼ同じです。能力に因る疲労というよりは、睡眠時間不足と飢餓に因る意識の喪失が原因かと」
「興味深い」
「では能力発動の限界期間は不明ということか」
「腑甲斐ない」
「肉体疲労など、薬で無視させればいいだけではないか」
「しかしそれでは純然たる結果とは言えん。薬は脳に影響を与える」
「電気信号で体を動かすのはどうだ」
「やりました。こちらが結果です」
「これだけか・・・やはり幼児の体は耐久性が悪いな」

一つは、簡単だ。
己は死ぬことを許されていない。
「死ぬな」と命令は受けていないが、「死んでいい」とも言われていない。
だから生きている。それ以外に選択肢はない。
死にたいと思うとか。死にたくないと思うとか。そんな思考は特にない。

何故狂わないのか。
実験の一環で問われたことがある。
精神状態の分析。そう言われた。
わからない。己の答えはそれだった。

だが、今。
少し経って、思う。


恐らく、もうとうの昔に、自分は狂ってしまっているのだ。


「能力発動時間が44時間44分44秒を超過」
「記録更新か」
「はい」

ただ、狂い方が他人とは違った。
それだけだ。

俺は何のためかわからないが、生きている。
俺は何のためでもないのに、生きている。
俺は明確に他人の意思で、生かされている。


生きてはいるが。

――――果たしてそれは「生きている」と、言えるのか?


去来した疑問に答えはない。
代わりのように、計器をモニタリングしていた白衣が口を開いた。

「心拍数と脳波に微弱な乱れを捉えました」
「能力の影響か?」
「不明です。可能性はあるかと」
「記録後、実験は続行」

無為なことだ。
疑問など、投げる権利も聞く者もない。


だというのに、暫らくこの問いは脳裏に居座り続けた。

―――――それでも時期にまた、そんなものは消えていく。
何故なら逃げる場所も思考も意思すらも、底を尽く前にそもそも持ち合わせてはいないのだから。





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マスコット
小さな幼い女の子が、キラキラした瞳で、それを見ていた。
今子供たちの間で人気の、マスコット人形。
の、プレミアムバージョンと銘打たれた、女の子には巨大と言っても可笑しくない、それを。

「――――――・・・花梨?」

滅多に我儘も言わない子供が熱心に覗き込む様を見つけたのは、彼女の父親。
女の子はびくりと驚いて、慌てて振り返った。
なんでもないと、言う。
父親は笑って、女の子と目線を合わせた。

「かわいいね。欲しいのかな?花梨」

にこりと優しい笑みを向けられて、子供なりに必死で誤魔化そうとしていた女の子にも迷いが生じる。
恐る恐る、まるで怒られているように、申し訳なさそうに頷いた。

「そっか」
「・・・・・・うん」

こくりと頷いてしまえは現金なもので反応が気になるらしく、女の子はちらりと上目遣いに父親を見上げる。
口に出さないだけこの年頃の子供にしては偉かったが、全身で「買って」と訴えているようだった。

だが。
父親は優しく笑って、けれど「それだけ」だった。

「本当、かわいいね。じゃあ行こうか、花梨」

女の子は、一度だけ人形を振り返り、そして。

「うん」

精一杯、何事もなかったかのように、にこりと笑った。

それはとある日の、昼下がり。










//6歳
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多けりゃ良いってものじゃない
「ひぃー。ひーぃー?」

呼びながら、毛の長い上質な絨毯が引かれた廊下を歩く。
まるで犬か猫かを呼ぶような呼び方だが、実際呼んでいたのは人だった。

それもこの大きな洋館の、有能な跡取り息子。

「ひー?まさかまだ寝て・・・」

若干楽しげに言いつつ豪奢で大きな扉を開ければ、内装も品の良い家具がずらりと並ぶ。
どれもこれも一目で高級と知れるインテリアは、気の弱い人間なら触れただけで卒倒しそうだった。
そしてその美しい部屋の中に、一人。
一枚の絵のように誂えた、青年が立っていた。
しゅる、と、青年の締めているネクタイが衣擦れの音を立てる。
細いが引き締まった肢体に、ぴったり合った仕立て服。
黒髪に透けるような白い肌、紅い目の、青年だった。

だがその眼福な光景を見て、扉を開けた男はつまらなそうに息を吐く。

「なんだよヒズルー、起きてるじゃん」
「・・・当然だ。何を期待していた」
「え、そりゃー初寝顔に決まってんじゃん」
「生憎それは安くない」
「ちぇー。つーかさ、返事くらいしろよ、ひぃ」
「どうせ入ってくるんだろう。面倒だ」

話しながらも身仕度を終えた青年は、男と目も合わせずに歩きだす。
男も慣れた様子で、わざとらしく肩を竦めてから後を追った。

男が歩いてきた廊下を逆に辿るように歩けば、階下へと続く広い階段。
吹き抜けで作られたホールに、きらきらと光を弾く大きなシャンデリア。
そして階段を降りた位置からずらりと並ぶ、メイドと執事を始めとする使用人たち。

彼らは階段の踊り場に現れた青年を見て、一斉に腰を折った。


「「お早よう御座います、歪留(ひずる)様」」


男と話しているときはにこりともしなかった青年が、爽やかな笑みを浮かべる。


「ああ。お早よう、皆。今日も一日宜しく頼む」


こっそりと男が呟いたのは、「よくやるよ」という言葉。
その台詞にこちらも影で一睨みを返し、青年は再び歩きだす。
男はもちろんまたこれを追い、執事服に身を包んだ初老の男性が、新たに青年の後に続いた。


「歪留様。本日の御予定は如何致しましょう」
「任せる。特別急ぎの用はない。いつもは付き合えない用に付き合おう」
「お心遣い有難う御座います。では予定が空いたらとお断わり続けていた社交の席に出席頂いても宜しいでしょうか」
「ああ。詳しい予定が決まったら教えてくれ」
「畏まりました」

有能な執事との息の合った会話。
話をしながらも足は止まらず、会話が途切れた辺りでちょうど良く食事の用意された部屋へと辿り着いた。

いつもならそこで踵を返す執事だったが、しかし今日は何故かその場に留まった。
何とも言えない表情で、男を見やる。

「・・・・・・あの」
「・・・?なんだ?まだ何かあったか」

これは非常に珍しいことだったから、青年は軽く驚いて執事を振り返る。
しかし執事はまだ何とも言えない表情で、こちらも困惑気味に口を開いた。

「・・・楢様の、お持ちになっているそれは・・・?」

此処で男が心底嬉しそうに、歓声を上げる。

「お、やっと突っ込んでくれたか!いやー、よかったー」

何だそんなことかと、青年が男に冷ややかな目を向ける。
青年の部屋に男が入ってきた時から、ずっと。
男は何本もの薔薇の花束を、その両腕に抱えていた。

「気にするな、筧。ただの馬鹿だ」
「酷いなぁ、ひぃは。突っ込んでくれたっていいじゃん!いっぱいだよ?俺からの愛の証〜」
「多けりゃ良いってものじゃない」
「いえ、あの歪留様・・・問題はそこでしょうか・・・?」
「そもそも問題ではない。・・・筧。それだけなら仕事に戻れ」
「あ、は。申し訳ありません。失礼します」

執事が慌てて部屋を去れば、部屋には二人だけになる。
真っ赤な薔薇を抱えた男は楽しげに執事を見送って、気配が消えたタイミングで口を開いた。

「ひぃ。ヒズル。気付いてんだろ?いいのかよ?」

笑いながら言って、薔薇を一輪握り潰す。

青年は浮かべていた苦笑や感情を全て消した無表情に戻って、男を見やった。

「・・・ああ、わかっている。楢宗一郎」

ただ静かに、言葉だけを紡ぐ。


「とうとう俺を殺しに来たな」


男はそんな青年に「あーやっぱり」と笑って、花束に隠した黒光りする拳銃を取り出した。


「喜べひぃ。俺がお前をカミサマにしてやるよ」


だから、さようなら。

最期はとても、呆気ない、音だった。

倒れた青年の上に、血にも負けない紅い花を撒く。
男は些か詰まらなそうに、肩を竦めた。

「ふふん、初寝顔ゲット。・・・最初で最後になっちゃったケド」

青年は。
苦しみも未練も見えない、静かな顔で、眠るように目を閉じていた。








//人間だった頃のカミサマ

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一生懸命
「一生懸命やればそれでいいんだよ」、と。
言う人も居るが、それは嘘だ。

世界は無慈悲で冷静で。
一生懸命やったからと言って、それが何にもならないなら、塵芥よりも無価値だ。

どんなに。
どんなに、血を吐くほど、一生懸命頑張ったと、しても。

「・・・・・・それで?」

だからどうしたと、鼻で笑われる、だけ。

「余計なことをするなと、何度言わせれば気が済む?花梨」

殺されることを覚悟で、頑張って、みても。

「お前は役立つ道具だから、出来れば壊したくはない。・・・――――が」





「度が過ぎれば、どうでもよくなることもある」





何も誰も助けられずに、ただ痛みと絶望に落とされる。








//15歳
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世界を見下ろす丘
此処は世界を見下ろす丘。

ひーちゃんが好きな「あの子」を見下ろす丘。

俺が過去を見下ろす丘。

「瞳」をひーちゃんに返して、「宝」を壊されて、力尽きた「人」が見えた。
ただの人。
世界に存在している生物。

けれど、ひーちゃんの「あの子」。

ひーちゃんにはいつも呆れたような不可解そうな無言の圧力を貰うけど、俺はあの神が好きだった。
特に、眼が。

なのにひーちゃんは瞳をあげて、だから目隠しで、俺はあの眼が見れなくて。
うん。
そう、ひーちゃんによく言われる通り俺はまだ「若い」から、だからかもしれないけど。

嫌いなんだよね、お前。

俺の好きなひーちゃんの好きな「あの子」。

「・・・・・・不動、花梨?だっけ?」

打ち拉がれた人間。
壊れかけた、矮小で脆弱な、醜いイキモノ。

でもまだ甘いんだよ。

「ひーちゃんからの“ギフト”は受け取って、俺のは貰わないなんて、言わないよな?」

俺の好きなひーちゃんの眼を高々十数年とはいえ持っていた、俺の嫌いな人間さん。

俺から素敵な贈り物を、あげよう。

「短い『普通』は楽しかった?」

一生「異端」と呼ばれるがいい。










//カミサマ?

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